夢か現か
「ここは…………………………どこだ?」
自然と目が覚めたのはいいんだけど、見慣れぬ天井に一瞬呆けてしまった。
うちの家は天井は大きなアニメキャラが描かれているのだ。ちなみにあまり世間では知られていないアニメだ。
それはともかく、目の前に見える天井は真っ白け。染み一つない綺麗な白だった。
「結局後輩君はチケットの説明を読まなかったんだね。あれ? それとも読んだからこそ、こうなってるのかな?」
天井と睨めっこをして現実逃避していると横から突然聞きなれた声がした。それに驚き、起き上がろうとして手をつくと、むにゃんとした手触りとともに艶のある声がした。
「あふん、お兄ちゃんそこはだめ~♪」
「あはん、もっといいのよ♪」
その声にもっと驚いて両脇を見やると義姉さんと義妹が寝ていた。そして、二人の静かに上下する胸の上に手を置いていた。慌てて手をどける。
危なかった。今の言葉は寝言だったようだが、バレたら何を言われるか。それにしても一体何の夢を見ているんだ。
「くくく、君たちの家はやっぱり面白いね」
その声にはっとする。そうだった。あの人がいるんだった。僕が顔を赤らめながら横を見ると、案の定先輩が立っていた。服とか昨日会った時のまんまだ。
「先輩、ここはどこなんですか?」
「チケットをきちんと読んでいたらそんな質問は出ないんだけどね。てことは、やっぱり読んでいなかったか。
まあ、いいや。教えてあげる。ここは神々が棲まう天空の城だよ。君はあのチケットを使ったからここにいるのさ」
は? 神々? 天空の城?
「先輩、とうとう頭がおかしくなりましたか?」
「とうとうって……中々後輩君も失礼だね」
苦笑してそう言うと、どこにあったのか高級そうな肘掛け付きの椅子に腰かけた。そして、尊大に足を組んで見下ろしてきた。
「僕は頭がおかしくなってないよ。至極真面目に言っている。ほら良く言うでしょ? 事実は小説より奇なり、と。現実を受け入れなよ」
大きく手を広げている先輩を白い目で見る。しかし、一向に訂正してこないので、諦めて深い溜め息を吐いた。
「はあ、百歩譲ってここが神様のいるところだとして、一体何の用なんですか?」
すると、ずいっと見たことのあるチケットを突きだされた。読めということなのか。先輩は何も言わなかったから仕方なく受け取って内容を確認する。
『天界福引券』
チケットの表にはそうでかでかと書かれていた。他には通し番号が記載されている。表面からはそれ以上分かることは無かったので裏面を見る。
『天界福引券(以下本券)における緒注意
①本券は一枚から使用可能。
②本券の使用は一枚につき一回のみである。
③本券の使用によって発生した損害については神様興振局の責任の範囲外とする
以上。神様興振局』
と書かれていた。ここで何をするのか漸く理解した。景品が何か分からないが福引きすることだけは確かなようだ。
「福引き、ですか」
「そう、福引き。それも神々が力を合わせて創造した福引きだよ」
自慢するようにして暴露してくる先輩。胡散臭い文言がたっぷり詰まっていたがこれ以上問答しても仕方ないか。
そう思い始めたとところで背中にもにゅっとした感触がし、次いでとても聞き馴れた声が響いた。
「これ以上うちの大事な弟を誘惑しないでくれないかしら?」
鈴の鳴るような、といえるほどひどく澄んだ声。しかし、そんな聞いていて気持ちの良い筈の声なのに何故か凶悪なプレッシャーを感じる。ちらりと見ると、先輩も額に一筋汗を流していた。
……あの飄々とした先輩を追い詰めるなんて凄いな。
そんな風に呆けていたら今度は前からむにゅっとした感触がした。
デジャブかな? 何だかついさっき体験したばっかりな気がする。
分かっていながらもそう思ってしまう。そして下を見ると大正解。義妹が抱き付いていた。顔だけは先輩に向けていて、険しい表情をしている。義姉が百獣の王者だとすると、義妹はポメラニアンな感じ。可愛いとしか思えない。
「お兄ちゃんに近寄らないで」
ただ、義妹は先輩とは初めて会ったはず。なのになぜこの反応?
流石に義妹の反応に戸惑っていると、先輩はにこやかに、そうそれはもうとても、これ以上ないというくらいにこやかに微笑んだ。
「いやはや、とても愛されているね後輩君」
いきなり何を言うんだこの人は。愛されているって誰が誰に?
しかし、そんな思いとは裏腹に背後のプレッシャーがさらに増した。正直怖すぎる。だけど先輩はもう慣れたのか汗は引いていた。
おいおい、あんたさっきまでブルってたじゃないか。何で平気なんだよ。
僕が怯えているのをお構いなしに義姉が口を開いた。
「それ以上おかしなことは――」
「ちなみにこの場にいるということは同じ枕で寝てたってことだよ。
あのチケットはおかれた場所、今回は布団かベッドかだね、そこを範囲としてその上にいる人全てを対象にしていたからね。普通同じ床に就くとは思わないから、本当に仲が良いと思うよ」
だけど先輩は義姉さんの言葉に言葉を被せてきた。さらには義姉さんが止める間もなくペラペラと喋り続ける。そして、その内容は僕は気を一瞬飛ばしていた。
一緒? 義姉さんと義妹が? 寝てる?
混乱する僕と少し慌てた様子で威嚇する姉妹を愉しそうに見ていた先輩だったが、いきなり顔を背けた。別に怖くなったとかじゃなさそうで、何か聞いている素振りを見せていた。そして、あらぬ方向に向けて肩を竦めたかと思うと、僕に振り返ってこう言った。
「時間ないんだって。早く福引きをしてだってさ」
その言葉で何とか再起動した僕は疑問をそのまま口にする。
「どうやってですか? 大体どこに福引き用の器械があるんですか?」
「ん? 目の前にあるじゃないか。これがそうだよ」
ゴンゴンと壁を叩く。意味が分からず顔をしかめていると、先輩は顎をしゃくってとある方向を示唆した。僕や義姉さん、義妹の視線がそこに集まる。
「……何あれ」
そこには『チケット差し込み口』という文字と小さな穴があった。他には何もない。どうやって福引きをするんだろう? 疑問は湧いたが取り敢えず入れてみたら分かるかな。
軽い気持ちでその穴に近付いてチケットを入れる。すぐにブゥンと音がして中空に映像が投影された。何気に凄い技術だ。だけど今は内容のほうが大事だな。何々?
『抽選者:藤村洸
抽選回数:一回
当選率:現状維持 49500/50000
勇者 250/50000
魔王 249/50000
ダンジョンマスター 1/50000』
少な!! というか勇者とか魔王とかって何だよ……。
「おお、凄いね後輩君。ダンジョンマスターが出てるじゃないか」
僕の横から映像を覗き込んだ先輩が少し興奮したように言う。そこまで凄いことなのか? そもそも当たらない気がするんだけど。
「これ凄いんですか? 明らかに現状維持っぽいんですけど」
「うむ、確かに少しばかり確率が片寄っているね。この器械はチケット挿入者で結果と確率が変わるんだけど…………うん、ここまでくると珍しいね。
ちなみにダンジョンマスターが選択肢に入る確率は百万人に一人と言われているよ。凄いよね。
ま、何はともあれ時間もないことだしチャッチャと引こうか」
先輩は中空に浮かぶ映像の一部分を指差した。そこに注目すると『福引きスタート』と書かれていたボタンらしきものがあった。いぶかしみながらも押してみる。
ポチ
軽い音と共に押せた感触があった。確率が書かれていた画面に目を向けると抽選中と出ていた。
「ちょっと洸ちゃん、そんなの押してしまって良かったの? もしも万が一勇者とかになってしまったら……」
「お兄ちゃん、魔王とかになったらどうするの。今からでも遅くないよ。やめるって言おうよ」
二人が心配してくれているが、そんな低確率なものには当たらないと思っている。僕はこの手のものに対しては運が悪いんだから。そう言うと、二人は全く同時に首を振った。
「悪いからこそ変なものに当たるのよ」
義姉さんと義妹が口を揃えて否定した。が、時すでに遅し。「ビーー!」というビープ音が聞こえてきた。皆が画面に目を向ける。
『当選:ダンジョンマスター』
それだけが表示されていた。あれ?
「先輩、これどういう……」
「おーー、これまた珍しい。おめでとう。
これから君は異世界でダンジョンマスターとして生活することになったんだよ。
頑張ってきてね、僕もたまに顔を出すから。またねー」
ブンブン手を振る先輩。人の話を無視する素敵さはやっぱり先輩だった。
その先輩のむかつく姿を目にしたのを最後に僕の意識は急にブラックアウトした。