部屋
ギイィ、と言う重苦しい音とともに扉が開く。
屋敷の中はひどく静かだった。
だだっ広いホールが音を反響させないつくりになっているからか。
ホールには二階へと豪奢な階段と屋敷の奥へと続く廊下。
暗闇の中にある静寂は、足音すらもすぐに飲み込んでしまう。
コツ、コツ。
響かない足音が耳に届いては消えてゆく。
大理石を敷いたホールから廊下へと抜け、自室へと戻る。
上等な芸術品の並んだ廊下を進む。
いつもの道、いつものこと。
そう、いつもいつもこうなるのだ。
彼は唇の端を少し上げる。
コツ、コツという音はいつの間にかしなくなる。
絨毯の敷かれた廊下は、この屋敷に住まう人間の部屋が割り当てられたエリアだ。
その一室の前で歩を止める。
はぁ、という音が、彼の口から漏れる。
重い、扉を開ける。
そこにはいくつもの調度品が月明かりに照らされ置かれていた。
ベッド、ソファー、机、タンス、サイドボード。
どれもこれも見るものが見ればうなる逸品ぞろいだ。
重い、堅苦しい、息が詰まるような、調度品たち。
ベッドにどさり、と身を横たえる。
ふかふかとしたベッド。
家人が常に完璧に整えているシーツに、しわが寄る。
うぅという声が漏れる。ぽたりと落ちてはシミを作るのはふわりとした枕。
いつのまにか、老人がベッドの横に立っている。
こつ、とかすかな音とともにサイドボードに置くのは薄い、グラスのカップ。
中に入っているのは、微かに色がついた水。
彼はそれを見もせずに手に取る。
口元へ寄せて、少しずつ口に含む。
ゴクリ、ゴクリ、と喉を通る液体。
ポタリ、ポタリ、と枕にも数滴が落ちる。
カップの中の液体を飲み干した彼は、どさりとベッドに身をゆだねる。
月の光が彼の顔を照らす。
目を閉ざす。
それでも、月あかりは彼を照らしたまま。
数分もすると、すぅすぅと言う寝息。
ふぅ、と息をつくのは老人。
彼にブランケットをかけ、すすと部屋を出てゆく。
月明かりだけが、彼のことを最後まで見ていた。