屋敷
ガラガラという音が静かに町の外に響く。
町はまだ祭りの喧騒が漏れ聞こえるほどに活気があり、その中を貴族特権の象徴のようなものがその楽しい空気に水を差すのはあまりにも野暮というものだ。
それを老人も心得ていたのだろう、魔車の行く道をしっかりと町の外に選んでいた。
ガラガラという音を聞きながら、ふともう一度彼女をまじまじと見つめる。
緑の草の冠、白い服、赤いスカート、黒い髪。
そして今にして顔を見つめるとすっと通った鼻筋に、きりりとした眉、唇には紅がさしており、目元はややたれ目で…控えめに言っても美しい顔をしていた。
おもわず目を背けるラタエル。
いつしか顔が熱くなる。
すうすうと彼女の寝息を聞きながら思案する。
一体彼女は何者なのだろう?
衣服の拵えを見るにそれなりに身分の高い人だろうに、水に浮いていた、
この国では全く見たことのない瞳の色に衣服――これはあの魔人のように「外」からやってきたものなのだろうか?
ならば、魔人に彼女を合わせるべきだろう。
どんなことになるのかはわからないが、それが最善だろう。
しかし、彼女はどこから来たのだろうか?
もしもそこに行けたら――と思案する中で頭を振る
そんなことはできない、人は生まれた場所で生きていくしかできないのだから、と自分に言い聞かせる。
それが彼が今までの人生の中でしみ込んだ、思考のひな形の一つ。
彼から離れない思考。
彼が離れたい思考。
ガタン、とその思考を遮るように魔車が揺れる。
窓の外を見ると綺麗に手入れされた庭園が見える。
屋敷へとついたのだ。
彼は魔車から降り、彼女をおろそうとする。
だが、それよりも早く、老人が彼女を手早く抱える。
「ぼっちゃま、ささ、夜も暮れてまいりました、お早くお部屋へお戻りください。爺はこの方を客間へお連れ致しますのでご心配なく…」
「…わかったよ、フギン、頼む。」
「もちろんでございます。ぼっちゃま。」
ガラガラと魔車が庭園の中を抜けてどこかへと行く。
それとともに深々とお辞儀をすると彼はそそと屋敷へと入っていく。
屋敷はそれはそれは大きく、部屋がゆうに100は超えていそうだった。
彼はここに一人で…より正確には使用人が数人かいるが。住んでいるのだ。
ふぅ、とため息を小さくつく。
結局、この家にまた戻ってきてしまった。
家を出た時はもう二度と戻らない覚悟できていたというのに。
彼は小さく苦笑する。
結局、いつになっても帰ってくるところはここなのだ。
小さな自虐が彼の心をチクチクとつついた。