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ハムスター

「達磨、起きなさい!」

「ん・・・・・・」

「いつまで寝るの?」

「んん・・・・・・」

「達磨!」


 結実香が両手で達磨の顔を挟んで、左右に揺らす。達磨が欠伸をしていると、小さな指が口の中に入ってきた。結実香が痛がらない程度に歯で噛むと、結実香は悲鳴を上げて、達磨の頭を叩いた。

 頭を撫でながら目を開けると、達磨のお腹の上に結実香が乗っていた。


「結実香ちゃん、邪魔だよ」

「そんなことない!」

「いや、本当に・・・・・・」

「その前に言うことがあるでしょ!」


 腕組みをしてふんぞり返る結実香に溜息を吐いてから、挨拶をすると、すぐに結実香は笑顔になって、挨拶をした。

 それから結実香をどかせようとするものの、本人は離れようとせず、必死に布団にしがみついている。


「朝から俺と喧嘩をしたいの?」

「違うもん」

「だったら、どうしてどいてくれないの?」

 

 結実香は目を閉じて唇の下を指で軽く叩いているーーキスの要求だった。

 柔らかそうな唇を見てから、達磨はそっと結実香の頬を撫でて、ベッドの下に落ちていた毛布を結実香に被せた。キスをしてくれるとばかり思っていた結実香はじたばたと暴れている。


「ぷはっ!何するのよ!」

「そういうことをするのは十年後」

「もうっ!」


 洗面所へ行って達磨が顔を洗っていると、結実香がタオルをいつでも渡すことができるようにスタンバイしていた。達磨が蛇口を捻ったときが合図で、タオルを差し出すと、達磨は受け取って顔を拭いた。

 台所には朝食に天ぷらや卵焼き、きゅうりの酢の物が置かれていた。コンロに置いてある鍋を見ると、牛すじ煮込みが入っていた。ご飯や牛すじ煮込みを結実香が入れていくと、達磨は一人先に朝食を食べようとしていたので、持っていた茶碗を取り上げた。


「ご飯くらい食べさせてよ」

「私の分も入れるから、ちょっとだけ待って」


 結実香が自分のご飯を入れようとしたときに、茶碗が炊飯器の中に入って取れなくなってしまった。

 涙目で見てくる結実香の視線に鬱陶しさを感じながら、結実香の代わりにご飯を入れて、本人に渡した。


「ありがとう!」

「どういたしまして。これからは気をつけてね?」

「はい!それでは手を合わせて」


 手を叩く音が耳に響く。達磨にも同じように結実香がさせると、大声で言った。


「いただきます!」

「いただきます」


 食事が終われば、結実香を連れてどこかへ出かける予定でいる。家にいたら結実香にずっと遊ぶようにせがまれることは目に見えている。それだったら、いろいろな場所へ連れて行き、そっちに集中させれば、少しは気が楽になるはずだ。

 達磨が箸を置いて結実香を見ると、ご飯粒を頬や口元につけたまま、ご飯を食べ進めていた。そのことを教えると、結実香は恥かしそうに俯いた。


「結実香ちゃん」

「おかわり?」

「違う。今日はどこかへ行きたいところはある?」

「行きたいところ?うーんと・・・・・・」


 行きたいところがたくさんあるのか、人差し指で口を隠しながら考えていた。


「決めた!」

「本当?どこ?」

「大きな白い建物でショッピング!」

「白い建物?」

「そうよ!」


 そんなところはあちこちにあるので、せめて名前を言ってほしかった。

 この辺りで買い物できる白い建物はいくつか頭に思い浮かぶ。


「どこ?」

「えっと、この県じゃなかったような・・・・・・」

「県外?まさか地方まで違っていたりしないよね?」

「うーん」


 他に特徴があることは上の階にレストラン街があることくらいだった。

 後でインターネットで検索しながら、結実香に確認してもらうことにした。


「達磨、ちゃんと噛んでいる?」

「ん?うん」

「嘘。数口しか噛んでいないじゃない?ちゃんとたくさん噛んで食べないと」

「次からそうするね。俺はもう完食しちゃったから」


 すると、そのときに達磨の携帯電話の着信音が鳴った。気になるのか、結実香はテーブルに身を乗り出している。

 結実香にちゃんと座るように注意を促しながら、ボタンを押した。


「もしもし」

「達磨、琉生だけど、今日は家にいるか?」

「暇だから・・・・・・」

「じゃあ、昼にお前の家に遊びに行ってもいいか?」

「ちょっと待っていて」


 携帯電話を手で塞ぎながら結実香に伝えると、結実香も琉生に会いたがっている。

 買い物へ行くのは明日になった。


「いいよ。結実香ちゃんもお前に会いたがっているから」

「本当か!?ちょっと話をさせろ!」

「今は食事中だ。じゃあ、後で」


 電話を切ると、必死に手を伸ばした状態で固まっている結実香を見て、達磨は笑いがこみ上げてきた。


「挨拶をしたかったのに・・・・・・」

「それは後でもできるから。数時間後にここに来るから」

「お菓子を用意しないとね」

「お菓子はいくつかあるから」

 

 朝食後に歯を磨いたり、普段着に着替えたり、部屋を軽く掃除している間にチャイムが鳴った。

 結実香が本人かどうか、電話で確認してから、玄関まで走って行った。


「よう!結実香ちゃん!」

「こんにちは!琉生君!結真ちゃん!」


 何だって!?琉生だけじゃなかったのか!?

 どうして結真ちゃんまで家に来ているんだ!?

 部屋の掃除を終えた達磨が玄関へ向かうと、そこには確かに琉生と結真がいて、結実香を抱っこしていた。


「お前、結真ちゃんも来ることを聞いていなかったぞ?」

「途中で宇津見と会ったんだよ」

「私も結実香ちゃんに会いたかったからね」

「俺には?」

「学校でいつも会っているでしょ?」


 何も言えなくなった達磨は三人を自分の部屋に入れて、ジュースと数種類のお菓子を用意した。

 ドアノブを回そうとしたときに自動ドアのようにゆっくりと開いた。中にいた結実香が開けてくれたから。


「ドアを押さえているね」

「ありがと」

「結実香ちゃん、よく気がついたね。お姉ちゃんは気がつかなかった」

「達磨の匂いがしたから」


 お前は犬なのかと、すぐにつっこむと、琉生が笑っていた。

 結実香はチョコビスケットに手を伸ばして、自分が食べるのだと思いきや、それを琉生の口元まで運ぶ。


「お!食べさせてくれるの?」

「はい、どうぞ!」


 それを見ていた達磨は結実香が持っていたチョコビスケットを奪い取り、自分の口の中へ放り込んだ。


「ああ!!せっかく結実香ちゃんがくれようとしていたのに・・・・・・」

「それくらい自分で食べろ」

「達磨!」


 琉生に食べさせようとしていたのに、それを達磨に邪魔をされたので、結実香は怒っていた。


「何さ?」

「悪いことをしたのだから、謝りなさい!」

「ごめんね。これでいい?」

「良くない!もういい、こうしてもらう」


 結実香がチョコビスケットを一個達磨に渡した。

 罰を与えるわけではないのか?


「くれるの?ありがとう」

「琉生君に食べさせなさい!」

「結実香ちゃん、それはちょっと・・・・・・」


 琉生がやんわりと断ると、今度はスナックを達磨に渡そうとした。違うお菓子にすれば、琉生は受け取ってくれると結実香は思った。

 おい、そういう意味じゃない。お菓子じゃなくて、人が問題だ。


「結実香ちゃんが食べさせてくれるなら、喜んで食べるよ」


 琉生が言ったことに対し、達磨は大袈裟に反応した。それをしっかりと見ていた結真は笑いを堪えていた。


「琉生君、あーん」

「あーん!?」


 せっかく結実香が琉生にスナックを食べさせようとしたのに、また達磨が結実香の邪魔をした。

 何度も邪魔をするので、結実香は泣きそうになっていた。結真は結実香の手を引き、自分の胸に寄せて、結実香の頭を撫でた。


「達磨、あんたね・・・・・・」

「小学生が二人いるみたいだな」

「家に来て正解だったのかな?二人きりにさせると何をするか・・・・・・」


 結実香が結真にしがみついているので、達磨は離れさせるために優しく結実香の背中を叩いた。

 すると、結実香がゆっくりと振り返り、何も言わずに達磨の顔をじっと見つめている。


「お菓子をあげるから、こっちへおいで」

「達磨が結実香ちゃんに食べさせたいだけだろう?」

「餌づけだよ」


 隣にいる男が何か余計なことを言っているが、何も聞いていないふりをした。

 結実香は考えてから、達磨のところへ歩み寄る。素直に自分のところへ来たので、達磨は満足していた。


「達磨が食べさせてくれるの?」

「うん。どれがいい?」

「そうねー」


 結実香はお菓子の中からチョコレートを選び、達磨はそれを結実香の口の中に入れた。


「どう?」

「美味しい!」

「良かったね」


 結実香が達磨の膝の上に乗っても、達磨が怒ることなく、結実香にお菓子を入れ続けているので、結実香の頬がパンパンに膨れている。


「あはは、結実香ちゃんがハムスターになっている」

「結真ちゃん、どうして携帯で写真を撮ろうとしているのかな?」

「俺も撮ろう!」

「琉生・・・・・・」


 結真と同じように琉生まで携帯電話を用意しようとしていた。

 結実香は笑顔でお菓子を頬張っていて、達磨にも食べさせている。


「達磨、邪魔だ」

「そうだよ」


 人の家に遊びに来ているのに、二人は邪魔者扱いする。結実香はピースをしたりして、モデルごっこに夢中になっている。

 ハムスターの写真を撮って、何が面白いのだか。


「私も今夜写真を撮る!」

「結実香ちゃんは何を撮るんだ?」

 

 琉生が質問して、結実香は達磨を見ながら返事をした。


「達磨の寝顔!」

「そんなの撮らなくていいから!」

「私にも写真をくれる?」

「あげる!」

「やらない!」


 達磨がどんなにやめるように言っても、結実香はやる気だった。

 こうなったら、結実香を先に寝かせて、結実香より早起きするしかなかった。


「睡眠薬でも盛ろうかな・・・・・・」

「おい!?」


 聞こえるか聞こえないかの声で呟いたのに、琉生と結真はぎょっとしながら、達磨を見た。

 結実香だけが聞こえていないので、お菓子を笑顔で食べていた。


「俺、達磨の将来が心配になってきた」

「私もよ」


 犯罪に手を染めることだけはやらないでほしいと、琉生と結真は心から願った。


「二人は俺の保護者にでもなったつもり?」

「なるか・・・・・・」

「琉生君、大丈夫だよ。達磨は私が面倒を見るから」

 

 嘘を吐くな。いつも面倒を見ているのはお前ではない。

 今朝もご飯粒を顔につけたままだっただろう。


「いい子ね、結実香ちゃんは」

「本当に」

「うん・・・・・・」


 結真に褒められて、結実香は照れながら笑っている。

 琉生が結実香の頭を撫でようとしたので、達磨は琉生の手を払い落としたので、喧嘩になった。

 それをやめさせたのは結実香で、結実香に怒られながら、二人は反省をした。


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