ウェディングドレスに生えた羽根
けれど、わたしはその場から動くことができなかった。
そこまで言われても、胸の中いっぱいに巣くった両親に対しての、それからキソに対しての申し訳ない思いは、いぜんとしてぬぐえなかったし。
もし、仮にアキちゃんのもとへ駆けつけたとしても、一度くだしてしまった決断を、アキちゃんが撤回するかどうかもわからない。
なかなか踏ん切りがつかなかった。
父さんは肩で大息をつくと、歩み寄り、わたしの両肩をつかむ。
出入り口へ向けて、押し出した。
「ほら、式がはじまっちまうぞー。ボヤボヤしてたら、取り返しがつかないことになる」
「でも」
わたしは足を踏ん張る。
「いいから行け。とりあえず行ってから、悩め」
「でもぉ」
駄々っ子みたいに粘る。
「いいから。アキヒデくんのことが好きなんだろ?」
「……好きだけど」
抑え込んでいた想いは、いったん溢れ出してしまったら、もうどうにもできない。
決壊したダムの水のように、自分にも止めようがない。
「だったら行け。好きなら、行かなきゃだめだ」
「でも」
わたしはくるりと方向転換し、父さんと真正面から向き合った。
ゆるゆると見上げて、問いかける。
「……本当にいいの?わたしたちのこと、許してくれるの?」
父さんはため息をつく。
肩をすくめた。
「許すよ。ていうか、しかたのないことなんだよ。だってそうだろ?オレが惚れたアヤコさんの息子にお前が惚れないわけがないし、オレを愛するアヤコさんの息子が、お前を愛さないでいられるわけがないじゃないか」
そうして、歯を見せて笑った。
すとんと、わたしにのしかかっていた重荷がはずれて、どこかへ消えた。
キレイサッパリ消滅して、あとに残ったのは、ただひとつ。
アキちゃんに会いたい。
ただ、それだけ。
他には、何もない。
その想いが、衝動になって、勇気になって、真っ白な羽根になる。
ウェディングドレスの背中を突き破って、バサリとひとはばたきすると、フワリと心が浮き上がる。
今にも大好きな人のもとへ飛び立ってしまいそうだ。
もう、迷いはなかった。
例えアキちゃんに受け入れてもらえなくても、この気持ちだけ伝えられればいいとすら思えた。
不思議なくらい、罪悪感も消えていた。
「あ、でも、キソには一言謝らないと」
わたしが眉尻を下げると、父さんが目配せをする。
「彼ならきっとこうなることを予測してたんじゃないかな。だから、籍を入れるのを後回しにしたんじゃないか?」
ハッとする。
この決定だけは断固としてゆずらなかった、ピンと張った意思の強さを感じさせる彼の眉毛を思い出す。
確かに、彼が言い出さなかったら、どういう手段を取ってもアキちゃんへの想いを吹っ切りたかったわたしは、何よりもまず入籍を手っ取り早く済ませてしまった可能性が高い。
その答えに至った時、笑みを含んだ吐息が口から漏れた。
謝罪と、自己嫌悪と、感謝と、照れと、ほんの少し悔しさが入りまじった気持ち。
わたしは父さんに近寄って、耳打ちをした。
「お願い。キソに伝えて」
「よっしゃ。まかされたぞー」
父さんは親指を立てて笑う。
ドレスの裾をたくしあげ、部屋を去り際に、ふと後ろを振り返る。
お母さんがシフォンケーキみたいな優しい微笑みで、父さんに寄り添っている。
父さんは腕を振り上げて、大声を出した。
「とっとと行け、バカ娘ー!」
わたしは笑顔を見せる。
「うるせー、クソ親父」
その目尻に、涙の粒が盛り上がる。
ドアに向き直って足を踏み出すと、はずみでそれがこぼれて宙に飛んだ。
「行けー、マユ、後悔する前に!」




