路地裏と道化(もどき)
裏路地は常ならば人の通りは少ない。
だが祭りの月ならば、この街の地理に慣れた人が通る道だ。
人が横に並べば二人はいるのが精いっぱいといった路地は、明るいところから見た薄暗がりにはわからないほどに人が長蛇の列をなして歩いていた。
その一人として歩いている彼は、若干後悔していた。
あちらへ行く列とこちらへ行く列の二つが路地の中を満杯にし、もう後に進めなくなっている。
まさかここまで人がいるとは彼は予想できていなかった。
去年は表通りだけを歩いていて、全く気付かなかった事実に愕然とする。
このままで魔導乗合車の出発時間に間に合うのか。
懐中時計を取り出して見れば、もう時間の余裕は少ない。
気は急くが、それでも一歩ずつしか進めない。
いらいらしながら行列に従う。
と、不意に横の建物が消えた。
別段唐突に消え失せたわけではなく、建物と建物の間にちょうどできた空き地…
ちょうど路地の車軸とでもいえばいいのだろうか?
人がどこへ行くにも都合のいい場所だ。それでも行く先の魔導乗合車待合所への道は、まだまだ人ごみであふれかえっているのだが。
そろそろうんざりしてきた。いっそのこと今月はあきらめてしまったほうが心のためなのかもしれない。
そんな考えが彼の頭の中によぎり始めた時、
「何やってんだお前ー?」
と声をかけられた。このアホっぽい声はわかっている。
振り向かずとも誰だかなんてわかる。
振り返ってこのいら立ちをぶつけてしまおうと思った…が、予想をはるかに超えたものがそこに待っていた。
赤白の縦のラインが入った服に、何とも形容しがたい色と飾りをつけた三角帽子、鼻には赤い丸がついて、顔は白塗りと口元まで伸びたニヤニヤ笑いの口紅、涙を模したようなメイク。手にはやたらカラフルな長い棒が数本。
これは、王都で見たサーカスでも同じようなものを見た。道化…だっただろうか。一度しか見たことがないから判別がつかない。もしかしたらこんな郷土服があるのかもしれないが。
「…それはこっちのセリフだ。」
思わずさっきまでのいら立ちがどこかに吹っ飛び、あきれた声になる。
「なんだ、その服…」
思わず聞いてしまう。
「あー、これか?これはピエロっつってな、なんでも祭りをにぎわせるための職業の服で…」
「つまり、祭りをにぎわせてんのか?こんな路地で?」
「あ、いや違う、ここにいるのは仕込みのためだ。ちょっと花火と一緒に空を飛ぶトリックをやるためにな」
…帰ってきた答えは予想よりもばかばかしかった。
もうこんなバカには付き合っていられない…と踏み出した右足を、彼は地面につける途中で左足を軸にぐるりと反転させる。
「…今空を飛ぶって言ったか?着陸地点はどこだ?」
「え?ちょうど人が町に集まってっから人がいねぇ魔導乗合車のとこの待合所のトコ…」
「よし、飛ぶぞ!どれだ触媒!」
彼はバカ…じゃなかった、ピエロの格好をした悪友が持っている棒を奪う。
「呪文!」
「うぇっ?!…まぁお前が協力してくれんだったらこっちも嬉しいけどよ」
「いいから、早く!」
「うおっっと、なんか急ぎか?…あー、そういやガッコで言ってたな、今日の満月で…」
「おい!」
「うお、わかった!『揺れるは炎、咲くは花』!」
そうピエロが叫んだ途端、地面についていた棒の先から光が漏れる。
そして二人は吹っ飛んだ。