挑戦者現る
「では、演習を始めさせていただきます。準備はよろしいでしょうか?」
僕がこくりと頷くのを確認して、フローラはボタンを押した。すると、画面にスタートの横文字が流れ出てきて実際に演習が始まった。そして、簡易マップに敵を示す赤い光点が4つ表示された。
しかし、これだけだと詳しいことが判らないな。そう思っているとフローラが提言してきた。
「相手方の名前や簡単な情報をお知りになりたいのでしたら、アナライズを使ってみてはいかがでしょうか?」
「何それ? というかよく僕が考えていることが分かりましたね」
「画面をじっと見つめられていたようですので光点が気になっているのではないかと思いまして、僭越ではありますが助言致した次第で御座います」
「僭越だなんて……。これからも色々教えてほしいですよ」
「そう仰って頂けるとは恭悦の至りです」
恭しく頭を下げるフローラ。僕は慌ててさっきの言葉について問い質した。正直、こんな美人さんが僕に頭を下げてくるのは座りが悪い。
「そ、それより、さっきのアナライズってなんですか?」
「アナライズはダンジョンマスターにのみ使うことができます一種の魔法で御座います。効果は相手の名前や職種などの簡単な情報を表示させるというものです。こちらのボタンをご覧ください」
僕の質問に頭を上げたフローラは簡単な説明をした後、優雅な仕種で「失礼します」と一礼して、また身を乗り出してきて何かのボタンを示した。その際、肩に再び、かの誘惑の果実が乗っかってくる。
あれか? もしかしなくてもわざとやってるのか?
そう考え、ボタンではなくフローラの顔を覗き見る。僕の視線に気付いた彼女はこっちの考えを見透かしてるかのように輝くばかりの微笑を浮かべて「どうか致しましたか?」とだけ言ってきた。
「っ! な、なんでもない」
顔が赤くなってるのが判る。あの笑顔は反則だ。
火照った顔を少し背け、ボタンへと目を向ける。ボタンは赤色で、表面にさっきと同じようにでかでかと「魔法」と書かれていた。
何か馬鹿にされているような、虚仮にされているような……これ絶対先輩が配置したんだろ!
内心で先輩に悪態をついていると、フローラがボタンを押して画面を見るよう言ってきた。
画面は二分割され右側に簡易マップが少し縮小されて表示され、左側に魔法一覧と書かれた一覧表が映し出された。ただ魔法はアナライズとヒーリングしかない。
「このように、こちらのボタンを押しますと、魔法選択画面に移行します。あとは先程ダンジョン構築時にお使いなさいましたボタンで選択して頂くだけとなります。今回は私の方で操作致しますね」
フローラはそう言って、素早く操作をしてアナライズを選択、実行した。すると魔法選択画面の上に対象選択画面がポップアップした。Javaかよ。
簡易マップにはパーティーが一つだけだから選択画面も一つだけ。それをまたフローラが選んで実行。
「ん?」
それと同時に身体からスッと力が抜けるのを感じた。ほんの少しだし精々違和感程度だったけどなんだったのか。
その疑問を聞こうと思ったけど、その前にフローラが画面の左側、つまり魔法選択画面のほうに映し出された結果を報告してきた。
「相手はレベル1で構成されたパーティーのようですね。職業は……勇者、戦士、魔法使い、僧侶のようですね。勇者というのは珍しいですね」
フローラが少し驚いた声音で感想を付け足していた。しかしこっちはそれをきちんと聞いている余裕はなかった。
なぜなら、勇者の時点で危うく噴きかけたから堪えていたからだ。
○ラクエか!! 大体なんで勇者なんかが講習に出てくるんだよ。魔王でも倒しとけ、魔王でも。
心の罵声を浴びた勇者を筆頭としたパーティーは第一の部屋へと入ってきたようだ。画面は既にもとに戻り簡易マップのみとなっていて、光点だけだけど、それでも部屋に入ったのは分かった。
「第一の部屋に到着したようですね。画面を部屋の映像に切り替えます」
そう言ってさらにボタンを操作するフローラ。すると、画面が第一部屋のリアルタイム映像に変わり、簡易マップは右下の隅のほうへと縮まっていた。
それはそうと、第一の部屋は至極簡単な作りとなっている。
部屋の総体積は変えられなかったんだけど、寸法は自由に決められたので、細く長い、一見通路のような部屋になっているのだ。
そこに落とし穴を仕掛けた。勿論、それだけだと運が悪ければ素通りされてしまうので、虎挟みも兼用していて落とし穴に誘い込むようになっている。
今回の四人組は丁度そこにたどり着いていた。
『やはり、学園のダンジョンだな。練習用だからか、拍子抜けするくらい簡単だ』
と、突然女性の声が部屋に響いたので、僕は何事かとキョロキョロしてしまった。その慌て具合が可笑しかったのか、姿勢を戻していたフローラに笑われてしまった。
「マイマスター、ご安心ください。今のは挑戦者達の声で御座います。映像と共に音声も拾い上げております」
「そ、そうなんだ」
恥ずかしさを押し隠して答える。バレバレだとは思うけどそれでも見栄を張りたいときはあるものだ。
フローラはそんな僕の考えを理解しているように視線を画面へと向けた。つられて僕も視線を画面へと向ける。
『未だに魔物も出てきてないしね』
『その分、宝箱もないがな』
『……少し気になるところです。今までこんなことはありませんでした』
発言は順に神官の物と思わしき錫杖を手にした勝ち気な女性、フルプレートの鎧を着込んだ戦士であろう男、最後は黒いローブを纏った少し暗めの女性。最後の人はそれっぽい杖を持っているから魔法使いだろう。そして、画像を切り替えた途端聞こえてきた声はいずれの声とも違っていたから多分あれが勇者なのだろう。ちなみに勇者は胸当てと各部関節を守るためのガードをつけた、とびきりの美少女だった。
……女性3人に男1人の構成。何だろうこのムカッとする気持ちは。
僕の負のオーラを気にすることなく(当たり前)通路のような部屋を何も警戒せずに進む一行。その間も四方山話は止まらなかった。
『このまま奥まで行って証をとってこれたら楽だな』
『流石に教官がそんなことをするとは思えないが……この現状を見るとそれもあり得そうだな』
『だろー? そうなりゃサシャ、お前さんとデートに行けるな』
『ば、ばか! そんなことを大声で言うな……』
戦士がにやっと勇者に語りかけ……いや、あれは口説いているのか? 勇者の方も満更じゃないのか注意しつつも表情はどこか嬉しげだ。
『あー、はいはい。あんたらのイチャイチャは独り身には効くんだから後にして』
『……もう少し緊張感を持った方がいいと思います』
それに残りの二人、僧侶と魔法使いがげんなりした声で咎める。が、いつものことなのかあまり効果はないようで、勇者と戦士はいちゃラブっぷりを見せつけていた。そうして一行は弛緩した雰囲気のまま部屋の奥へと進んでいく。
「マイマスター、彼らが例の場所へと到着したようです」
ぐぬぬ、と憎しみを込めた目で画面を見つめているとフローラが報告してきた。ただ、その声は少し苛立たしげだ。フローラも目の前のいちゃつきぶりにムカついているんだな……。
後になって振り返ってみれば、この時の勘違いに気付けていれば、あれほど後悔することはなかったのだが……まさに後の祭りであった。