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23.ある少年の困惑

ご無沙汰しております。今回は、ちょっと番外編です。

 本田さとるは、困惑していた。

 自分の部屋にいたはずだったのに。気がついたら、見知らぬ部屋にいた。


 目の前にはアジア人らしき顔立ちの人が何人かと、無国籍な黒髪美男金髪美女と、あとこの周りにふよふよ浮いている小さな子は何だろう…。おれ中2じゃなくて高2なんだけど、と 現実逃避しているさとるに、アジア系らしき人たちの中心にいた20代半ばと思われるどこかで見たような男性が、声を掛けてきた。


「え〜と、君言葉わかる?」


「あ、日本語…!」


 おおっと人々がどよめいた。何この反応とさとるが引いていると、男性の隣にいたこれまた20代とおぼしき女性が目を輝かせてまくしたてる。


「日本人!?日本人よね!名前は?出身は?」


「あ、あの本田さとるです。東京出身で…」


「きゃあ〜!聡、聡、東京の子よ!!」


「はいはい、わかったから少し落ち着こうか、みさと」


 飛び上がって喜ぶみさとをなだめて、聡はさとるに向ってにっこり微笑んだ。


「ようこそ、神の森へ」


 さとるは、「はぁ」と答えるのがやっとだった。




 さとるは、聡からこの世界の説明を受けた。ここは地球とは違う世界で、聡とみさとが日本人であること。どう見てもさとると同い年にしか見えないシンが2人の子どもで5人の子持ちであること。一緒にいたのが、精霊王達で、ふよふよ浮いているのが生まれたての精霊であること。

 何もかもがぶっ飛びすぎて、「そうですか」としか言いようがない。


「さとる君、落ち着いてるよね!」


 と落ち着きなく神の母みさとが話しかけてくる。何百年振りかの日本人に、テンション上がりまくりらしい。


「母さま、落ち着きましょうね。あ、さとる君、君はちゃんと帰すから安心して。あとちょっとだけ、母さまと父さまにつきあってくれるかな?」


「帰れるんなら、いいですよ」


 この世界の神だというシンが、にこやかに頼むので、そう答えた。


「彼は、帰れるんだな」


 ホッとしたように聡がつぶやく。


「うん。ここで使命があるんじゃなくて本当に偶然来ちゃったから」


 そう会話する2人とさとるを見ていた金髪美女キンシャが初めて口を開いた。


「…さとるさんは、お父さまとシン様に似ていますね」


「え?そりゃ、同じ日本人だし」


「いえ、そうではなくて、血のつながりを感じる類似です」


 そう言われて、3人は顔を見合わせた。親子というか兄弟に見える聡とシン。その横にあって、さとるは全く違和感ない。


「あ、そっか〜!聡さんどっかで見たような気がしたの、自分に似てたんだぁ」


「きゃあ〜!もしかして親戚とか?!」


 みさとが3人を見比べながら、はしゃいでいる。


「どうかなぁ?父さま、心当たりある?」


「本田、本田…」


 聡は腕を組んで、何百年振りかの日本の古い記憶を掘り出した。やがて、ハッと目を見開くとさとるを見つめた。


「…本田…彩乃って…知ってる?」


「…おばあちゃん、です」


聡がふっと懐かしそうに微笑んだ。


「そっかぁ、姉さんおばあちゃんになったんだね」


「え、でも、おばあちゃんの弟って一人しか、勝おじさんしかいないはずで…」


 あわてるさとるに、みさとが慈しむような微笑を返した。


「ええ、ここに残ることにした時に、あたし達がそう望んだの。最初からいなかったことにしてって」


「―そうなんだ…」


 急に重たくなってきた話に落ち着きを失ったさとるがソワソワしていると、シンが興味津々にさとるに質問してくる。


「ねぇねぇ、お父さまのお姉さんってどんな人?今、いくつ?」


「あ、えーと、去年交通事故で亡くなったんだけど、それまでは、すんごい元気だった。最期のことばが、あ~楽しかった、だったんだよね」


「相変わらずだなぁ、姉さん」


 聡が、あははと明るく笑う。ほかには?とみさとやシンにうながされて、いくつか祖母の逸話を披露していて、さとるは、ふと思いついたことがあった。


「そういえば…、おばあちゃん、何回かぼくのこと『さとし』って呼び間違えたことがあって…。ぼけたのかって笑ったことあったけど、もしかして…」


 さとるの言葉に、聡は懐かしそうに目を細め微笑んだ。


「ありがとう、さとる君。姉さんの話聞けてうれしかったよ」


 そう言う聡に寄り添うみさとを見て、さとるは在りし日の祖父と祖母の姿を思い出した。何十年も共に過ごしてきた夫婦の穏やかな姿。それを見て、さとるは初めて、聡とみさとは見たままの年齢ではないんだということが、ストンと現実として受け入れられた。



「じゃあ、これから元の世界に送るね~。同じ時間に送るから、心配ないよ~」


 と言う、神様シンの軽~いお言葉に送られて、さとるは自分の部屋へと戻ってきたのだった。



 壁の時計を見れば、お昼をちょっとすぎた頃。昼寝でもしようと部屋に来たことを思い出し、何とはなしにカレンダーを見る。夏休みも残りわずかだ。

 さとるは、ケータイと財布を手に部屋を後にした。


「母さん、ちょっとお墓まいり行ってくるわ」


「え~?!どうした風の吹き回しなの?お盆にも行かなかったくせに」


「ん~、ちょっとね」


 母の小言を背に、そそくさと家を出る。霊園まで小一時間の道のりは、まだ残暑が厳しかった。


 霊園に着いて、花も線香もないことに気付き、あわてて事務所で購入する。線香に火をつけ、途中で水も調達し、ちょっと迷いながらも無事に墓の前についた。おぼろな記憶を頼りに、花と線香を供え、墓に水をかけた。

 ようやくお墓に手をあわせると、さとるは祖母に語りかけた。


「おばあちゃん、久しぶり。おばあちゃんの弟に会ったよ。聡さんっていうんだね。きれいな嫁さんと子供達にかこまれて幸せそうだったよ…」


 風がやさしく吹いていった。










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