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そして、少女は選択した。

 私はその時、シュバルツと共に星空を見上げていた。

 シュバルツと再会して、旅をするなかでもう何十年も経過していた。私は前世の記憶を夢として見るだけで正確に覚えているわけではないけれど、大きな私がこの世界に落ちてきて、小さな私として生きて、そして今の私が居るまでの間でもう一世紀以上が経過していた。

 一世紀――――100年以上も異世界で受け入れられないままさ迷うだなんて長すぎると思った。

 大きな私と小さな私はハイエルフなんて種族ではなくて、ただの人間だった。人間の一生は100年もないものだから。

 大きな私は16歳まで『地球』と呼ばれる異世界で生きた。

 小さな私は50年以上『落ち人』としてこの世界で生きた。

 そして今の私はハイエルフとして何十年もこの世界をさまよっている。

 魔法も使えない、この世界で数えるだけしか居ないハイエルフな私は生きていくのも大変だった。本当に小さい私のようにまだ数の多い種族だったらよかったのかもしれない。ハイエルフの証である耳のせいもあって色々苦労してきた。

 生まれて、幽閉されて生きたハイエルフの国の噂も時折入ってくる。

 お母様もお父様も、お兄様も、お姉様も、そしてあった事のない妹も元気に暮らしているようだ。

 ただお父様も次期王のお兄様は仲が悪いらしい。お母様とお兄様は私を可愛がってくれていた。

 だからかもしれない、そう思うと胸が痛んだ。

 私という存在が家族を駄目にした。

 そんな事を望んでいたわけでもないのに、私の存在がそうしてしまった。

 考えただけで気分が下がった。

 いつまで続くのだろう。世界に受け入れられない日々は。

 逃げない事を決めた。

 逃げたいという気持ちはある。でも大きな私は逃げる事を選んで死んでもまた繰り返された。

 魂は循環する。記憶も少なからず受け継がれる。

 私はこの連鎖から抜け出せない。根本の、世界に受け入れられない事実を私はどうにかしなければならないのだ。

 どれだけ時間がかかるかわからない事にふーっと息を吐く。

 「シュバルツ、次は―――」

 そして次に向かう場所についてシュバルツと話していれば、突然何かが落ちてきた。

 文字通り、目の前に落ちてきた。地面に激突して凄い音を立てていた。

 「え?」

 「あ?」

 私もシュバルツも唖然としてそちらを見つめる。

 地面に何かが激突して出来たような前世で言うアニメとかでありそうな人の形の穴が二つも開いている。普通に考えて現実でそんな事になったら死ぬと思うけれども…。そんな事を思いながらも私はおそるおそるそこを覗き込もうとする。

 そんな中で、ぽつりとシュバルツが言った。

 「……精霊に似たような嫌な感じがする」

 『悪魔』であるシュバルツにとって精霊の存在は毒のようなものだ。

 その精霊と同じような感覚をシュバルツに与える存在が降ってきた? 何だか思わず嫌な予感がしてしまう。

 「……無視していこっか。突然降ってくるとかあやしいし」

 「俺も此処に居るの気分悪いからそっちのがいい」

 シュバルツもそう頷いたので私とシュバルツはそのまま荷物を片づけてその場を後にしようした。

 でもそれは、

 「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 「無視すんな!」

 という二つの声に止められてしまった。

 声のする方へと視線を向ければそこには二つの人影が居た。

 その二人を見て私は思わず感嘆のため息を吐いてしまった。だってその二人は今まで私が見たことがないほどに美しくて、神秘的だった。

 夜空の下に立っている二つの影は何処か光を帯びていた。

 …先ほど地面に落ちたせいで所々に土がついているのが残念だけれども。

 「はじめまして哀れな少女と異端の悪魔よ。私は慈愛の女神、リアラーゼ」

 そういった女性は驚くほど整った顔立ちをしている。腰まで伸びた黄金に煌く髪は美しく、空色の瞳の瞳には強い意志がともっている。

 「………俺は守護神、イシュ」

 女性とは正反対に不機嫌そうにそっぽむく男性は、中性的な優しげな印象とは正反対の性格をしているようだ。

 そんな二人に挨拶をされながらも私は嫌な予感がびんびんしてならなかった。

 「警戒しなくていいわ。私は貴方を救いに来たの」

 そういってほほえむ慈愛の女神と名乗るその人に、もちろん私は警戒を無くす事なんてできなかった。















 それから私はこれからどうなるんだろうとか、今更神様が何の用なんだろうとかそんな風に思いながらも、私は神と名乗る二人の話を聞いた。

 不安でいっぱいの心で二人を見る。

 美しく微笑む女性が、私の方に視線を向けている。

 その笑みが綺麗すぎて、逆に不気味な感覚になる。

 私は神なんて信じていない。幾らこの女性が慈愛の女神と名乗ろうが一世紀近くもこの世界で、誰にも救われずに放浪してきた私からすれば信じられるものではなかったのだ。

 目の前の神と呼ばれる存在は言った。

 「辛かったでしょう? ごめんなさいね。この子が結界の管理を怠ったばかりに…。私が救ってあげますから…」

 ぞわりと寒気がした。

 逆にこの好意に満ちた声と言葉と態度が恐ろしい。何か嫌な予感がビンビンして、どうしようもなく目の前の存在が怖かった。

 本当に今更なのだ。

 どうして大きな私がこの世界に落ちてきた時、家に帰してくれなかったんだろう。

 どうして小さな私が妹と命の奪い合いをしなければならなかった時、両方救えるようにしてくれなかったんだろう。

 どうして今の私が生まれた時、精霊に愛されない私に気付いてくれなかったんだろう。

 今更、目の前にこうやって現れるのが信じられなかった。

 信じていいかもわからなかった。こんな、胡散臭い存在。

 救ってくれなかった事を怨むのはただのやつあたりだって心の奥底で本当はわかってるんだ。それでも私は目の前の存在を怨まずにいられなくて。

 この一世紀にも及ぶ長い異世界での生活の中で、私はすっかり捻くれている。綺麗なままの心では決して居られなかった。

 「……救うって、何をしてくれるんですか」

 自分の口から洩れた声が何処までも震えていて、自分で驚いた。

 「貴方をこの世界に受けいられる存在として生まれ変わらせるわ」

 女性は慈愛に満ちた笑みでそのような事を言うのだ。

 私と言う存在を生まれ変わらせるのだと。一瞬、頭が真っ白になった。生まれ変わらせるという事は、今の私を一度殺すという事だと気付いたから。

 それでは、お母様とお兄様に会いに行けない。私はもう精霊に愛されてるんだって、堂々とあの人達の元に帰る事を夢見てた。無理かもしれないって心の何処かで思ってた希望だった。

 「……一度、死ぬって事?」

 「ええ。今の貴方はこの世界に侵入した異物となってるの。だから一度作り替えなければ受け入れられるようにはできないの」

 私と女性が会話を交わしている間、シュバルツも守護神を名乗った男性もただ黙っていた。

 シュバルツは神という存在が周りに二人も居るせいか、何処か苦しそうに私の目に映った。それを見てさっさと話を聞き終わらなきゃと思う。

 小さい私の時代からずっと一緒に居てくれた大切な悪魔。

 家族よりも長い間、私の傍に居てくれた悪魔。種族は違っても、血がつながってなくてもシュバルツは私にとってもう一人の家族のような存在だった。

 「…私が生まれ変わるとして、シュバルツはどうなりますか」

 大切な悪魔の事を口にした時、守護神は嫌そうな顔をしてシュバルツを見た。女神の顔から一瞬笑みが消えた。

 ああ、神にとって私の大切なシュバルツは嫌な存在なのだ。それを思うと嫌な予感がして、苦しかった。

 「貴方はこの世界に受け入れられる人族として生まれ変わるの。だからこの悪魔の事は忘れなさい。この悪魔は悪魔としておかしいから、後々こちらで対処しますから」

 女神は笑みを浮かべたままそんな恐ろしい事を言った。

 私にずっと傍に居てくれた悪魔の事を忘れろという。

 悪魔としておかしいから対処するという。

 何が慈愛の女神だと思う。そんな事優しい人が言う事じゃない。

 私の気持ちを理解できた人が一人でもいたらそれは酷いと女神に言うだろう。結局女神にとって私の一世紀はどうとでもない事なのだろう。たった一世紀さまよっていただけとでも、救ってあげようとしているだのそんな事を思っているのかもしれない。

 自分を慈愛の女神などと名乗って、人族に優しい自分に酔っているのかもしれない。ああ、何て自分勝手なんだろう。やっぱり、神様なんて信用できるものじゃない。

 「……女神様、私が必死に自分の現状をどうにかしたかったのはお母様達にこの世界に受け入れられた私として帰りたかったからなんです。それに私は長い間一緒に居てくれたシュバルツと離れたくないのです」

 この世界の魂は循環してる。

 だからお母様達に現世で会えなかったとしてももしかしたら来世で出会えるかもしれない。

 前世の記憶が時折夢として現れたりもするこの世界だから、確率は低いけどそれはありえるかもしれない。

 だけど、シュバルツは違う。

 循環する枠組みの中に悪魔は含まれていない。

 もし私が女神の提案を受け入れれば私は二度とシュバルツに会えないだろう。来世の私は前世を思い出しもせずにシュバルツの事も他の悪魔と同じ存在だと嫌悪するかもしれない。

 それに…、この女神はシュバルツを対処するといった。それはシュバルツをシュバルツではないようにする事なのではないのか。今のシュバルツが消えるなんて嫌なのだ。大切だから。悪魔としてはおかしいだろうとも、私はそのおかしい悪魔に救われてきたのだから。

 女神は私の言葉に驚いたような顔をする。

 「貴方の望みはなるべく叶えてあげる予定だけど…、悪魔は所詮悪魔でしかないのよ。忘れなさい。そうすれば貴方は新しい貴方としてもう辛い思いをすることがないのよ」

 ああ、胸糞悪い。

 シュバルツを忘れろなんてそんな事言わないでほしい。

 そんな女神の言葉にはもちろん、私は頷けない。

 「…私は辛かったから、世界に受け入れられたかった。だけど忘れたくないんです。シュバルツが大切だから。ずっと傍に居てくれた私にとっての家族の一人だから。離れたくない。もう二度とあえないなんてそんなのは嫌なんです。

 だから―――…」

 私は女神を見て、にっこりと笑っていった。

 「私は受け入れられなくていいです。それなら落ち人として辛くても、シュバルツと一緒に生きていきますから」

 受け入れられたいのも本心。だけどシュバルツを忘れて生きていくなんて嫌だった。

 ずっと一緒に居てくれた。悪魔らしくない悪魔。私の大切な家族。

 それに引き離されればシュバルツは、女神の言う対処をされて何をされるものかわかったものじゃない。

 そんなの嫌だった。

 私の返答にシュバルツを含めた面々が驚いたような顔をする。

 真っ先に声をあげたのはシュバルツだった。

 「アイザ…、何を言って…! 折角アイザが幸せに――」

 「シュバルツ、私の幸せはシュバルツが居てからこそなんだ。だから、いいの」

 女神は私を救ってあげると言った。だけど女神の提案は決して私の救いではない。それなら、もういい。私は世界に受け入れられない存在としてずっと生きていく。今度は死なないように。『勇者』に殺されないように。シュバルツと一緒に生きる。一人じゃないなら、私は生きていける。

 「アイザ……」

 私の言葉に、シュバルツは驚いて、だけど仕方ないなぁって顔をした。

 私はそんなシュバルツに「行こう」と言った。女神の用事がそれだけなら、もう聞かなくていい。私は女神と守護神の方へ向いた。

 そして、笑った。

 「私は貴方の救いなんていりません。女神様。ですから、さようなら」

 いいんだ。世界に受け入れられなくても。もういい。私にはずっと一緒に居たシュバルツが居ない未来なんて考えられないから。

 私が受け入れられなくても、シュバルツが『悪魔』としておかしくても、それでも私たちは共に生きていける。

 だから私はそのままシュバルツと一緒にぽかんとしている女神と守護神を置いてその場を後にするのであった。





 ―――――そして、少女は選択する。

 (少女は悪魔とは離れたくなかった。だから、もういいと思った。大切な家族にも等しい人を失いたくなかったから。異端でもいい。おかしくてもいい。それでも少女は悪魔と共に生きていくから)




 

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