第廿玖話 「記憶の扉」
ここには無数の扉がある。
私はこの扉一つ一つを開けては閉じ、開けては閉じを繰り返してきた。
それは、生きるためでもあり、死へと向かう通過儀式でもあった。
この扉自体は何の変哲もないドアノブが付いた、ただの扉だ
しかし、この扉を開けなければ、次の扉が開かないし、この扉を閉めなければ、次の扉を閉められない。
私は覚えている。
この扉に秘められた意味を。
この扉に込められた過去を。
だが、それは、果たして本当に、意味であり、過去であり、私が覚えているものが正しい記憶なのだろうか。
それは、誰にも分からない。
なぜなら、この扉はそこには存在しないのだから。
では、なぜ扉がそこにあるのだろうか。
いや、あるように見えているのだろうか。
それは、私がこのクスリを服用したからである。
青いクスリと赤いクスリを提示され、私は赤いクスリを選んだ。
この赤いクスリが解錠鍵だったのだ。
私が開けたのは私の過去と向き合うための、時間と、空間と、そして私自身だった。
私は何を開けてしまったのだろう。
私は後悔した。あの時青いクスリを選んでいれば、こんな思いをしなくても済んだ。
この苦しみを味わうことなく、平穏に暮らすことが出来ていた筈だったのだ。
私が開けたのは、記憶を宿した扉ではない。
私が開けたのは、私自身の陰鬱とした人生そのものだったのかも知れない。
私が開けたのは、私が見ることを拒んできた私自身だったのかも知れない。
私の見ているこの世界は、ただ扉が並んでいるだけの世界。
いや、扉が並んでいるように見える世界。
これは虚構であり、幻覚であり、存在しない世界なのだ。
私は人生を振り返っている。そこには後悔しかなかった。
なぜなら赤いクスリを飲んでしまったのだから。




