チーズパイ
家に帰ってきた達磨は結実香と一緒に結真からもらったチーズパイを食べていた。
「美味しいね!達磨!」
「そうだね」
もっとチーズの香りが強いのかと思っていたけれど、実際はそうでもなかった。
チーズパイを食べ終えた結実香は達磨の鞄の中を開けようとしているので、慌ててやめさせた。
「駄目だよ、勝手に触っちゃ」
「携帯電話を貸して」
「携帯?」
チーズパイをもらったお礼のメールを送るつもりかもしれない。
達磨が結実香に携帯電話を渡すと、熱心に画面と睨めっこしながら、携帯電話のボタンを打っている。
「終わった?結実香ちゃん」
「まだ。達磨は気にしないで!」
無茶を言うな。お前が使っているのは俺の携帯電話だ。
達磨が結実香を見ていると、結実香は携帯電話を耳に押し当てた。
「もしもし?結実香だよ」
「結実香ちゃん!誰に電話をしているの!?」
達磨が発信先を見てみると、そこは琉生の番号だった。
琉生自身も驚いていて、何やら騒がしかった。
「結実香ちゃん、ちょっと携帯電話を貸して」
「まだ何も言っていないの!」
結実香は文句を言っていたが、達磨は気にしなかった。
「もしもし?俺だけど・・・・・・」
「詐欺か?」
「馬鹿を言うな」
「いつから達磨の携帯電話が結実香ちゃんの携帯電話になったんだ?」
「それはこの子が貸すように頼んできたから。まさか琉生に連絡するとは思っていなかった・・・・・・」
達磨に携帯電話を取り上げられた結実香はひよこのぬいぐるみを抱えて、半泣き状態になっている。
深い溜息を零していると、琉生が怒っていた。
「達磨、人の耳元で溜息を吐くなよ」
「悪かったな」
「とにかく結実香ちゃんと話をさせろ」
「わかった。結実香ちゃん、はい」
達磨が携帯電話を渡すと、結実香はすぐに笑顔になった。
「琉生君!」
「結実香ちゃん、達磨にいじめられていない?」
「ときどきいじめる」
それを結実香の隣で聞いていた達磨が怒って、結実香の手をやんわりと噛みついたので、結実香は悲鳴を上げた。
「びっくりした!結実香ちゃん?」
「た、達磨に噛まれた!」
「犬かよ・・・・・・。達磨!結実香ちゃんをいじめるなよ」
「いじめていない。ただの躾」
結実香は部屋の端に逃げて、琉生に話しかけた。
「琉生君、いつ家に遊びに来る?」
「ん?えっと・・・・・・達磨が良ければ、火曜日に行きたいな」
「お願いするから、待っていて」
達磨に頼もうとすると、忙しいことを理由に断った。
「部活に入っていないのに?」
「結実香ちゃんを可愛がらなきゃいけないからね?」
それを聞いた結実香は達磨を怖がって、琉生に助けを求めた。
結局、達磨は火曜日に琉生を家に招待することになった。
「琉生君、プレゼントがあるから、楽しみにしていてね!」
「結実香ちゃんからのプレゼント?嬉しいな」
「とっても美味しいものだから。ね?達磨・・・・・・ああああああ!!」
結実香がチーズパイを琉生にあげようとしていたのに、達磨が食べてしまった。
琉生は結実香の悲鳴に驚きながら、何度も名前を呼んでいる。
「達磨が・・・・・・琉生君のチーズパイを食べちゃった・・・・・・」
「ごちそうさま」
「達磨の馬鹿!琉生君、ごめんなさい・・・・・・」
結実香の泣きそうな声を聞いた琉生は結実香に優しく声をかけた。
「結実香ちゃん、気持ちだけでもかなり嬉しいよ」
「気持ち?」
「そうだよ、結実香ちゃんが俺にチーズパイをプレゼントしようとしてくれた気持ち」
「私、達磨が食べなかったら、琉生君にあげるつもりだったの・・・・・・」
お茶を飲んでいる達磨を結実香は恨めしそうに見ていた。
「じゃあ、こうしよう?俺が次にそっちへ行くときに結実香ちゃんにプレゼントをあげるよ」
「プレゼント!?」
目を輝かせた結実香を見た達磨はまた携帯電話を取り上げた。
「結実香ちゃんに何を与える気だ?」
「出たな。成長できない高校生」
「誰がだ!」
達磨と結実香の接し方が全然違うことに達磨は怒っていた。
だけど、琉生はそれを軽く流していた。
「だって子どもっぽいことばっかりしてさ、あー、好きな子いじめ?」
「黙れ!」
ブチッと電話を切ってしまい、それから結実香が大騒ぎした。
ひよこのぬいぐるみに愚痴を言っているので、達磨はひよこを抱えている結実香ごとベッドに投げた。
「うわあああん!!ママ、達磨が!達磨が!」
「だから結実香ちゃんの母親じゃないってば!」
火曜日になるまで、結実香は達磨とほとんど会話をしなかった。
家に遊びに来た琉生に結実香がそのことを話すと、結実香を自分の膝の上に乗せた。
おい!結実香ちゃんが座るところはそこじゃない!
「大変だね、毎日こんなのを相手にしないといけなくて」
「そうなのよ、琉生君。こんなのを相手にしていると、疲れがすぐに溜まっていくの」
「俺のことをそんな言い方するなんて、立派になったものだね」
何を勘違いしたのか、結実香は嬉しそうに頬を緩ませている。
それを見て、琉生と達磨は苦笑いするしかなかった。
「立派?やった!」
「結実香ちゃん。いつまでもそのままの結実香ちゃんでいてね」
「うん!琉生君も!」
琉生に満面の笑みを向ける結実香を達磨は自分の方向に向かせたかった。
達磨が結実香に話しかけようとしたときに、琉生が鞄の中から何かを取り出した。
「はい!結実香ちゃん」
「わあ!」
琉生が結実香に渡したものは小さなサイズのチョコレートケーキとチーズケーキが入っている箱。
琉生がお土産用として、結実香に買ってきた。
「ありがとう!琉生君、大好き!!」
「おっと!よしよし」
琉生に抱きついた結実香の頭を琉生は優しく撫でていた。その一方で箱を開けようとしている達磨を目撃した結実香は達磨の手を叩いた。
「駄目なの!」
「どうしてさ?一人だと、絶対に食べ切れないでしょ?」
「達磨!琉生君にお礼を言いなさい!」
「ありがと」
そっけなくお礼を言う達磨を見て、結実香は琉生に謝った。
「本当にごめんね」
「いつものことだからいいって」
「本を見つけないといけないかな・・・・・・」
結実香は子どもの躾方法が書いてある本を見つけるつもりでいる。
そのことを聞かされた達磨は無言になり、琉生は達磨を見ながら大爆笑している。
「どうしたの?琉生君」
「くくっ、どうもしないよ。みんなで仲良く食べようか」
「はい!ほら、達磨!」
結実香はチーズケーキが入っている袋を開けて、達磨に食べさせようとした。
しかし、それでは達磨は口を開けないことを結実香は思い出した。
「あ!そっか!」
「何?結実香ちゃん」
「こうするんだった。達磨、あーん」
「あーん」
達磨があーんをしないと、食べないなんて、他の奴らが知ったら、どんな反応をするんだろう?
琉生が顔を引きつらせていると、結実香が琉生にチョコレートケーキを食べさせようとしたので、口を開けると、達磨が猛獣のようににらみつけてくる。
「琉生君、美味しい?」
「うん、美味いよ。結実香ちゃんにも食べさせてあげる。どっちがいい?」
「先にチーズケーキがいい!」
「ほら、あーん」
「あーん」
「どう?」
結実香は小さな口を大きく開けて、琉生にチーズケーキを入れてもらった。頬に手を添えたまま、笑顔を見せている。その笑顔につられるように琉生も笑った。琉生がいなかったら、達磨は結実香が幸せそうにチーズケーキを食べているところを写真として残しておくつもりだった。
だけど、これを持ってきたのは琉生だから、そんなことをすることはできない。
「じゃあ、次はこっち。チョコレートケーキ」
「食べたい!食べたい!」
「はいはい」
「あのさ、勝手に二人の世界を作らないでくれる?」
「達磨、お前な・・・・・・」
取り残された子どものように達磨は拗ねて横になっていた。結実香はそんな達磨に近づいた。
「達磨」
結実香が達磨を呼んでも、本人は結実香を見ない。結実香は両手を達磨の肩に乗せて、そのまま仰向けにした。結実香は目を閉じたままの達磨に覆い被さって、達磨の頬にキスをした。
「結実香!?」
「達磨、ごめんね」
結実香は達磨を放っておいてしまったことを謝罪した。
こんな小さな子にこの程度のことで頭を下げさせるなんて・・・・・・。
「いいよ、許してあげる」
「本当!?」
「達磨、顔が緩みまくっている。結実香ちゃんにキスをされたことがそんなに嬉しいのか?」
達磨は無言になって、口を手で隠した。完全に嬉しがっている証拠だ。
しかし、結実香はそれを否定の意味なのだと思っている。
「達磨、嫌だった?」
「嫌じゃない。むしろもう・・・・・・何でもない」
こいつもう一回、キスを要求しようとした。まだ顔が赤い・・・・・・。
「何見ているんだ?」
「達磨の普段見ることがほとんどない顔を・・・・・・」
「達磨、嫌じゃなかったら、もう一回キスをしよっか?」
「ああ、うん」
何を頷いているんだよ!
子どもに関心がなかった達磨はずいぶん変わった。
「琉生君、今日ね、結実香もご飯を作るの」
「本当に!?」
「結実香ちゃん、そんなこと聞いていない!」
「だって今話したのよ。達磨」
ちなみに今日作るものはおでん。おでんを食べたのは一年くらい前だったので、久しぶりだった。
「ママと一生懸命作るから、楽しみに待つこと!」
結実香は達磨にピースをした。
「はいはい」
「二回もいらないの!」
「はい・・・・・・」
達磨はだんだん結実香に頭が上がらなくなってきている。
「達磨、この前借りた本を返そうと持ってきたんだ。ありがとな」
「どうしてそれを早く出さないんだ?」
「結実香ちゃんに夢中になっていたら、すっかりそのことを忘れていてさ・・・・・・」
琉生が結実香を抱きしめようとしたときに、達磨は結実香の手を引っ張り、自分のところまで引き寄せた。
「お前、本当に変わったな」
「結真ちゃんにも言われた」
「はは、だろうな」
達磨は本当に変わった。結実香が家に来てから、表情がさらに豊かになった。
結実香の存在は達磨にとって、大きな存在だった。