第伍話 「心の進路」
彼女の前に現れた彼は、どうやら進路に悩んでいるようだった。
自分の将来に対する不安を抱え、まるで、これまでの経験から来る手枷足枷に縛られているような表情をしていた。
「私は家族から見捨てられました。家族は私の将来に何の興味も無かったようで、私が何者になろうと知ったことではなく、私を自分たちの思い通りの奴隷にすることだけに執着していました。私はどうすれば良かったのでしょうか。」
彼は小さな身体を小刻みに震わせながら、絞り出すような声で話をした。
彼女は職業柄、こんな相談を山程受けてきた。
もちろん、前向きな相談もあるが、そのほとんどがこうした後ろ向きの、過去をどうにか出来なかったかという話になるのだ。
彼女から言わせれば、過去なんて変えようがないし、変わりようがない。変わらなければいけないのは、過去ではなく、これからの自分であるんだということを、散々、繰り返し説いてきたのだが、この手の輩はいつまで経ってもいなくならない。
心の病と言っても良いだろう。
しかし、彼女は医者でも何でも無い。
その病気を彼女は治すことが出来ない。
出来ることは、未来に目を向けさせて、その病を緩和することだけだ。
彼女は目の前にある水晶玉に手を翳した。
そこに見える景色は、彼というものがどんな経験を積んできたか、そして、それを活かす進路はどんなものかであった。
彼女はその凄惨な彼の過去をじっくりと見て、判断するしかなかった。
「あなたは、確かに凄惨な生涯を過ごしてきましたね。ですが、次の生涯が凄惨でないという保証はありません。あなたが素晴らしい生涯にしたいのであれば、どんな環境の下でも、それを克服する精神力が必要です。」
そう言うと彼女は、そばに置いてあった杖を取り、長い長い呪文を唱えた。
小さな羽が生えたその心の精霊は、頭を垂れて、神妙な面持ちで聞いていた。
彼女が呪文を唱え終わり「レドヤヨロココ」と最後に唱えると、精霊の身体は光に包まれ、羽ばたくように飛び立っていった。




