第拾弐話 「太陽に手が届くなら」
男はいつものように神に祈りを捧げた。
神は処刑された時の姿を信者に晒していて、まるで信じないものを駆逐せよと説いているようでもあった。
神が説くその信仰は、まさに排他主義であり、絶対神であり、唯一神であるこの神だけが存在を赦されると、信者たちは信じていた。
男もそれを妄信的に信じている人間の一人で、唯一無二の信仰であり、他の宗教は取るに足らない野蛮な信仰だと信じて止まなかった。信じる者は救われるが、信じない者は必滅とまで宣う。
それが、この男の信仰であった。
男には夢があった。それは幼い頃見た、「光の御座へ近づくが良し」という神の啓示である。男は神の許へと馳せ参じることをずっと夢見ていたのだ。
しかし、あれから数十年、馳せることは叶わずとも、参じることだけでも叶えようと、男はあらゆる手段を講じて学んできたのだ。〔光の御座に近づく〕という意味を。
もちろん、男自身も簡単に実現出来るとは信じていない。だが、死を迎えた時に、神にお目にかかれるよう、素行に注意し、神の怒りを買わないよう努力はしていた。品行方正を絵に描いたような人物として、また信仰熱心な人物として、村では評判の人物でもあったのだ。
男は生きるために必要な分だけの作物を作り、生活に必要なものは身の丈に合ったものだけを欲し、欲張らず、質素倹約に努め、信仰を心の支えにし、慎ましやかに生きていた。
その時までは。
男は突然ある日を境に、狂ったように木材を集め、丈夫で巨大な布を集め始めたのだ。男の自宅の庭にはそれらが堆く積み上げられ、豹変した男を見た村人たちは、彼を断罪しようと動く人と、これまでの素行により目を瞑ろうという人と、真っ二つに分かれた。
だがとにかく、彼の真意が分からないうちは静観するということで、村人たちの意見は纏まったが、それでも後ろ指を指す人間は後を絶たなかった。
しかし、男にとって村人たちの反応などどうでも良いことだった。これが完成すれば、神に会えるのだ。
「気球を作り天へと昇り、光の御座へと来るが良い」と夢の啓示を受けた男は、気球を完成させた。
「神の許へ今こそ参る。あの太陽の許へいざ。」
こうして、男は太陽を目指して天空へと上昇していった。村人たちが呆然と、そして蔑むような眼差しを向けて見上げる中を。




