夢の残像
それからは、いろんなことが目まぐるしく過ぎていった。
キソに電話をして正式にプロポーズを受けて、そのすぐあとに国際電話をかけて。
間をあけずに、引っ越し準備と仕事の合間をぬって父さんとお母さんが揃って一時帰国。
キソのご両親との初顔合わせをした。
格式のある料亭での食事は初体験ですごく緊張して、コースでひとり2万円もする料理の味は、とてもじゃないけど堪能できなかった。
何を食べたのかも覚えていない。
でも、キソのお父さんは頭頂部が禿げ上がっていて、そこは彼に似ていないなと思ったけど、それを自虐的にジョークにしながら話すあけっぴろげさはそっくりで、おかしくて、そればっかりが印象に残っている。
結納はしないことにした。
披露宴も、しない。
式はチャペルで、家族だけのごく質素なもので。
全部、わたしの希望だ。
まだ若いんだし、初婚なんだし、披露宴はぜひやったほうがいい、とキソのご両親は不満そうだったけれど。
わたしが頑として首を縦に振らないのと、それだったら面倒な準備期間なんて飛ばして、できるだけ早く式を挙げたいと申し出て、彼もかたくなに「彼女の希望通りに」という姿勢でおふたりを説得してくれたのもあって、最終的にはしぶしぶ承諾してもらえた。
キソとは、諸々の打ち合わせを兼ねて、何回も会って食事というか、酒を酌み交わし合った。
休日には、式場をあちこち訪ね回って、あそこはどうも、ここはそこが気に入らない、と文句をつけ合いながら、どうにか選び出した。
ウェディングドレスの試着にもつき合ってもらった。
籍を入れるのは、挙式のあと、ふたりで役所に出向くことにした。
それだけは、キソが独断で決めた。
アキちゃんはと言うと、何年ぶりかのフルアルバムをリリースすることが決まったそうで、その製作作業と、その後にあるライブの準備とかで、朝はわたしが起きる前に出かけていき、夜もすっかり更けてから帰ってきた。
ほとんど顔を合わせることはなかった。
わたしが呑んで午前様になった時に、ギターを背負ったアキちゃんとたまたま玄関前で鉢合わせになったことがあったけれど、お互いぎこちない笑顔で「おかえり」と言い合っただけで、会話はしなかった。
暗がりだったから、ハッキリそうだとは断言できないけれど、アキちゃんは心なしか少し頬がこけたように見えた。
でも、きっとわたしも同じだったと思う。
アキちゃんと会えない時間は、苦痛ではなかった。
やらなきゃいけないことがたくさんあったせいか、一日一日は飛ぶように過ぎていき、ちっとも長くは感じなかった。
ただ、そうやってちょっとでも見かけてしまうと、もう最悪だった。
夢になんか見た日には、ひどいものだった。
目覚めた直後から、ううん、目覚める直前から、心臓が握りつぶされたように痛んで。
涙の洪水に溺れそうになりながら飛び起きて、内容なんか覚えていないのに、もう現実の中にいるはずなのに、その残像に一日中うなされた。
接客なんかしていられる状態じゃなかった。
だから、アキちゃんがわたしの挙式に出席できないかもしれないと知った時、むしろホッとした。
わたしはそのことを、成田で父さんから伝え聞いた。
どうも、ライブの日程とぶつかってしまう可能性があるらしい。
「妹の晴れの日と仕事と、どっちが大切なのかしら」
とお母さんは憤慨して眉根を寄せて、「ごめんなさいね」と寂しげに微笑みかけてくれた。
わたしは、どっちつかずの愛想笑いを浮かべることしかできなかった。




