この世界の女はおかしい
城壁の上空を軽々と飛び越した影が城下街の屋根やら人の上に小さく落ち、そのまま城に向かって動いていく。
王城の庭ではお茶会をする少女たちがおしゃべりに花を咲かしていた。王女とその話し相手の令嬢たち、そして彼女等のお茶会の給仕をする侍女たち。
それは城壁の外に魔物が闊歩しているとはとても思えぬほど平和な光景だった。
そこに小さな影が落ち、影は次第に大きくなっていく。
「あら?」
その声を上げたのはブラウンの髪の侯爵令嬢だった。
侯爵令嬢の声に他の少女たちが注目する。
「どうかなさったの? レディ・ミリア」
「レディ・サラ。空に何か・・・?」
侯爵令嬢は空を見上げて言った。
他の少女たちも空を見上げる。
空にある人影が降りてくる。
「?!」
何が起こったのかわからず、呆然とする少女たち。異変に気づいた侍女たちも空を見上げる。
「衛兵!!!」
「姫様方、こちらへ!!」
騎士階級出身の侍女たちが叫ぶ。
理由もわからぬまま、侍女たちに手を引かれ、少女たちは慌ただしく席を立つ。突然の事に、椅子が何脚か倒れる。マナーなど、そこにはなかった。
音をあまり立たないはずの、芝生に倒れる椅子の音がやけに大きく響く。
「王女は誰だ?」
◆◇◇◇◇◇
聖女と呼ばれる女には共通点がある。それはある人物の血を引いていること。血脈の全ての娘を探し出すことは無理でも、目立っている娘だけはわかる。聖女と呼ばれる娘は独り身を貫くか、王家もしくは勇者と呼ばれる人物に嫁ぐことになる。必然的に王家の娘は聖女になる素質を有する。
王家の血筋を根絶やしにすれば話が早いと思われるかもしれないが、それは面倒だ。降嫁した先の家も根絶やしにすることになり、そうなると国の中枢全てがなくなる事になる。それは避けたい。
魔族がこんなことを言うのは間違っていると思うかもしれないが、人間が大量に減るのはご法度である。
村一つの人間が消えるのはいい。
街一つでもいい。
しかし、それ以上は駄目だ。
魔族にとって、人間とは生存してくれないと困る存在だから。
代々の魔王がどうして人間の国々の国王を殺さないのか疑問を持った人間はいないだろうか?
王城に入り込むのは容易い。
王城には魔族が侵入できないように結界がかけられているが、上級魔族には効かない。中級魔族でも入り込める。結界がない場合もある。
人間は結界の有無も知らずに生きている場合もある。
人間の魔術レベルで結界を張れる者は少なく、高位の結界を張れるのは更に限られてくる。
結界を王城全体に長時間かけるとなると、聖女か同じ血筋の者しかいない。
とは言え、結界は上級魔族に効かないのだから、有って無きものだ。
しかし、魔王も上級魔族も国王を襲撃することはない。
国王襲撃は内紛で人間の数を減らしたくない魔族にとって、都合の悪いものでしか無い。
それなのに何故か国王殺しが魔族のせいになる事は多い。
それはさておき。
魔族は人間の数を減らしたくない。
だから聖女と成り得る血筋を根絶やしにせず、娘だけをこうして攫う羽目になる。
が、その娘の処遇はどうしているのか気にならないだろうか?
◇◆◇◇◇◇
「インキュバス共。聖女の血脈だ」
となる。
美しい人間にしか見えない男たちは、魔王の前に畏まっている。
人間そっくりの外見を持つインキュバスは男で、女が生まれるとサキュバスと呼ばれる淫魔の種族だ。因みに淫魔は下級魔族なので、王城には入り込めない。
聖女の血脈など、下手に上級魔族に与えて力を増されるより、下級魔族に与えておくほうがいい。代々の魔王はそう考え、それが当たり前になった。
その昔、淫魔は人間とは似つかない姿形をしていたらしいが、今では人間にしか見えない。良くも悪くも、聖女の血脈のせいである。
聖女の血脈が狂い死のうが、淫魔の子を産もうが、代々の魔王にとってはどうでもいいことだった。
「キャー!」
王女が絶叫した。
恐怖からではない。
魔王は内心、首をひねる。
インキュバスたちも喜色満面の王女にタジタジだ。
「イケメンで、筋肉の付きにくい細い体なんて・・・なんて最高! これは夢? 本当に現実なの?」
王女はインキュバスたちに近寄り、次々顔と体をチェックしていく。
「どれを選んでもいいし、選び放題。ハズレもないようだし、ああ、幸せ~」
「インキュバスだぞ? 淫魔だぞ? それに与えられるのを何故喜ぶ?」
思わず魔王は尋ねた。
王女は咳払いをする。
「・・・コホン。私、マッチョが嫌いですの。プニ腹も、ビヤ樽のような腹も嫌ですの。マッチョでもプニ腹でもないイケメンはいないんですもの。細身でそれでいて引き締まっているイケメンが理想ですのに、城の中にはいないんですもの。つい興奮してしまって・・・」
「そ、それは・・・」
魔王もタジタジだ。
王女は目をキラキラ(ギラギラかも知れないが)とさせて、魔王に畳み掛けるように言う。
「ところで誰を選んでもいいんですの? 複数選んでも?」
魔王は困り果ててインキュバスたちに目をやる。
インキュバスたちの顔は引き攣っている。自分たちの存在を褒められることも、ここまで積極的に受け入れられることなど初めてで、どう反応すればいいのかわからないらしい。
「我々にも選ぶ権利があれば、一人でも複数人でもどうぞ構いません」
王女の攻撃から立ち直ったインキュバスの一人が言った。
立場が逆転しているが、興奮しきっている王女も、困惑しきっている魔王もインキュバスたちも気付かない。
「では、全員」
◇◇◆◇◇◇
「モフモフと言ったら、獣耳と尻尾は絶対外せないわ~」
と、一人の王女は言った。
彼女は獣耳と尻尾を持つ獣人に抱き付いている。
「モフモフは顔が命よ。顔が獣じゃないモフモフはモフモフとは言えない」
と、もう一人の王女は言った。
彼女は獣の頭を持つ獣人に抱き付いている。
「モフモフは全身がモフモフじゃないといけないのよ!」
と、更にもう一人の王女は言った。
彼女はコボルトかケットシーと思われる獣人に抱き付いている。
「セントール(ケンタウロス)とか半獣半人も良いわよね~」
と最後の王女は言った。
彼女はセントールの背に座っている。
魔王にとってはどうでもいい。
「は? 半獣半人は有り得ないわよ!モフモフじゃないじゃない!」
「貴女、それはモフモフ愛じゃないわ!モフモフ愛クラブから脱退しなさいよ!!」
◇◇◇◆◇◇
「リザードマンがいいんですが・・・」
オズオズとある王女は言った。
「・・・」
◇◇◇◇◆◇
「マーマンは獣人に入るのでしょうか?」
キッパリとある王女は尋ねた。
魔王はもう、どうでもよくなった。
「リザードマン同様、入らないのでは?」
◇◇◇◇◇◆
今日も魔王城は愛に満ちて平和だった。