捕虜の扱いどうしよう
壁が閉じきると同時に僕の金縛りが解けて身体の自由が戻ってきた。
さらに同じタイミングでフローラも戻ってきたみたいだ。背後から扉の開く音がしたしね。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。装備の解除ありがとうございます。僕だと何をすればいいかも検討がつきませんでしたので助かりました」
「あ、いえ、その、そこまで大した手間ではありませんでしたし、マイマスターの手を煩わせる事ではありませんでしたので……いえ、御言葉ありがとう御座います」
振り返りながら労いの言葉をかける。フローラはその言葉に最初はあたふたして否定しようとした。けど、僕の好意をすぐに受け入れてくれた。
そこで、彼女はふと気付いたように辺りを見渡してから、僕に訊ねてきた。
「あの、ラク様はどちらに行かれたのでしょうか?」
「ん、先輩なら帰りましたよ。そういえば」
ラクというのは先輩のファーストネーム。フローラは先輩の事を知っているようだ。先輩は次回来たときに自分のことを話せるかもと言っていたけど、今聞いてみるのも悪くないかも。
「はい、如何なさいましたか?」
「フローラさんは先輩の事を知っていたみたいですけど、どんな人か教えてもらえませんか?」
質問した途端、フローラはピキリと固まった。どうしたんだろう。
「申し訳ありません、マイマスター。その件につきましては何卒ご寛恕を頂けませんでしょうか」
かすれ声で、なんとかといった体で謝ってくるフローラ。これはやっぱり先輩が何か言い含めているかな。
「それは先輩から言われてたりします?」
「はい、ラク様より厳に秘密にするよう仰せつかっております」
やっぱりか。先輩は抜け目のない人だから無理かもと思ったけど案の定だ。
しかし、僕ががっくりと肩を落としていると、フローラが何かを覚悟した声で言葉を続けてきた。
「ですが、マイマスターがどうしてもと仰るのであればすべてを覚悟の上でお話しいたします」
「いやいやいや、そんな覚悟要りませんからね。ただ何となく聞いてみただけですから」
悲壮感漂う様子に慌てて首と手を振る。どうでもいいと言ってしまえばそれで終わりの事に覚悟なんて要らない。
僕が質問を取り下げると、フローラはあからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
「それじゃ、これからどうすればいいですか?」
話題をそらす意味で訊ねる。すると、フローラも話題を変えるのに賛成なのか、特に不満を出すことなく答えてくれた。
「はい、今回の初心者講習では侵入者は一組のみと決められておりますので、その侵入者を撃退したことで一旦終了となります。後は回収なさいました装備品の処分、捕らえた捕虜の処遇をお決めなさるだけとなります」
処分と処遇か。面倒臭くはあるけど仕方ないね。あ、でも、それより先にあの戦士の遺品の回収をしないと。
「フローラさん、その前に穴の中に画面の切り替えをお願いできますか」
「承りました。後ろから失礼いたします」
僕が頼むと、今度は向き合っていたせいか、顔にムニュっとした感触が。いい加減勘違いしてしまおうかと思ってしまう。しかし、今回はその感触はすぐに消えた。理由は単純。画面を切り替えし終えたので姿勢を戻したからだ。
振り返り画面に目を向ける。もうすでに戦士の遺体はなく、そのパーツと思わしきものが散乱しているだけだった。コブリン達は未だに何かをがしがしとかじっているけど気にしない。戦士が着けていた装備品はそのパーツと一緒になって転がっていた。
画面が薄暗くてよかった。まともに見えていたらと思うとちょっと怖かった。
「フローラさん、あの装備品だけを回収することはできますか?」
「はい、遠隔回収の機能は予め附随しておりますので問題ありません。試しに操作なさいますか?」
「ん、そうですね。色々操作覚えないといけないでしょうし……やってみますか。でもきちんと手順を教えてくださいね」
「勿論で御座います。では手始めにこちらのボタンを……」
そのままフローラに手順を教えてもらって戦士の装備品を回収する。アナライズと同じ要領だったから簡単だった。
操作を終えるとフローラが話しかけてきた。
「回収お疲れでございました。装備品の処分と捕虜の処遇についてご説明しなければならないことが御座います。お時間を頂戴致しますことご容赦ください」
僕が頷くと「ありがとう御座います」と頭を下げてきた。何度されても居心地が悪い。でもフローラは何度言っても改めないから、その内慣れるしかないかな。
「ではその前に講習モードを終了いたします」
僕が何か言う前にまた顔に柔らかな感触が……ってもうこの流れは要らないから。スッと身体をずらしてフローラから離れる。
やがて操作し終えたフローラが姿勢を戻した。ただ、その表情は何処か悲しそうな感じだった。気のせいだな、うん。
「それではマイマスター、画面をご覧いただけますか?」
言われるがままに画面を見やる。講習を始める前と同じ選択肢が映し出されていた。特に変わったところはない。
……いや、少しだけ違う部分がある。左上の隅に「DP8000」と「ランク1」という文字が浮かんでいる。その下には何かのための横ゲージもあった。ゲージは中程まで満たされている。
「流石はマイマスター。お気付きになりましたか」
顔の向きからどこを見ているのか判断したのだろう。フローラが誉めてきた。ただ、こんなことで誉められてたら情けないだけだけど。それは兎も角、あれが何か聞かないと。
「フローラさん、あのDPというのとランクというのは何ですか?」
「はい、まずDPについてご説明いたします。これはダンジョンポイントの略称で御座います」
ダンジョン(D)ポイント(P)か。安直すぎる。まあ、捻っても仕方ないか。
どうでもいいことを考えているとフローラがじっと見つめてきていた。何だろう?
「続けてよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
気が逸れていたのはバッチリ見抜かれていた。恥ずかしい。顔が赤くなっているのが判る。ただ、有り難いことにフローラは何も見ていないかのように淡々と説明しだした。
「ダンジョンポイントはその名から想像できますようにダンジョンの運営に関するポイントで御座います。例えば先程のフロアですと500ポイント、落とし穴ですと50ポイントかかります。また、上等なフロア、罠になるにつれ、かかるポイントは上昇していきます」
うは……つまりより良いダンジョンを作るとすると高額になるわけだ。そうなるとあの8000ポイントもすぐに無くなりそうだな。
「また、DPは魔物の召喚や商会との取引にも使いますので計画的にご利用なさるのが良いと存じます」
う、他にも使うのか。管理が厳しそう。というか8000なんてすぐに使いきりそうだな。そこでふと気になることが出てきた。聞いてみよう。
「このDPはどうすれば増えるのですか?」
しかしこの質問は予想通りだったようで、フローラはどもることなくすらすらと答えだした。
「はい、こちらのDPにつきましては侵入者の撃退や捕虜、装備品の引き渡し等で入手可能で御座います」
「あっ!」
「お気付きになりましたでしょうか。先程申しました捕虜の処遇や装備品の処分につきましてのご説明とはまさにこの事で御座います」
「つまり、勇者達を売るか手元に残すかを決めるということなんですね?」
「仰る通りで御座います」
むむむ。まぁ手元に残してもどうしようもないかもしれないけど、何だかもったいない。かといって売らないというのも諸経費がかかりすぎる気がする。
「ちょっと聞きたいのですけど、食費とかもあれで賄うのですか?」
「はい。栽培などの自力入手の目処が立たない限りそうなるかと思われます」
むう、全くもって難しいな。
…
……
………
よし、この事は勇者達が起きてから考えよう。
僕は問題を一旦棚上げすることに決めて、次の話に移すことにした。
「面倒臭いので勇者達の事は後回しにします。後は何かあるかな」
「装備品で御座いますが……マイマスター、その事につきまして意見申し上げてよろしいでしょうか?」
何だろう? ただ売るつもりだったんだけど、聞いてみよう。
「なになに?」
興味津々に聞くと、嬉しそうな顔で言い出した。
「はい、あれら装備品の質は高く、そう簡単に手に入るものではありませんでした。故に、あれらは売るのではなく、マイマスターが活用されてみては、と愚考致した次第であります」
「へー、そうなんですか。うん、数は少ないみたいですし、折角だから使ってみましょうか」
そう言うとフローラは嬉しそうに微笑んだ。美人さんだけについつい魅了されてしまいそうだ。
「聞き届けてくださりありがとう御座います。装備品の状態などにつきましては宝物庫に入れておくことで『その他』の項で確認できますこと、お知りおきください」
「ん、判りました」
僕が頷くのを確認したところでフローラが次を示した。
「ではマイマスター、続いてランクの説明をいたしたいと思いますが、その前にご休憩をお取りになっては如何でしょうか?」
確かに起きてからずっと何かをしていたし、ちょっと休みたいな。
「お願いします」と頼むと、フローラは「では折角ですのでお茶を入れて参ります」と言って出ていった。
お茶なんてあるの? こんなところに。