第卅壱話 「月明かりの約束」
目の前に咲くこの小さな花は、夜にだけ咲く花である。
夜を彩るこの花は、赤、青、黄の三色だけで、その美しさを誇る。
だが、彼女は交配を進め、橙や水色、桃色などといった異色の花を作り出した。
誰にも作り出せなかったこれらの色は、たちまちのうちに話題となった。
そして、名もなきこの花は、やがてこう名付けられた。月光草と。
月光草の栽培はかなり難しく、温度管理、水遣り、そして何よりも光の調整が一番の難点だ。光を当て過ぎてもダメだし、当てなさ過ぎてもダメなのだ。月光草の調子を見極めながら、当てる時間、光の量、そしてなによりも光の質を調整しなければならないのだ。
だが、彼女は事細かに観察記録を付けて、研究に研究を重ね、その結果、様々な色を出すことに成功したのだ。
彼女はこの様々な色をした月光草を販売することで、富を得た。
その富は、再び彼女の研究費用へと消えていったが、それでも、彼女は研究する手を止めなかった。
彼女は追求していたのだ。この月光草の究極の色である白を。
それは月の綺麗な夜、まるで花嫁衣装のように無垢で、純白で、なにものにも染められていない、たった一輪だけそこに咲いていた。
彼女の見たものは、夢か幻か、はたまた幻覚なのか。それは彼女自身も分からない。
だが、脳裏に焼き付いたその一輪の白い月光草は、その日から彼女の追い求める目標となり、夢となり、希望となり、ゴールとなったのだ。
しかし、月光草に誓った彼女の夢は、形にはならなかった。
人々は言った「月光草では白なんか出せない」と。
そしてこうも言った「そんな無謀な挑戦は止めるべきだ」と。
皆、親切心からの忠告であり、諫言であった。
それもそのはず。白い月光草に近づければ近づける程、取れる種子が劇的に減り、費用対効果が極限に落ちていき、花卉園の経営が立ち行かなくなっていくからだ。
それでも彼女の誓いは堅かった。折れそうな心を何度も奮い立たせ、夢にまで見たあの白を追い求め、試行錯誤を繰り返した。
それにもかかわらず、白は出てこなかった。
あれから何十年が経っただろうか。
彼女は夜の花卉園でとうとう発見したのだ。白い月光草を。彼女の旅立ちと共に。




