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彼女の眼鏡を外したら

作者: 大橋零人

「今日、花火大会があるんですよ」

 数学の問題集を淀みなく解きながら少女が呟く。

「へえ、そうなんだ」

 解答欄を見つめたまま生返事をすると、彼女が眼鏡越しの上目遣いで俺を睨みつけた。

 小さい頃は俺をお兄ちゃんと呼んでいた幼なじみであっても、やはり女の子の部屋というのは落ち着かない。この独特の甘い匂いはどこから漂ってくるんだろう。

 彼女――浅見智香と俺の家は昔から家族ぐるみの交流をしていて、大学生の俺は夏休みの間だけ高校受験を控えている彼女の家庭教師を頼まれている。

 だが、智香の学力は全国模試でも上位に名を連ねるほど優秀であり、正直言って俺に教えられることなんて何もなかった。受験勉強の気晴らしに付き合っているようなものだ。

 彼女が今でも俺を兄のように慕ってくれているのは嬉しい。

 しかし、俺はもう智香を妹のようには可愛がれない。 



「夏の風物詩ですね」

 今日の勉強が終わり、玄関の外まで見送りに来てくれた彼女が青と白の空を見上げながら呟く。

「ん?」

「花火大会」

「ああ、そうだね」

 一緒に行こうと誘ったら、智香は頷くだろうか。

 いや、ダメだ。これ以上親密になるべきじゃない。こうしてセミロングの黒髪やフレアスカートが風に揺れるだけで、俺の心も揺さぶられているんだから。

 でも、聡明な彼女は既にこの想いを見透かしているんじゃないか?

 瞳の中の真実を覗こうとするが、陽光を反射した眼鏡が邪魔をする。

 思わずそれを両手で取り去ると、「あっ」という吐息のような声を洩らしながら少女が大きく目を見開いた。

「ご、ごめんッ」

 自分の行為に驚き、慌てて眼鏡を返そうとした俺の手が止まる。


 少し顎を上げた智香。

 その瞳は何かを待つように閉じていた。


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― 新着の感想 ―
[一言]  ふたりの間の形にならない雰囲気が、ふっと定まるその瞬間を切り取ったような、そんなほんわりとする話でありました。  こういうストレートなものに弱かったりします。 「可愛がれない」事についての…
[一言] とても素敵な話だな、と思いました。 眼鏡が、彼女の心の壁を映しているのかなとか、色々な解釈ができてたのしい作品でした。
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