クウェル湖へ
お久しぶりです
やっと書く気になれました
地道に書いていきますのでよろしくお願いします。
乗った魔導乗合車に載っているのは、ラタエル、彼一人だった。
最後尾、座席が最も長いソファに座り待つ。
それもそう待たないうちに運転手がやってきて車内には二人にはなったが、それでもクウェル湖へ行く人間は彼一人だった。
当然だろう。町は満月祭の騒ぎで外へ行くような人はそれこそ数えるほどしかいないだろうし、ましてや、
待ちから大分外れたクウェル湖へ今の時間-常ならば町へと帰るような時間だ。
そんな時間に町の外へ行く魔導乗合車がそう多いわけでもなく、
ラタエルが乗った魔導乗合車のこれがその月最後の便になるのだ。
それゆえに、彼はベルントとの喋りを遮って乗ったのである。もっとも、それ以外にも理由はあるにはあるのだが。
運転手は乗ると、ハンドル部分に手をかけ、呪文を呟く。
「『風に浮くは木の葉のごとく、進みだすは歩くがごとく』。本日はご乗車ありがとうございます、魔導乗合車、最終便、クウェル湖経由、ラドラス町行きでございます。お降りの方はアナウンスののちに運転手に申し付けください。それでは、出発いたします…」
車内全体に広がる言葉とともに、魔導乗合車が動き出す。
銀色をした蔦のような飾りを持つ黒い鉄の箱が、その巨体をほんの少し、宙へと浮かび上がると、音もなくするすると前へと進みだす。
窓の外には、今もなお賑やかにざわめく祭りの町並み。
それが少しずつ、町の外、畑の景色へと変わっていく。
緩やかに変わっていく窓の外を見つめるラタエル。
その横顔は、彼の知り人が見れば、何か話を聞こうとするほどに、大きな決意と、小さな絶望で満ちていた。
するすると走っていく魔導乗合車は、いつの間にか森の中に入っていた。
窓の外を流れる森は、きょうも”月”の光を浴び、静かにたたずむ木々がうっそうと茂る。
しばらくたつと、車内にアナウンスが流れる。
「次はクウェル湖、クウェル湖でございます。お降りの方は運転手まで申し付けください…」
そのアナウンスでぼんやりと窓の外を眺めていたラタエルははっとする。
そして車内を歩き、運転手の元へと行く。
「すいません、おります」
「わかりましたー。…けどお客さん、ほんといいんですか?これが最終ですよ?」
「あ、大丈夫です。」
「はぁ…」
運転手は怪訝そうにうなずくと、運転に戻る。
それを見ると、ゆるゆると座席に戻っていくラタエル。
しかしながら、座席に戻る最中に魔導乗合車は止まる。
「クウェル湖、クウェル湖でございます。お降りの方はお忘れ物のないようお気を付けください…」
魔導乗合車の止まったところは森の真っただ中に太い道があり、そこから一本、細い道が続いていく少し広場になったところだった。
乗車金を払い、そこへと降りていくラタエルに、運転手の心配そうな声がかかる。
「お客さーん、ほんと気を付けてくださいよー。」
「大丈夫です、ありがとうございます…」
その声に張りのない声で答えるが、こんな声では心配もされるだろうなと内心苦笑するラタエル。
それからまた音もなく、魔導乗合車が動き出す。
魔導乗合車の明かりも森の中へと消えていき、あたりはすっかり”月”の光だけが照らされていく。
「さて、と」
意を決した顔つきで、細い道を進んでいく彼を、”月”の光が当たる。
その眼には、”月”が照らさない森の深くよりも、暗いものが宿っていた。