第漆拾玖話 「孤独を癒す空」
彼女はアパートのベランダに出て空を見上げていた。都会の夜空に星なんか見えるはずもなく、そこには街の明かりに照らされた、夜の帳が降りているだけだった。
今日高校時代のクラスメートが結婚したという話を人伝に聞いた。友人関係でもなかった彼女にとって、その結婚が彼女の心を揺さぶるようなこともなく、淡々と受け入れた。
彼女にとっては、それがただの日常、お目出度いことでも、忌み嫌う出来事でもなく、淡々と過ぎていく日常の一コマに過ぎなかった。言うなれば、初詣に行って、花見して、墓参りしたら、紅葉狩り行って、クリスマスが来たら、また初詣に行く。そんな年中行事のサイクルに組み込まれた、当たり前の出来事のような価値観でしかなかった。
高校時代のクラスメートは殆どが結婚したと聞く。残っているのは彼女と、優等生だった学級委員長ぐらいだと、風の噂では聞いた。
だからと言って、それを悲観するつもりも、自慢するつもりもない。独りは独り、ただそれだけである。
そんな彼女にも、孤独を感じることはある。
仕事をミスして、お局様にイヤミをたらたら言われた時、男に振られて泣きたくなった時、映画を見て感動したのに話し相手がいない時、そしてなにより、自分の記念日である誕生日に祝ってくれる人が傍にいない時である。
そんな時は、誰かに癒やして貰いたいとは思う。
だが、それは無い物強請りであり、孤独とは上手く付き合ってこそ、大人の女性の魅力なのである。彼女はそう信じ、こうして、ベランダに出ては地べたにしゃがみ、色んな空を眺めては、独りウイスキーを傾けるのである。
星のない夜空の時もあれば、夕陽に染まった夕焼け空の時もあれば、梅雨時のどんよりとした雨模様の時もあれば、からっと晴れ渡った雲一つない青空の時もある。
そんな空たちを眺めながら、ウイスキー片手に彼女は自分の孤独と向き合っていた。
もちろん彼女は分かっていた。空やウイスキーが孤独を癒やしてくれることはない。孤独を癒やすのは、自分の心だけである。それは当然だろう。空やウイスキーが何をしてくれるというのだ。空はそこにあり、ウイスキーはここにある。ただそれだけだ。孤独を癒やそうとする心に燃料をくべてくれたとしても、癒やしてくれることは決してない。
だからこそ、彼女は安心して、空とウイスキーに心を預けられるのだ。
最近、少し冷えてきた。ベランダでウイスキーを傾けるには少々辛い季節になってきた。それでも、彼女は少し着込んで、カイロを貼り、ウイスキーをお湯割りにして、この寒空を見上げた。
「今日も、見守ってくれてありがとうね。私の孤独に乾杯。」
彼女は夜空に向かってグラスを持ち上げた。




