捕虜ゲット!
「いやー、久しぶりという訳じゃないけど懐かしく感じるねぇ」
先輩は嬉しそうに手を挙げて近寄って来た。そして、そのまま僕の横に立って画面を楽しげに見つめた。
「ふむ、まだ講習の最中かあ。後輩君のことだからいきなりダンジョンを作り出したんじゃないかと思っていたんだけど、堅実にやっているんだねえ」
そのままパネルを操作して色々画面を切り替えていく。そして、勇者たちが倒れている穴の中に画面が切り替わった。
「ん? 何これ? もう終わっちゃってるじゃないか。ちぇー、つまんないのー。でも、これどうするつもりだい、後輩君? ゴブリンも一緒みたいだし。もしかして、生AVを観賞するつもりじゃ……」
くるりとこちらを向いた上で恐ろしい子と呟きながらわなわなと震える先輩。芸が細かいのはいいとして、その認識はなんですか。否定しないと後が怖い。
「違います。あの人たちをどうしようか悩んでいたところです」
「ふむ、生AVが嫌ならさっさと捕虜として牢獄に入れたら……ははぁ、牢獄がないんだな」
僕の言葉に不思議そうにしていた先輩だったけど、画面の簡易マップを見て納得顔になった。そして、呆れ声でフローラを叱咤した。
「もう、ダメじゃないか。こんなことにならないよう君にサポートを頼んだのに。こんなことなら彼女達をあてがえば良かったよ」
先輩の声にフローラの顔色がさっと変わる。青い顔になり、口許もきゅっと固く結ばれる。外されるのが怖いのか、中々に悲壮な感じだ。でも、彼女のそんな様子を目に捉えているくせに、先輩は口撃を止めなかった。
「今回の後輩君の件は急ではあったけど、立候補は君を含めて五人もいたんだ。あまり情けないようだったらチェンジしてもらうからね」
「はい、申し訳ありませんでした」
フローラが潤んだ声で小さく頭を下げた。でも、それに先輩は両手を腰に当ててムッとした表情になった。
でも、あのいかにも怒ってますというポーズを取るということは、実際にはそこまで怒っていない。先輩が本気で怒ったときはヤバイ。一度だけ見たことあるけど威圧感が半端なかった。
まあでも、そんなことはフローラは知らなかったようで先輩の態度にビクビクしていた。そこにいつもよりも低い声の呟きが落ちた。
「僕に謝られてもな」
先輩のその言葉にはっとして、フローラがこっちを向いて深々と頭を下げた。
「マイマスター、誠に申し訳ありませんでした」
「いえ、あの、全然気にしていませんから大丈夫ですよ」
ちゃんとサポートしてくれていたし不満はない。あるとしたら、今こうやって頭を下げられていることくらいだ。
しかし、先輩はお気に召さないのか唇を尖らせてぶーたれていた。
「後輩君は甘いなあ。もう激甘。ホットケーキに生クリームを塗って、上から蜂蜜とチョコをトッピングするくらい甘い」
先輩、その例え理解できません。多分甘いのは判るけどそんなことするのは先輩だけです。
「でもまあ、後輩君がそう言うのならば今回は不問にしておこう。それより今はこれのことだね」
これ、と指差したのは画面に映る勇者達。まだ全員気を失っているみたいで起き上がってくる気配はない。だけど、それを漸く察知したのかゴブリン達がそろそろと近寄っていっていた。
「今回はフローラの不手際の償いと今回の後輩君の手腕を称えて特別に、そう、と、く、べ、つ、に牢獄を僕が手配してあげる」
先輩は恩着せがましくニヤリとして言うと、猛スピードでパネルを操作し、あっという間に牢獄を作り上げた。そして、そのまま続けてパネルを操作して、勇者達をその牢獄に転送した。
「はい、終わり。あ、装備とかそのままだから早めに剥ぎ取りにいってね」
先輩は終わりと言うがフルプレートの戦士はゴブリン達がいる落とし穴の中に留まったままだ。何となく予想はできてるけど一応訊ねてみよう。
「先輩、この人は何で残されているのです?」
「え? だって死んでるよ彼。あ、死体を使ってゾンビとか作る予定だった? ごめんごめん、今転送するね」
僕は慌ててパネルを操作しようとした先輩を止めた。
「ああいえ、しなくて大丈夫です。ただ疑問に思っただけですから」
「じゃあ、あれはあのままゴブリン達の餌でいいのかな?」
「へ?」
先輩の質問に目が点になる。思わずフローラを振り返ると有り難いことに説明してくれた。
「ゴブリンは基本雑食で御座いますので、動物の遺体でも喜んで食します。今回に関しましては目の前で女性が消えたこともあり、やけ食いする可能性は高いと存じます」
うへ、目の前で屍食されるのは嫌だな。画面を切り替えたらいいといえばそうなんだけど……。
「死体なんて残していても邪魔なだけだし食わせても問題ないと思うよ?」
先輩はああ言うが、うーーん、どうしようか。
と、そこでフローラが失礼しますと声を掛けてきた。
「マイマスター、私は捕虜達の武装解除に参ろうと思いますが御許しいただけるでしょうか?」
「ああ、うん。お願いします」
「ありがとう御座います。では失礼いたします」
僕と先輩に一礼してからフローラは部屋を出ていった。それを見送っていると背後からゴトゴト音が鳴り出した。反射的に背後の画面を見ると、ゴブリン達が鎧を剥がしている最中だった。
「あら、早いね。どうするんだい後輩君? 今でもギリギリ間に合うけど」
にやにや笑いで訊ねてくる先輩は放置して、本当にどうしようか。邪魔といえば邪魔なんだけど勇者達に別れをさせて……あげる必要はないか。
よく考えると僕が彼女達に気を使う必要はないや。どうせ鎧とかまでは食べないだろうし、形見くらいは残るだろう。それでいいや。
「いえ、もうそのままで構いません。でも、見たいというのではありませんから」
「ほいほい、画面を切り替えよう。そうだね……やっぱり綺麗なのを見ておきたいよね」
僕が頼む前に先輩は頷いてパネルを操作しだした。そして、映し出されたのは捕虜達の牢獄の映像。
プライバシーもへったくれもないですね。
画面ではフローラが手際よく鎧やアクセサリーなどを外している。色々金目の物でもあるのだろう、イヤリングや指輪、腕輪は全部外されていった。
ってあれ? フローラが服まで脱がしだした。勇者達はあっという間に下着姿にされる。
「おやおや? 後輩君顔が赤いぞ。どうしたんだい?」
判っているくせにニマニマ嫌らしい笑みを浮かべて訊ねてくる。くそ、ムカつく。
「別にどうもしませんよ」
「ふうーん、ならいいんだけどね。あれは服の下に何か隠していないか暴いているんだよ。意外と冒険者は足掻くのが上手だからね。徹底的にしないと、思わぬしっぺ返しをされるよ。
それよりも、愉しいものも見れたことだし、そろそろ僕は帰るよ」
「はいはい、またあし……え?」
大学の時と同じで軽い感じに言われて、ついつい合わせてしまったけど、よく考えたらここから帰るってどういうことだ。大体先輩はどうしてここにいるんだ?
僕の顔色から言わんとしていることを察知したのか先回りしてきた。
「後輩君も聞きたいことはあるだろうけど、今は答えてあげられないかな。もう少し頑張ってダンジョンを運営できてきたらまた来るよ。その時には話してあげられるかもね」
「先輩!!」
呼び止め、動こうとするが何故か体が言うことを聞かない。僕は座ったままなんとか首だけを先輩に向けてその後ろ姿を見送った。
来た時と同じようにして壁が重低音を響かせて開く。壁の向こう側からは光が溢れてきていて何があるのかは見透せなかった。そして向こう側に足を踏み入れたところでこっちを振り向いた。
「よいしょっと。じゃあまたねー。あ、そうそう君にとっては悲報かもしれないけど、召喚に関して少し特殊なのを用意してあるから。本当はないんだけど本人達のおど、げふんげふん、たっての頼みで用意したから是非使ってあげてね。それじゃバイバイ」
三度壁が重低音を響かせ、今度は閉まり始めた。先輩はにこやかな顔で手を振っていた。
そのまま壁は閉まっていき、ゴォォンと音を立てて完全に閉じきった。