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ラタトスクの駆ける空  作者: 隈野 問
月の王国
6/11

出会い

”月”に照らされた、それも格別の満月の光を浴びて輝くクウェル湖はそれはそれは絶景だと噂になることは多い。

だが、それを実際に見る人間の数は噂する数の一割にも満たないだろう。


それも当然だ。


満月の日はこの国の人々は誰かと祝いあうか、家で”月”に祈りをささげるかのどちらかだ。


そんな中で、この湖にわざわざ来て湖と”月”を見る…という人間はそれこそ酔狂というものだろう。


…そのはた目から見たら酔狂な人間がここに、一人、いた。

ラタエルはクウェル湖のほとりにただ一人、たたずんでいた。


クウェル湖は常ならば、風が穏やかに吹き、水草の茂みが風に揺れ、虫たちの声もにぎやかな湖だった。


しかし今はどうだろうか。このねんに一度だけの、満月のの湖は。

クウェル湖は月の光を浴びて、まるで鏡のように輝いていた。

一面まるで曇りもなく、ただただ空と”月”を写す鏡-


ラタエルの目にはそのように見え、ほう、と吐息を漏らした。

確かに人が噂に語るような絶景だ、と。


ふらふらと、ラタエルの足はクウェル湖の畔へ、草の茂る岸辺へと吸い寄せられるように引き込まれていく。

その足取りはまるで幽霊のように定かでなく。

しかし確実に

深みへと歩みゆく。


ざぷり、ざぷりと水は何時しか彼のひざ下の高さほどへと迫っていた。

鏡のような、美しい湖面に波紋がのびる。


と。

その時ラタエルは気が付いた。

彼の足行きーちょうど湖の真ん中へと行く”月”の陰に。”月”がちょうどそれにおぶさるかのように。

何やら白いものが浮かんでいた。


それは水草というには水に浮きすぎていて。

”月”というには丸くなくて。

ゴミというには綺麗すぎて。

石というには四肢があった。


…四肢?


彼の脳裏に四肢という言葉がヒットする。

そしてその時気づくや否や、彼は「それ」にむかって急いで足を進め始めた。


あれはゴミでも石でも”月”でもない――人だ。


ざぶんざぶんと足を進める。

こんな湖に人が進んでいるとしたら――それは十中八九――

そんな考えが頭をよぎる。


しかし、それでも、彼には確かめなくてはいけないという育ちの良さと、

考えの底にある生まれた時から植え付けられた理念があった。


湖に浮かぶ人は、頭の方は顔のほう、息が出来るような格好で湖上に浮かんでいた。


それを見て淡い期待が胸に宿る。

もしかしたらー


その人は黒い髪をしていた。

空のように黒い髪、”月”が照らさないところよりも深い黒。

その黒髪には何やら輪のように据えられた木の葉がついたツルが巻き付けられている。

そして身に着けている服は何やら見たこともない装束だった。

まず目に映えるのは身にまとっているスカートだ。

なにしろ、ろうそくの火のような色をした、縦にひだのついたスカートは生まれてから見たことは一度たりともない。

上着も珍妙なものだ。白い服だが襟元が腰元まであり、それがぴったりと、膨らんだ胸元まで閉められている。


胸元が膨らんでいるということは――と頭によぎったがそんなことよりもまず水から出すことをラタエルは優先した。

胸元に手がつかないように下から腕を伸ばし、抱え込む。

衣服はじゃばじゃばと水を吐き出し、軽い体には熱がなく、肝を冷やす。


それでも、ラタエルはざぶざぶと岸辺へと彼女を抱えて歩んでいく。

岸辺へ着くころにはすっかり彼の身体もまた冷え切っていたが今はそんなことを考えてはいられない。

岸辺から少し離れた小さな石があたり一面に撒かれた河原へと彼女の身体を置く。

口元へ手を寄せると微かな風の流れ――息があることを確かめ、ホッとする。

どうやらまだ死体にはなっていないようだ。

しかし冷え切った体は彼女の命を奪うにはたやすい。


そこでラタエルはふと気づく

彼女の体ー顔などは水にぬれ切ってはいるのだが、服はそうではないことに気づく。

まるで今の今まで水の中にあったことを忘れてしまったかのように乾いた衣服――

まるで水などまったく吸わないかのような未知の素材で出来ているのだ。


これには彼も困惑する。

水をまったく吸わない布?

確かに水を吸いにくい布などはあるだろう。

だがそんなものを超えているほどに、乾ききっているのだ。


だが彼は頭を振る。

今はそんなんことを考えている場合ではない。

彼は河原から細かな乾いた枝を集めると、彼女のそばへと寄せる。

そして腰元の筒を取り出す。


筒は奇妙な形をしていた。

黒い筒には銀の蔦のような飾りが小さく施され、筒の片側は穴だけが開いていて、何もついていないすっきりとしたものだが、その逆側は持ち手のようなものがあり、人差し指がちょうど当たりそうな場所には弧を描いた金属が飛び出している。


それの持ち手を持つと、彼は一つ呟く。

「『火よ咲け』。」


その言葉とともに子を書いた金属を人差し指で持ち手側へと引っ張る。

すると、筒の片側――彼の持ち手の反対側の穴から炎が飛び出す。

そして、めらめらと乾いた枝を燃やす。

辺りに温かさが散らされる。


「う、うぅ…」

はっと声のする方を向くラタエル。

そこには先ほど水の中から救った彼女が。

目を覚ましたのかと彼は慌てて近寄る。


彼女は目を覚ましたわけではなく、うめいただけだった。

しかし、それでもほんのひと時--目を微かに開ける。

ラタエルはそこに目を奪われる

彼女の瞳は真っ赤に燃えていた。

いや、燃えていたというには表現が過ぎる。

燃えるような赤い瞳。

この国の人がまず持ちえないような、真っ赤な瞳――


ほんの少し、目を開くと彼女はまた目を閉じ気を失ってしまう。

ラタエルは茫然と彼女の隣に座りこむと、これからどうしようかと思案するのだった。

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