空飛花火
言葉を放つとともに、手の中にある棒が輝きだす。
その輝きはこの王国を照らす”月”の輝き。
”月”の魔力が、魔道具へと入り、動かす。
定められた決まりとして、道具が動く。
そしてその決まり通りに、棒…魔花火はその役割を果たすのだった。
それとともに、二人の身体を奇妙な感覚が包む。
腹の底が持ち上がり、捲れていくような、奇妙な感覚。
この感覚を味わうのは、学園で実験中の飛魔具を起動したとき以来だ。
その時は奇妙な感覚を受けヘロヘロになったが、その後先生からその感覚を何て呼ぶか、知った。
浮遊感、と
そう、飛魔具の文字通り、空へと飛び出すために魔花火を起動させたのだ。
二人は魔花火の筒を手に持ったまま空へと飛び出していく。
レンガの壁が消えるまでの高度に達したとき、その筒は徐々に横を向く。
そしてスレートづくりの屋根の上をすべるように飛んでいく。
眼下の町並みには大勢の人が、こちらを見て指さす。
華やかな明かりのともる町と、その空には満月の”月”と赤色・オレンジ・緑に青と様々な色・形の花火。
楽しげに、棒から噴き出した色とりどりの花火が上がるのを見ている。
隣でもバカ…彼にとってのこの町初めての友人がニヤニヤ笑いながら人々に手を振っている。
片手で棒につかまりながら吹っ飛べるとは器用な奴だ…
そう、感心してしまう。
眼下の町並みはどんどんその色を変えていく。
”月”に照らされ、祭りの色どりに輝かされ、花火の色を受け七色に煌めくレンガの町並み。
すさまじい速さで移動するその町並みは、唐突に終わりを告げた。
黒い箱に銀の蔦が絡まったような見た目のものがいくつか置いてある黒土の野原…
町はずれにある魔導乗合車の乗合所についたのだ。
それとともに筒から飛び出ていた魔花火の光がフッと消える。
綺麗に計算づくの効果は確かに二人を町の中心部から乗合所へと移動させた。
それとともに浮力を失い、筒は静かにその役割を果たすのだ。
…そう、筒は、だ。
彼は友人を見る。
慌ててごそごそと胸元を探っている様子を見ると、なにやら策があるに違いない。
そう、二人はまさしくレンガ造りの家よりも高いところ…ゆうに20メテル(1メテル=1.5メートル)はあるだろうか?それほどの高さにいるのだ。
そこから落ちるとなれば…ケガでは済まないだろう。
そう分析するころにはもう5メテルほどにはなっていたが、彼は冷静に…冷静というには激しすぎるほどに感情が動いていたが。地面を見つめていた。
そして、ようやっと彼の隣で彼の友人が胸元から目当ての物を取り出し、慌てて地面に投げつけたかと思うと、言葉-呪文を放つ。
「『膨らめ風、毛玉のごとく』!」
その言葉とともに地面にぶつけられたもの…小さなクッションが一瞬で人の数倍はあろうかという大きさに膨らみ、それから落ちている二人を包み込む。
ふわふわに膨らんだクッションから二人がずるずると落ちる。
そして地面に降りて、ようやく口を叩けるようになる。
「安全準備はもっとしっかりやっておくべきだな」
「突然だったから仕方ねーだろ!お前までいるとは思わなかったんだよ、ラタエル!」
ラタエルと呼ばれた彼はあきれたような、冷静なようなものいいで彼の友人へ言う。
それに反論するのは彼の友人―ベルント・スミスだ。
「で、ラタエル、お前なんか用事あるんか?魔導乗合車に?こんな時間にか?」
「…今日じゃないといけない用事があるんだよ、クウェル湖に。」
「クウェル湖に?今日かー?」
のんきに言葉をつづけようとするベルント。
が、しかしそれ以上彼―ラタエルには待ってられない用事があった。
「悪い、もう魔導乗合車出てしまうから行く!」
「おー、気を付けて行けよ」
それ以上引き留めようとせず、先ほど散らかしたクッションを片付けにかかるベルントを見て、少しほっとするラタエル。
これ以上引き留められて時間を食うのもだがー決心がくじけるのも今の彼にとっては何よりも嫌なものだった。
ラタエルは先ほどの空から見た黒い箱ー魔導乗合車に乗り込むと、出発の時間を今か今かと待った。