突然の告白
その日は、朝からよく晴れていた。
ブライズルームには東側に大きな窓があって、そこから燦々と陽が射し込んでまぶしかった。
そういえば、と思い出す。
「オレは雨男なんだ」と、アキちゃんが苦笑混じりに漏らしたことがあった。
CD発売記念の握手会やファンとの交流旅行、屋内屋外問わず、ことごとく雨に降られるという。
どしゃ降りだとか、パラパラ小雨だとか、その日によって差はあるものの。
朝は晴れていても、開始時刻に合わせたように降り出すので、アキヒデくんが雨を連れてくるんだ、とスタッフさんたちによくからかわれるらしい。
そうか、だから今日は晴れているんだな、と得心する。
コンコンと軽いノックのあと、燕尾服の父さんが現れて、残念そうな顔で「やっぱり、アキヒデくんは無理だそうだ」と言ったので。
わたしは、知っているよ、と言いたいのを飲み込んで、笑顔を返した。
「うわぁ、キレイねぇ」
と、父さんの肩口から、黒の留め袖姿のお母さんが満面の笑みをのぞかせる。
「わたしも着たくなっちゃうわぁ。やっぱりわたしたちも式を挙げようかしら、ねぇ、ヨシユキさん?」
そうして腕を取られた父さんが、眉を八の字にさせながらもまんざらでもなさそうなのを見て、わたしは噴き出す。
目の前の姿見に向き直ると、胸元に偽物のバラの花が連なった、純白のキャミソールタイプのドレスに身を包んだわたしがいた。
髪の毛はアップスタイルにして、ここにも白いバラの花が3輪飾ってある。
プロにほどこしてもらったメイクのせいか、そこにいる笑顔のわたしは、なんだか別人の顔を借りてきて貼りつけたみたいに見えた。
そろそろお時間です、と式場の進行係の女性が伝えに来て、ペコリと頭を下げて出ていくのを見送ったあと。
「本当にこれでいいのかい?」
父さんが苦しげな笑みで言った。
「何が?」
スカートの裾をつまんで、パンプスを履き直しつつ、わたしはそれを横目で見ながら訊く。
父さんはふぅっと小さくため息をつく。
「好きでもない人と結婚するなんて」
それを聞いて、思わず噴き出してしまった。
何を言い出すのか、と笑った。
「父さんが薦めてきた縁談じゃない。あんなにイイ人だからって力説してたのに」
それに、と付け加える。
居ずまいを整える。
「わたし、彼のこと好きだよ。彼には腹が立っても胸は痛まない。きっと、楽しい毎日が送れると思う」
強がりなんかじゃない、本心だった。
それでも、父さんは苦々しい表情を変えない。
チラリ、と隣のお母さんを見やる。
ついさっきまで笑顔だったお母さんも、苦悩と戸惑いのない交ぜになったような顔になる。
何なの?とわたしまで眉間にシワを寄せる。
父さんが重そうに口をひらいた。
「……もし、オレが彼を薦めたのが、お前たちの決断に繋がってしまったのなら、謝らなきゃならない。一度でも自分たちの保身を案じてしまったこと、恥ずかしくて、悔やんでも悔やみきれない」
「……え?」
何のことを言っているのか、まるでわからなかった。
お母さんが一歩前に足を踏み出して、言った。
「マユちゃん、知っているの」
「え?」
「あなたとアキヒデとの間に何が起こっていたのか、わたしたち、ずっと前から知っていたのよ」
そこまで聞いても、意味がなかなか飲み込めなかった。
言葉が頭を上滑りしていく感じだ。
「……え?」
さっきから同じ一文字しか発することができない。
あぁもう、じれってーなぁ、と父さんが整えたばかりの髪をかきむしりながら言葉を継ぐ。
「だから、お前たちが恋愛関係にあって、親の目を盗んでコソコソとつき合ってたのなんて、とっくにバレてたんだっつーの!」
「えええ?!」
気が動転して、後ろに引っくり返りそうになって、ヨロヨロと後ずさりし、鏡にぶつかった。
脇と背中にじっとりとした汗が滲む。
ピンクのチークのせいで隠されていたと思うけれど、化粧を落とせば、わたしの顔は顔面蒼白だったはずだ。
「当然だろーが。こちとら、お前たちより何年長く人生やってると思ってるんだ。男と女がどういう関係にあるかなんて、目と目の合わせ方見りゃ一発でわかるんだよ!」
父さんは腕を組んで、ふんと鼻を鳴らす。
お母さんが、手のかかる子供を見るような目付きで、そんな下品な言い方、と父さんをたしなめた。
わたしの顔が今度はまたたく間に熱を持つ。
「嘘でしょ」
他に返すセリフが見つからなかった。
「残念ながら、嘘じゃない」
父さんはまだ威張っている。
「そして、オレたちが知っていることを、実はアキヒデくんも知っている」
「はぁ?」
予想外の爆撃に遭い、脳はもう混乱を超えて、機能しない瀕死状態。
腰が抜けそうな不安にかられて、知らず知らずのうちに、後ろ手に鏡の縁を握って体を支えていた。
オレたちはずっと気づいていた、と父さんは自分に確認を取るように繰り返した。
「お前たちに血の繋がりはない。つき合うことも、結婚することだって、法律上何の問題もない。でも、世間様はそう寛容じゃない。わかるだろ?」
わたしはポカンと口を開けて聞いていたが、問いかけられて慌てて首を前に倒した。
「しかも、アキヒデくんは人様の前に出る仕事だ。他人に指をさされるようなことはあってはならない」
それを耳にして、胸がぎゅうと痛んだ。
アキちゃんの立場についてはもっともだ。
だけど、それは父さんたちだって同じはずだ。
なのに、自分たちのことはさておいて、わたしたちを最優先する言葉に、温かい感謝の思いと、いたたまれない罪悪感が広がって、わたしは下唇を噛んだ。
「お前はさ、ナントカっていうロックの歌手が好きだったじゃないか」
突然思いついたように、父さんは人差し指を立てる。
「うん?」
不意をつかれて、肯定とも否定とも取れない声が出る。
「アキヒデくんはその歌手によく似てる。お前が夢中なのはそのせいだろうと思ってた。憧れと現実は違う。おそらくじきに冷めるだろうと高をくくっていたんだ。だから、きっかけを与えてやるつもりで見合いの話をひっきりなしに持っていってやった」
でもな、と父さんは視線を落として後ろ頭をかく。
「違うんだよ。きっと違う」
「何が?」
わたしは手を鏡から離して、身を乗り出す。
「オレはな、きっと自分に向けられる世間の目を想像して怖くなったんだ。お前たちのことを考えるふりをして、自分のことしか考えてなかったんだよ」
父さんは、最後のほうはモゴモゴと言葉を濁した。
少年時代から大学まで野球で鍛えたという自慢の体格を、小さくすぼめて萎縮した。
それは、とわたしは胸の内から溢れ出すものを感じる。
薄く微笑みながら、呼吸と一緒に吐き出した。
「しかたないよ」
当然だよ、と。




