七夕に還る
七夕の夜だけ現れる、「白い少年」を知っている?
名前を呼ばれて返事をした人は、一年以内に死ぬ。
翌年の七夕、神社の裏山で見つかる――。
そんな怪談が、この町には昔から伝わっていた。
だから祭りの日、神社の裏へ近づく人はいない。
遠くで花火が鳴る。
その音に紛れるように、鈴がひとつ鳴った。
「……今年も会えたね」
白い少年へ駆け寄ったのは、一人の少女だけだった。
「待ってたよ、蒼」
周囲がざわめく。
終わった。
あの子は連れていかれる。
誰もがそう思い、息を止めた。
少年はしばらく少女を見つめ、小さく微笑んだ。
「僕は誰も連れていけないよ」
透けた指先が夜風に揺れる。
「連れていかれたのは……僕のほうだから」
十五歳の夏。
僕は病室で、七夕を迎える前に息を引き取った。
結衣と見るはずだった花火も、夏祭りも、「来年も一緒に来よう」という約束も果たせなかった。
神様がくれた奇跡は、たった一つ。
七夕の夜だけ、結衣に会えること。
それから毎年、僕はこの神社へ帰ってきた。
僕の姿が見えるのは結衣だけ。
ほかの人には、得体の知れない「白い少年」にしか見えない。
「ねぇ」
結衣が空を見上げる。
「今日は花火、きれいだね」
その横顔は笑っているのに、瞳だけが少し赤かった。
僕はその理由を知っていた。
今年で終わる。
そんなこと、神様に教えられなくても。
「……最後なんだ」
そう言うと、結衣は静かにうなずいた。
そして、一枚の短冊を差し出す。
『ありがとう。また生きてね。今度は私の思い出の中で。』
胸の奥で、何かがほどけた。
ああ。
僕はもう、結衣の中で生きていける。
ドン――。
夜空いっぱいに花火が咲いた。
あの日、一緒に見るはずだった花火。
光に包まれながら、僕の輪郭は少しずつ夜空へ溶けていく。
「来年は、もう来なくていいから」
結衣は涙をぬぐい、笑った。
「私はちゃんと幸せになる」
その笑顔を見た瞬間、ようやくわかった。
この町に残っていたのは未練じゃない。
君の笑顔を、もう一度見るためだったんだ。
「……さようなら、結衣」
風が吹く。
笹の葉がさらさらと揺れた。
翌年の七夕。
神社から「白い少年」の噂は、いつしか消えていた。
それでも結衣は毎年、同じ場所へ短冊を結ぶ。
『ありがとう。』
風が吹く。
どこからか、小さな鈴の音が聞こえた気がした。




