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そして、少女はまた出会う。

 「……はぁ」

 森の中で私は息を吐いた。エルフの国から逃げ出して早数年が経つ。ハイエルフの証である耳の尖がりが、私の旅にとっての最大の障害な気がする。

 ハイエルフは王族の証だ。珍しいっていう事もあって夢で見た森を探してさまよう中で、奴隷にされそうになったことも沢山ある。

 どうにか逃げた。死に物狂いで、必死に。なるべく、耳を隠して。

 私には魔法が使えない。だから道具を使って、卑怯と思われるような手を使ってでも戦わなきゃいけない。

 人を傷つけることへの躊躇いはなくなった。

 ためらっていれば死ぬか、捕えられる。私は死にたくない。死にたくないなら綺麗事だけで生きていけなどしないってよくわかる。

 私は軟禁されていたとしても、あの国で外から守られていたのだ。

 王族の姫だったからこそ、無条件に食べ物を与えられ、生きてこられた。外の世界では身分差などは激しいものだ。

 下層の人々は今日のご飯を食べるのも大変だという人までいるのだ。

 それを私は知って、世界は理不尽だなとただ思った。私のように上級階級で生まれても、「精霊に愛されない」って事実のせいでこんな目にあう人だっている。

 生まれながらの下層の人々は、子供時代から生活していくのだって大変だろう。生まれる場所は選べない。

 私の精霊に愛されるか愛されないかってのも、努力次第でどうにでもなったならよかったのに。近づく努力をしても精霊は私を嫌う。

 理不尽な世界。

 だけど、理不尽だろうと私は生きていくと決めた。魔法が使えないから、私は色々大変だ。戦う術はこの腰にかかげている剣しかない。この剣は…、たまたま捨てられてて使えそうだからと手に取った。

 剣が使える事はわかっていた。

 夢の中の小さな私が、普通の剣とは違う真っ黒な剣を使って戦っていたから。

 でもあの真っ黒な剣は何なんだろう。挿絵で見た『落ち人』のつかっていた剣に似ていたけれど、もしかして小さな私は『落ち人』だったのだろうか。そう思うようになった。

 でも夢の中の小さな私は、『落ち人』だろうと楽しそうにあの男の人と暮らしていた。

 そういえば、あの人は黒髪黒目で、この世界では勇者以外ではいないとされている外見だった。私同様年を取った様子もなく、謎な人だ。

 小さな私は死ぬ時に、その人に何かをいっていた。あれは何をいっていたのだろう。最期に小さな私は何かを願うように声を発していた。

 知りたい。過去の自分のことを。一番の知る手掛かりは夢の中の男の人に会うことだ。

 だけど、会えるかどうかわからない。夢の中で年をとっていないから会える可能性もあるかもしれない。だけれども、確証はない。

 小さな私が暮らしていた森も特定できない。なんせ、森というものは多く存在する。もしかしたら大陸そのものが違う可能性だって拭えない。

 空を見上げれば、無数の星が光り輝いていた。

 そんな星を見ていると、何だか『この世界はあの世界と違って環境破壊されていない』なんていう思いが自然と浮かんできて驚いた。

 自分の事がよくわからない。どうして自然とそんなことを思ったのかも理解できない。

 でも、確かに私は星が見えない環境というのを知っているらしかった。

 これも、小さな私と大きな私の記憶だろうか。

 「……この世界とか思ってるってことは、私はもしかしたら違う世界にいたのかな」

 夢を見たり、何かを思いだしたら毎回考察する。一々それをお母様のくれたメモ帳にメモして、前世の私についての情報をかき集める。

 メモ帳には箇条書きでこのように書かれている。





 小さな私。

 不老。

 剣で刺されて死亡。

 黒髪黒目の男と同居。

 『落ち人』の持っているような剣で戦っていた。

 住んでた場所は森の中。

 小さな私は日記を書いていた。



 大きな私。

 常に絶望していた。

 太った男に犯されていた。

 最後は自殺。

 何か見慣れない服をきていた。

 奴隷だったらしい。

 見たことのない場所で楽しそうに笑っていた。





 ああ、情報が少ない。もっと知りたいのに。夢で見る情報は曖昧で、うろ覚えで、よく思い出せない。

 夢で見た黒髪黒目の男のことを思い出す。名前も思い出せない。それでもどこか懐かしくて、温かい気持ちになるのは、きっと小さな私が彼を大切に思っていたからだ。

 知りたい事が沢山あって、仕方ない。何故自分が世界に受け入れられないなんて前世で私が思っていたのか。お母様と離れなければならなかった理由も。知りたい事が多い。

 森の中でぎゅっと拳を握る。

 私は一人ぼっちだ。今は。だけれども、お母様やお兄様は私を決して嫌ってはいなかった。エルフの王族なのに精霊に愛されない私を愛してくれた。家族として。そう、それだけで私は絶望を感じないで済むのだ。

 お母様が、私に生きてと願った。死んでほしくはないから、生きてって。

 思いだしたら求めたくなる。会いたくない。戻ってきてはいけないとそう言われたのに。

 「はぁ…」

 大きく息を吐く。

 ハイエルフな私には時間だけはある。寿命も長い。だからその間必死にしなないように生きていく。前世の手がかりを探しながら。

 だけど、いつになったら答えが見つかるかわからない状況っていうのは、何ともまぁ不安定な気持ちを思い起こす。

 精霊に愛されない私。前世でもそうだったらしい私。私って何なんだろうかってよく考える。

 でも考えても仕方がないかと私はそのまま瞳を閉じて、その日は眠った。






 その日も夢を見た。

 「―――ル、ツ」

 それは、小さな私が死んだ時の夢。

 「――見、………け、て。やく……そ、だ…よ」

 小さな私が願った事。約束した事。あの男の人と。

 途切れ途切れで聞きとりにくい。剣で刺されて、崩れ落ちた小さな私の最期の言葉。



 ―――見つけて。約束だよ。





 私はその日、その約束の言葉を思い出した。そこで、目が冷めた。

 起きた時は、まだ薄暗い早朝だった。

 「…そうだ。私は…」

 うろ覚えで、きちんとした内容は思いだせない。それでも、前世で約束したんだ。あの名前も思い出せない人と。

 見つけてと、小さな私が言ったんだ。

 死に際に、私を見つけてって。

 この世界で死んだものはまた転生する。だからこそ、多分転生した私を見つけてと小さな私は言ったのだろう。

 となると…、私は探されてるのだろうか。あの男の人は約束を覚えているのだろうか。探してくれているのだろうか、私を。

 なんとなくで、実際はわからないけど、探してくれている気がした。

 探してくれてる人がいる。約束を守ってくれている人がいる。ただ、そう思っただけでもっと頑張れる気がした。

 約束をしたのだ。だから、会わなきゃって益々思った。人間かどうかもわからない、あの男の人に。

 





 *****************


 それからはただ必死だった。あの人を探すために街にもフードを深く被って少し出てみたり、色々とめぐる。生きていくのも大変だけど、見つけたかったし、会いたかった。

 約束をしたあの人に。

 約束を思いだしてから、もっと会いたいって思いが溢れだした。

 そうやって、色々な街を巡っていく中で――――、

 「待って!!」

 私はその人らしきフードを深く被った人を見つけて、思わず声をかけた。

 怪訝そうにこちらを振り向いたその人の目は黒い。フードから出た髪は黒い。懐かしい、夢の中で何度でも見た彼が居た。

 名前がそれでも、思い出せない。何と言えばいいかわからない。だって、私は彼の名前を知らなければ、今は前世とは違うのだ。

 戸惑って何て続ければいいかわからない私に、彼は何かを感じたのか、人気のない場所へと連れ出した。

 そして、彼は私の深く被られた耳を隠したフードをとった。

 そこから現れたハイエルフ特有の尖がった耳。

 それを見た瞬間、男は私を思いっきり抱きしめた。そして、悲痛そうに声をあげた。

 「……やっと見つけた。メアリ」

 メアリと呼ばれるのが懐かしかった。正確には思い出せてなんていないけれども、それでもどうしようもなく懐かしかった。そして、その言葉に探してくれていたんだと思うと嬉しくなって涙が出た。



 世界は残酷で、精霊に私は受け入れられないけれど、それでも前世の約束を守って探してくれていた人がいた。









 それから、沢山のお話をした。私が正確に前世の記憶を思い出してない事を言えば、彼――シュバルツはしょうがないといって前世の私とシュバルツの事を教えてくれた。

 やっぱり想像していた通り、小さな私は『落ち人』だったらしい。そして目の前で何処までも人間染みているシュバルツが悪魔だとしって驚いた。

 シュバルツ自身も小さな私と会ってからこうなったらしく、悪魔の中でこんな風なのはシュバルツだけらしい。

 それで私の事なんだけれども…、

 「異世界人?」

 シュバルツは大きな私の事を異世界からこの世界に落ちてきた人間なのだと言った。

 二人で森の中で、並んで腰かけて話し込む。

 「そう。メアリは元々異世界人で、言葉も通じなくてそのまま死んでいったっていってたけど」

 シュバルツはそう告げていた。

 この世界でそういう存在はありえないとされているのに、ありえてしまった例外が大きい私だったらしい。少なくとも私も自身がそういう存在だったと聞かさなければ信じなかっただろう。

 だって神がそんな間違いするはずない、とこの世界ではされているのだ。神様は絶対だと。でもその神様の見落としで間違って落ちてきたのが私らしい。

 そして私が精霊に愛されない理由もシュバルツが教えてくれた。最も前世の小さな私が言っていた事らしいけど。

 異世界から勝手に迷い込んだ存在だから、この世界に受け入れられていないらしい。望んできたわけでもないのに言語も通じず、精霊にも愛されなかった大きな私。

 そして、絶望して自ら死をとって、だけれどもまたこの世界に生まれた。

 小さな私は生まれて、そしてうまくいかなくて、絶望して悪魔と契約をしたらしい。

 それからずっと、長い間シュバルツと夢で見る森の中でのんびり暮らしていたらしい。でもそんな中で勇者が召喚された。

 大きな私と同じ世界から来て、世界に受け入れられている存在。そして、大きな私の実の妹だったらしい。

 「メアリは殺せないって、妹を。そう言って妹に刺されて死んだんだ」

 「……じゃあ、『カナ=イヌヅカ』って勇者が妹だったんだ」

 そう呟いて、だから本でその名前を見た時、どうしようもないほど懐かしかったのかとただ実感する。

 それで、小さな私の書いていた日記はその勇者が手にしたと言われた。異世界の、”日本語”という文字で書かれた日記。

 きっと勇者はその意味が理解できただろう。なら、殺した後に勇者は小さな私が姉だったと知ったのだろうか。

 異世界に帰ったらしい勇者は何を思ったのだろう。大きな私と小さな私の記憶が曖昧な私には、勇者が妹って実感はないけどただそう思った。

 それで、話終わった後、シュバルツは私を見て問いかけた。

 「それで、契約はどうする?」

 「……してたら勇者が召喚された時狙われて、してなかったら私が死ぬおそれがあるわね」

 またそのうち勇者という存在が召喚されるだろう。そうすれば私は殺される。

 でも契約していなければ、ただの剣でしか戦えない私は死ぬ可能性がある。私には魔法が使えないから。

 どうせ、私はハイエルフで寿命だけは長いから契約をしなくても事足りる。

 「…あのね、シュバルツ。私、今アイザとしてこの世界に生まれて、前世二回分の記憶なんて曖昧だけど、こんな精霊に愛されないおかしな私の事愛してくれたお母様とお兄様が居たんだ」

 シュバルツの隣に座ったまま、私はただ告げる。

 「優しくて、私に生きててほしいって。お母様はそういって、私を国から出したんだ。お母様とお父様が不仲になったのも私が居たからだった。家族がバラバラになったのも、お父様やお姉様が私を嫌って、お母様とお兄様が私を愛してくれたからだった」

 幼いころはお父様やお姉様だって優しかった。私が精霊に愛されない事に周りに色々言われてたみたいだけど、でも、時は人を変える。

 お父様も、お姉様も私を疎みだした。

 最も精霊に愛されるはずのハイエルフ。それなのに、精霊に嫌われ、魔力も持っていない私。異常な存在だったからこそ、受け入れられる人なんて少ない。

 「だから国から出た時、絶対に生きようと思った。そして、何で私がこんな状況なのか知ろうと思った。そして、どうにかしたいと思ってた。

 理由を知って、どうしようもないって思いもあるけれどさ。私、抗いたいんだ。どうにか、世界に受け入れられる方法を見つけたんだ」

 小さな私は絶望して、諦めて、悪魔とのんびり暮らしていたらしい。でも私は、抗いたい。だって聞く限り大きな私は何も悪くないし、本当に理不尽だとも思った。それに、お母様に胸を張って会いに行きたい。私が世界に受け入れられれば、もう一度お母様やお兄様に会いに行けるんだ。

 そう思って、私はシュバルツを真っすぐに見ていった。

 「そうか」

 「うん。だから、一番手っ取り早いのは神様に会う事だよね。でも『落ち人』だったら会いに行けないと思う」

 「そうだな」

 「それで、悪魔にとってきついような精霊達の溢れた場所にも手がかり探すためにいく方がいいと思ってる。私は精霊に嫌われているし、シュバルツは悪魔だから行きにくいけどさ…。それでも、私はもう一度お母様やお兄様に会いに行きたい」

 神様ってのは、出てくる事はまずない。伝承やお告げはあっても、姿を現すなんてない。それでも、世界に受け入れられるためには神様って存在に会いに行かなきゃいけない。

 神様なんて、何も救ってくれないから、救ってくれるなんて信じていないけれど。

 「…だから、契約はしない。『落ち人』にはならない」

 きっと『落ち人』は狂っているって認識されているから、話なんて聞いてもらえない。

 「……だからさ。シュバルツが、無理して付き合う必要はないから。探してもらえて、また会えて、覚えてなくても懐かしくて、一緒にいてほしいっても思うけど。シュバルツは他の契約者探すでも、隠れて過ごすでもやっていいから」

 そう、世界に受け入れたいって思うのも、神様に会いに行こうと思うのも、抗おうとしているのも結局私だけの事情で、悪魔であるシュバルツには関係のない事なのだ。

 一緒に来てほしいって気持ちは確かにあるけれども、シュバルツは自由にしていいんだよって思いを込めて私は告げた。

 真っすぐにシュバルツを見た私に、シュバルツは呆れたような目を私に向けて声を発する。

 「…ついていくに決まってるだろ。やっと会えたんだ。そもそも、俺はメアリ……アイザに死んでほしくない」

 その言葉に、嬉しくて涙が出た。

 好きにしていいって言っておきながらも、一人は不安で怖かったから。世界にとって異端な私を全て知って、傍にいてくれる存在がいるっていうだけで胸が温かい気持ちにいっぱいになったから。

 「ありがとう…。シュバルツ。本当に、ありがとう」

 一緒にいてくれるっていってくれてありがとう。

 神様に会うなんて非現実な事をやろうとしているのに付き合うっていってくれてありがとう。

 そういって泣いた私の頭を、シュバルツは撫でてくれた。








 ―――――ありがとうって、気持ちが心一杯に広がった。

 ――――一人じゃない、そう思うだけで頑張れる気がした。

 ――――――私は、諦めたりなんてしない。

 ―――――――抗うって決めたんだ。もう一度お母様とお兄様に会いに行こうって。







 ―――――そして、少女はまた出会う。

 (絶対に、諦めない。だから、シュバルツと一緒に頑張ろうってそう思った。胸を張って、お母様の娘として、お兄様の妹として、会いに行きたいんだ)








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