愛する恋愛、愛される恋愛
会ったら思いきりなじってやろうと思っていたのに、その相手に状況証拠と憶測だけの慰めを並べ立てられ、あげくに突然プロポーズをされて、今わたしは鳩が豆鉄砲をくらった気持ちが完璧に理解できた。
彼の思考回路がまったく読めない。
はじめて会った時から不審だったけれど、こうなるともう意味不明だ。
「ということで」って、何よそれ?
プロポーズという憧れの一大イベントなのに、生まれてはじめてなのに、何なのよこれは。
「イエス?」
キソが歯を見せる。
「んなわけないでしょ」
コーヒーを顔に浴びせてやろうかと思ったが、もう冷めているだろうし、リアクションはさほどおもしろいものにはなりそうもない。
どうして父もアキちゃんも声を揃えて、彼を「イイ人」だと言い切るんだろう。
わたしにはサッパリ解せない。
ただひとつ言えるとすれば、彼の突拍子もない提案のおかげで、わたしの涙が確かに止まったという、棚からボタモチ的な事実だけだ。
キソは本心からなのか単なるポーズなのか、少し申し訳なさそうな表情で頭をかく。
「何て言うかさ、今回のことは、オレのせいでもあるわけじゃん」
「そうだね」
まったくその通り。
自覚があったんだ、とむしろ驚く。
「だからさ、責任は取るよ」
「責任取って、結婚ですか」
「もちろん、キミのこと好きだし」
「取って付けたように言われても、信憑性ダダ落ちなんですけどね」
「じゃあ、何て言ったら信じるのさ」
「あなたの口から出てくる言葉はどれも信じられない」
参ったな、とキソは片眉を下げる。
それから、両手を自分の膝の上に置くと、まっすぐこっちを見て、横広の口角をふんわりと吊り上げた。
「オレは、キミを泣かせない。絶対に泣かせない自信がある」
傲慢としか思えないセリフなのに、その時のわたしは弱っていたからか、それがやけにストレートに心臓に突き刺さった。
胸の琴線をぶるぶる震わせて、いつまでもそれがしつこく鳴りやまなくて、ちょっと冗談でしょわたし、と自分で自分を叱咤した。
負けるんじゃないぞ。
「知ってるかい?」
「何が?」
負けるな。
「女性は、自分から愛する恋愛はうまく行かない。男性から愛される恋愛のほうがうまく行くんだ。統計的にね」
「へぇ」
負けるな。
「オレはキミを楽しい想いだけでいっぱいにしてあげられる」
ふと、アキちゃんとの日々が頭を巡った。
アキちゃんに想いを告げた夜のこと。
はじめてキスをされた時の舌先の感触。
両親が引っ越して、ふたりだけで迎えた最初の朝のカーテン越しの光。
いつも言葉少なに向かい合う、静かな食卓。
帽子を目深にかぶって片手に買い物カゴを持った、アキちゃんの眠たそうな横顔。
ギターネックを滑る細くてしなやかな指。
低いけれど透明な声。
それらが一気に押し寄せて、あまりの愛おしさに息苦しくなった。
そして、それらを一気に失ってしまったことをもう一度思い知って、胸が張り裂けんばかりに痛くなって、涙が込み上げた。
人を好きになって、こんなツラい思いをするなら。
わたしは、もう二度と誰も好きになんかならない。
好きになったらなっただけ、損じゃないか。
キソの言うように、愛される人生のほうが、そのほうが、きっと何倍も幸せなんじゃないだろうか。
楽しいんじゃないだろうか。
負けるもんかと思っていたはずなのに。
「……ねぇ、わたし、すぐには忘れられないかもしれないよ?」
手の甲で涙をぬぐいながら、そう確認すると。
バツの悪そうな顔をしていたキソが、すぐに頬をほころばせた。
「いいんじゃないの?」
いいかげんだ、と苦笑する。
「そういえば、なんでわたしたちのあとをつけたりしたの?」
別れ間際、玄関マットの上でそう尋ねると、
「あぁ、ただの好奇心。あのあと、ふたりの間の空気がどうなるんだろうと思って」
キソは悪びれる様子もなく、革靴に足を突っ込みながら背中でそう言った。
「あっそう」
確信犯だとかそういう自覚はなくて、おそらく何事も純粋に興味本意なのだな、と怒る気にもなれなかった。
どこまで見ていたのかも気になったけど、それも訊く気がそがれた。
「あのさ」と、ついでのように切り出す。
「何?」
キソがくりんと顔だけをこちらに向ける。
「……わたしとアキちゃん、血繋がってないよ」
驚くか、と唾を飲み込んだけど。
キソはあっけらかんとした口ぶりで、
「うん、だろうと思った」
そう言って、歯を見せて笑った。
動揺を隠しているようには見えなかった。




