第2話 仮婚約の儀式と銀兎の共闘
湖畔の隠し桟橋から、悠真とリルカはそれぞれの王国へ戻った。
夕陽が完全に沈んだ夜の闇が、二人の心を重く覆う。
神託の言葉が、頭の中で何度も反芻される。
「黒き湖の王子と白き兎の王女が結ばれねば、水と銀鋼の両王国は渇きと崩壊に飲み込まれる……」
悠真は黒い城の玉座室で、父王と陰陽大師に報告した。
大師は湖面の鏡占いを再び行い、同じ神託を確かめた。
「これは……避けられぬ運命じゃ。銀鋼の王国にも同じ予知が届いているはず」
父王は眉を寄せ、ため息をついた。
「敵国との婚約など、聞いたこともない。だが、湖の水位が日ごとに低下しているのは事実。渇きが来る前に、仮婚約を結ぶしかない」
翌朝、境界の交易場——砂丘と湖の境目に位置する中立地帯で、両王国の使者が集まった。
水の王国側は陰陽師の呪符が張られた天幕を張り、銀鋼の王国側はミスリル製の盾を並べて警戒態勢を取っていた。
悠真は中央の玉座に座り、胸元の勾玉を握りしめていた。
向かいに、リルカが白兎族の戦士たちに囲まれて立つ。
兎耳がピンと張り、赤い瞳が悠真を射抜く。
「本当に……これでいいのか?」
リルカの声は低く、震えていた。
彼女の父王——銀鋼の王は、砂丘の風に髪をなびかせながら頷いた。
「予知を無視すれば、ミスリル鉱脈が枯渇する兆しが出ている。仮婚約で様子を見るしかない」
儀式が始まった。
陰陽大師が湖水をくみ上げ、呪符を浮かべて唱える。
「神々の鎖よ、二つの王国を繋げ。渇きと崩壊を払い、結びの力を与えよ」
悠真とリルカは互いに近づき、手を重ねた。
勾玉が共鳴し、光の鎖が再び現れる。
鎖は二人の指に淡く巻きつき、仮の婚約指輪のように輝いた。
周囲の使者たちが息を飲む中、リルカが小さく呟いた。
「……熱い」
「俺も……だ」
二人は視線を交わし、すぐに逸らした。
儀式は無事に終わり、両国は一時休戦を宣言した。
だが、仮婚約の条件として、二人は「共同クエスト」を課せられた。
境界の魔物を退治し、予知の真偽を確かめるための試練だ。
———
中立地帯の奥、砂丘と湖の狭間にある「渇きの谷」。
ここは古の呪いが残る場所で、砂嵐と水の幻影が混ざり、魔物が跋扈する。
悠真とリルカは、二人きりで谷に入った。
悠真は陰陽の呪符を手に、リルカはミスリル剣を構える。
「気をつけろ。俺の詠唱が遅いから、割り込み攻撃に弱い」
「ふん、知ってるわ。だからこそ、貴様の陰陽術が憎らしいのよ」
二人は進む。
突然、砂から巨大な棘殻の魔蟹——棘殻の王蟹に似た魔物が現れた。
殻はミスリル並みに硬く、爪が風を切って襲いかかる。
「——来る!」
リルカの兎耳がピクンと反応。
超速の兎跳で跳躍し、銀閃を放つ。
魔蟹の爪を一閃で斬り落とすが、殻が硬すぎて深手を与えられない。
「くっ……耐久が高すぎる!」
「任せろ!」
悠真が呪符を広げ、詠唱を始める。
「陰陽の理、祓いの光よ——」
詠唱時間は約五秒。
その間、魔蟹の第二波攻撃が迫る。
だが、リルカが再び動いた。
素早い割り込みで魔蟹の隙を突き、剣で動きを封じる。
「今よ!」
悠真の呪符が輝き、祓いの光が魔蟹を包む。
殻が溶け、内部が露わになる。
リルカが仕留めの突きを入れ、魔蟹は砂に沈んだ。
息を切らしながら、二人は互いに視線を交わした。
「……悪くない連携ね」
「君の速さがなければ、俺の術は発動できない。ありがとう」
リルカの頬が赤らむ。
兎耳が少し垂れ下がる——それは、彼女が照れているサインだった。
戦いの後、二人は谷の奥で休憩を取った。
悠真はしじみ抽出液の瓶を差し出す。
「飲め。疲労回復にいい」
リルカは受け取り、一口飲む。
「……この味……濃厚で、磯の香りがする。体が温かくなるわ」
「湖底の恵みだ。君たちの砂根の守護根みたいに、根強い活力が出る」
リルカは砂袋から、薄紫の根菜——砂根の守護根を取り出した。
「これを食べてみろ。持久力が上がるわ」
悠真はかじってみる。
ピリッとした辛味が体を駆け巡り、活力が湧き上がる。
「すごい……これで俺の詠唱が少し速くなるかも」
二人は笑い合い、名産を交換する。
仮婚約の儀式が、ただの強制じゃなく、少しずつ本物の絆を生み始めていた。
だが、谷の奥から新たな影が迫る。
予知の試練は、まだ終わっていない——。
(続く)




