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21.新婚さん、いらっしゃい

 ここは神の森から、結構離れたとある街。王都ほどではないけれど、それなりに栄えていて、人の出入りも結構ある、そんな街。


 そんな街の、ある家で、聡とみさとは今暮らしていた。何でそうなったかと言うと、みさとのこぼした一言からである。


「あ~あ、ついにかわいかったあの子も結婚しちゃったかぁ。ラブラブ新婚生活よね、いいな~」


「お母さまとお父さまの新婚生活は、どうだったのですか?」


 神族に迎えられてまだ日の浅い嫁の1人が、何の気なしにみさとに問いかける。


「あたし達の新婚生活、かぁ。結婚より先にシンの子育てが始まってたからねぇ、そんな甘いものなかったわ~」


「え!?」


 まずいこと言っちゃったと、引きつる嫁に、みさとは笑って見せた。


「気にしないでいいわ。そのために私達は呼ばれたんだもの」


「は、はぁ」


「でも、そうねぇ。ちょっと経験してみたかったかも」


 みさとと別れた嫁が、その足でシンとリンに報告に行ったのは言うまでもない。




「新婚生活…?」


 シンとリンにいきなり話をふられて聡は首をひねった。結婚してから数百年経つというのに、今さら何の話だというのだ。


「そうです。父さまと母さまの新婚生活です」


「またなんでそんな話を急に」


 聡は真剣な顔で迫ってくる息子と娘に若干引きながらも疑問を投げ掛けた。


「かあさまが経験したかったと言っていたそうです」


「へえ」


「ですから!ぜひともお二人だけの新婚生活をなさってくださいね!」


みさとによく似た笑顔でリンが迫ってくる。その横には自分によく似たシンの顔もある。笑顔なのに目が笑っていない2人に聡はうなずくしかなかった。



 そんなわけで、笑顔の神族みんなと精霊王達に送り出されて、聡とみさとはここで何百年目かの新婚生活を送ることになった。

 最初は今さらと思っていたが、周りから新婚夫婦として扱われているうちに、二人もその気になってきた。一月もしないうちに、結婚を機に引っ越して新居を構えた新婚さんの出来上がり。


「じゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい」


 軽く頬にキスを落として、聡は仕事に出て行った。いくらなんでも無職はまずいだろうと、神官長経由で手を回し、この街の神殿に職が用意された。歴史書の編纂部門の補佐なのだが、日本での教育経験及び会社勤めの経験がよみがえり、それは重宝されている。聡本人も楽しそうなので、みさとはほっとしていた。


 さて、聡が勤めに出た後のみさとは、朝食の片付け、部屋の掃除、洗濯と一通りの家事をこなしてから、神の森と連絡をとった。定時連絡である。この連絡がなくても、きっとみんなは2人のことを見守っているのだろうとは思うが、みさとは気持ち的にちゃんと連絡をしたかったのだ。


「おはようございます、お母さま」


 キンシャの美しい顔が普段は隠してある小型テレビに映る。もちろんシン制作・設置である。誰が出るかは、日替わりだ。


「おはよう、変わったことはない?」


「はい、ひ~ちゃんが恋に落ちたようです」


「まあ!相手は?」


 とまあ、連絡と言っても雑談をしばらくして、みさとは通信を切った。立ち上がったその顔はニコニコだ。昼食を食べ、夕飯の買い物に出てからも、ニコニコは続いた。


「おや、新婚さん!ずい分ご機嫌だねぇ」


「あはは、そう?あ、これちょうだい」


「若奥さん、いいの入ってるよ!見て行って」


「わ~、生きがいいわね~。どうやって食べたら一番おいしい?」


「そりゃ塩焼きだねぇ!」


「う~ん、じゃぁそれ2つ!」


「毎度!」


「ほれ、旦那さんにどうだい?」


「また今度ねぇ~」


 顔なじみが出来た市場で楽しく掛け合い、買い物を済ませると、みさとは楽しそうに家路についた。



 夕方の仕事終わりの鐘が鳴る。シンとしていた聡の職場に、ざわめきが戻った。


「さ~て、帰るか~」


「はい、お疲れ様でした」


「トシさんもね。いいなあ、新婚さんは」


「そうそう、帰りを喜んでくれるのは今のうちだけだよ。うちなんて今じゃ『あら、帰ってきたの』だぜ」


 同僚の言葉にどっと沸いた職場を後にして、聡は笑いをこらえながら家を目指す。誰よりも結婚生活が長い聡にみんなが当たり前のようにアドバイスをしてくるのだ。でもそれは決してイヤではなく、むしろ心が暖かくなる。


(新婚生活もいいものだな)


 出迎えたみさとの笑顔を見ながら、聡はそう思うのだった。






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