第廿壱話 「忘れられた記憶」
かつて、ここには100人以上の人々が住んでいた。
私もその中にあって、貧しいながらも、楽しい生活を営んでいた。
人々は、川で魚を採り、山で山菜や木の実を集め、猫の額のような田畑で、食うに困らない程度の米や野菜を手作りしていた。
鹿や猪、熊が出ると、村人総出で鉄砲を持って狩りをし、その日は村を挙げてのご馳走となった。
村祭りの日には、若い連中が好きな者同士くっつき、翌年には赤ん坊の声が村中に響き渡った。子供たちは私たちの宝だったし、大きく育てるのが大変だったから、私たちみんなで面倒を見たものだった。
お上が将軍から政府と名乗るようになってから、若者たちは出稼ぎと称して街へ行くようになり、私たちを置いて遠く離れ、帰ってこない者もいた。それでも、私たちはまだまだ元気で、活気を失うことなく、この土地を守っていた。
遠くで戦争があると、若者は戦地へと赴き、皆帰ってこなかったが、それでも女子たちが、一生懸命この地を守り、命を繋いできた。ててなし子が増えたことも、時代だったのだろうが、この地を守るためには仕方のない選択であったのかも知れない。
そんな苦しい時代を生き抜いた私たちは、国が豊かになると共に、様々な文明の機器を手に入れた。
最初は冷蔵庫、洗濯機、テレビだった。それまでの、川で食材を冷やし、洗濯をして、ラジオを聞いていた時代は、あっという間に過去のものとなった。
だが、経済社会に組み込まれた私たちは、貨幣経済という足枷を嵌められた。
街へ出て現金収入を得るしか、この文明の利器を使うことは出来なかったのだ。
私たちは努力した。街で売るものを作って販売し、出稼ぎに出ては、そのお金で文明を享受した。
しかし、そんな努力も、時代は容赦なく潰しにかかってきた。
次に現れた自動車、空調、カラーテレビ、更に、薪で焚く風呂や、煮炊きする釜はなくなり、すべてガスへと変わったのだ。そして、極めつきは、夜な夜な煌々と明かりが灯るようになった、電気である。
文明を享受するために、私たちは必死に働いた。しかし、その努力も虚しく、人々は一人、また一人とこの地を離れていった。
私は今、限界集落と呼ばれている。ただ、滅びの時を待つだけの存在である。
まばゆく光り輝いていた過去の記憶に縋りながらも、忘れ去られようとしていた。




