第玖拾弐話 「変わらない事実」
テーブルにはテレビのリモコンが置いてあった。その右隣にはエアコンのリモコンが鎮座していた。
置き方はどうでも良い訳ではない。向き、位置、すべてにおいてきっちりしていないといけないのだ。まるで月極駐車場の駐車枠に駐めるかのように。
これは、彼女が決めたことだ。目に見えないリモコンの駐車枠がテーブルの上に描かれているのだ。
彼女がきっちりしているのはこれだけではない。
この部屋にあるものすべてにおいて、駐車枠が決まっている。棚やソファー、テーブルなどの大きな家具から、食器や花瓶、旅行先で買った置物に至るまで、場所、向き、すべてが彼女の指定した駐車枠に駐めないといけないのだ。
私がズボラ過ぎるせいなのもあるが、彼女と過ごしたこの数年、私は息が詰まりそうだった。だが、考えてもみて欲しい。駐車枠に少しでも斜めに駐めれば、管理者である彼女がすっ飛んできて、懇々と説教されるのだ。息が詰まらない方がどうかしていると思うが、これは私の間違いだろうか。
もちろん、整理整頓はとても良いことだ。
5Sと言って、整理・整頓・清掃・清潔・躾を私も会社で散々叩き込まれた。だから、その大切さは身に染みて分かっている。だが、家に帰ってきた時ぐらい、あの杓子定規な5Sから解放されたいという気持ちもある。
何も散らかしたいと言っている訳ではない、置き場所を決めるなと言っている訳でもない。何がどこにあるか分からないような生活は、一緒に住む以上決めるべきだというのも分かる。だが、もう少し、余裕を持った生活をしたいのだ。
少しぐらい斜めになったって、少しぐらい位置がズレたって、大きな問題にはならないだろう。
だが、彼女は違った。駐車枠にきっちりと向きも角度も揃っていないと気が済まないのだ。私は勝手に駐車場ハラスメントと呼んで最初は笑い飛ばしていたが、日に日にエスカレートしていく彼女の小言に、私は遂に耐えきれなくなった。
私は最後通牒を彼女に渡した。
「もう少し、気楽に過ごさないか」と。
だが、帰ってきた返事は、「出来ない」だった。
私は、その答えに別段驚きもしなかった。
彼女が変われるはずもないからだ。そう、私が変われないのと同じように。
だから、彼女に用意していたものを渡した。離婚届である。




