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多界の噺師  作者: しぐれ
第二章
22/26

第二十一話 ギンドール

 ざわざわ。ざわざわ。


「……来た」


「来た」

「誰?」

「敵だ」

「敵?」

「そうだ」

「ああ、そんな」

「どうする?」

「どうする?」

「倒す?」

「退ける?」

「捕らえたら」

「逃げられるかも」


「ダメだ」


「確実に仕留めなくちゃ」

「情報を与えてはいけない」

「ならばどうする?」

「どうする?」

「どうする?」

「迎えればいい」

「招き入れればいい」

「招待しよう」

「招待しよう」


「舞踏会へ」



 ざわざわ。ざわざわ。


 



 爽やかな風がふわりと肌を撫でる。太陽は当たり一面を照らし、エリティアの金髪をより煌めかせた。

 今、エリティアたちは街道を歩いている。エリティアは歩きやすい服装に、薄い外套を羽織っていた。長旅になるだろうからとエストレジャが用意したものだ。

 横を歩くベルは、エストレジャにもらったシャツとズボン、その上に出会った当初から着ていた黒い上衣を羽織っていた。足には動きやすさを重視した黒いブーツ。白いシャツは見るからに高価な物で、ベルは「とんでもない」と首を横に振ったが、最終的にはエストレジャが無理やり押し通した。最初は遠慮していたベルも、特に動きが制限される作りではない、と言いくるめられ、ペコペコと頭を下げながらも袖を通していた。

 妹のリロは可愛らしい純白のブラウスにふんわりとしたスカートを履いていた。慣れないブラウスに戸惑いぎみだったが、やはり女の子だ、可愛い服は好きらしい。エリティアと同様薄い外套を羽織っているが、その歩調は軽い。


 エリティアたちがシアを出たのは、数時間前のことだ。

 シア壊滅から二、三日経った今日、いつになくご機嫌のエストレジャが、朝食の席でいきなりこう持ちかけてきたのだ。


「ちょっと遠出してみないカイ?」

「遠出?」


 紅茶のカップに口をつけようとしていたのを中断しエリティアが問い返すと、エストレジャは「そう」と頷く。


「遠出、ね。何をさせる気かしら?」

「ヤだな、深読みしすぎだヨぅ。ずっとここに閉じ籠っていても気が滅入るでショ?」


 街はようやく落ち着きを取り戻していた。視察に来た役人が「怪獣でも暴れたのか?」と洩らすほど酷かった街並みは、なんとか整えられ、被害が少なかった場所には仮住まいも建てられている。もともとシアには、リュンヌたちのような工学や建設に秀でたものが多く居を構えていたため、それらの作業は素早くかつ正確に行われたのだ。お陰で野宿をしたり、路頭に迷うようなひとはほぼいなかった。

 リュンヌやその後輩のネジュも作業に走り回っていたクチであり、先日会ったときは疲労で顔色を悪くしながらも「仕事だから」と手を休めず動き回っていた。

 それを思い出し、エリティアは僅かに眉を顰める。


「どうして今なの? 一応街が半壊した責任は私たちにもあるんだし、見捨てて行くみたいなことは……」

「今だから、だヨ」


 遮ったエストレジャの言葉に、エリティアと、隣に座っていたベルが訝るように目を細める。リロは会話に参加せず、小麦色のトーストに齧り付いている。


「新聞読んだでショ? <夜明けの鐘>が関与しているかもしれないって記事」

「ああ、あれね。読んだわ。それがどうしたの?」

「危険なんだヨ、今、シアにロヴェル人が居るのは」


 その一言でエリティアはともかく、ベルはすべて了解したようだった。

 おもむろに頷くと、唇を開く。


「つまり、俺たちが街をうろつくと<夜明けの鐘>と勘違いされる可能性がある、ということですね」

「そゆコト。ホントは嫌なんだケドね、こーゆーコト言うのは。でも事実だし、気を付けるに越したことはないからネエ」


 エストレジャは下唇を突き出すと、やれやれと肩を竦める。

 エリティアがあ、と声をあげた。


「リュンヌは平気なの? 彼も見た目はロヴェル人じゃない」

「あー、リュンヌなら平気だヨ。あれは街民に信頼されてるし、何しろネジュがいるカラ。万が一どころか億が一も心配ない」

「何でネジュ君がいると平気なの?」


 ネジュの名に、リロがはじめて反応する。

 エストレジャはくすくすと笑うと、窓の外に視線を投げた。


「ネジュはああ見えてかなり義理堅いところがあってね。昔リュンヌに命を救われたんだって、恩人リュンヌに害が及びそうになると、わざと矢面に立つような真似をするのサ」

「それって逆に危険じゃないですか」


 ベルは眉根を寄せたが、エストレジャは相変わらず笑みを絶やさない。


「ネジュは頼りなく見えて、かなり芯が強い。今まで何人のオトナがあの子に言い負かされたか、解らないくらいだヨ」


 クックッと笑いを噛み殺す。人懐っこい金髪の少年が眦を吊り上げて、大のオトナに噛みついている様は、なかなか壮観なのだとか。

 エリティアには屈託ない笑顔が浮かんでくるだけで、全く想像できなかったが、エストレジャの様子を見る限りすごいんだろうな、というのは解った。


「それで、どうする?」


 エストレジャはエリティアたちの顔を見回す。

 エリティアとベルは顔を見合わせ、代表してエリティアが口を開いた。


「いいわ。何処に行けばいいの?」






「あ、見えましたよ、エリティアさん」


 ベルの声に、回想を巡っていたエリティアの意識が戻ってきた。

 何時間もぶっ通しで歩き続けたわりに、玲瓏とした横顔に疲れは微塵も浮かんでいない。それはリロも同様で、彼女場合は今にもスキップを始めそうなくらいだった。新しい服が余程嬉しかったのだろう。愛らしい顔は未だ喜色を称えている。

 それを横目に、エリティアはベルの指す方に目を向けた。


「ギンドール……」


 監獄の街、ギンドール。

 エリティアも詳しいことは知らないが、どうも戦時中は敵の捕虜やテロリストを放り込む監獄として使われていたのだそうだ。

 そのせいか、今も簡易な城壁が街を囲っていた。関所の名残もあるが、そこに役人の姿はない。今では普通の街として機能しているため、見張りは必要はないのだ。

 元監獄の威圧感は、普通なら尻込みしそうなくらい絶世だった。他ではそうそう味わえない代物だ。エリティアはぶるりと身体を震わせた。腕を見ると、若干鳥肌が立っている。


「行きましょう」


 興奮をひた隠し、エリティアは足を踏み出した。



    …OUT…



 戦争って、男の子なんか特にカッコいいって憧れるわよね。

 俺たちがみんなを護るんだ、みたいに。

 でもね。お伽噺と現実の違いは、ちゃんと理解しなくちゃダメよ。

 後悔っていうのは、後から悔いるから、後悔なの。

 先に悔いることは、出来ないのよ。



    …IN…



 最年少上議院議員であるオスカルは、本来多忙な人間だ。最年少だからと侮られ、仕事を押しつけられるだけでなく、ジヴァールの仕事も手伝わされているので、その忙しさは他の役人たちからはるかに群を抜く。

 しかしその彼は今、仕事を放り出し医務室に来ていた。カーテンで仕切られたベットの横に腰掛け、器用にリンゴを剥いている。

 それを見ながら、ベットに上半身を起こしていたシャルロットは、はあ、とため息をついた。


「……なんで私より上手いんだ……」


 剥く手を止めず、オスカルが苦笑する。


「昔からよくやっていたからな。ジヴァールにやらせると、食べられる部分が極端に減るんだ」

「あ、なんとなく想像できるぞ」


 分厚い皮と小さくなってしまった果肉のイメージが頭に浮かぶ。それを前に、ナイフを持ったジヴァールがヘラヘラと笑っている。


「『あ、ごめーん。なんかちっちゃくなっちゃった。そもそも僕に魔術以外のことやらせたのが間違いだよ』とか言いそうだ」

「……大方当たっている。似たようなことをよく言うな、あいつは」

「そうなのか」

「そうだ」


 剥き終わったりんごを等分に切り分けていく。皿に盛られたそれを眺めながら、シャルロットはそっと口を開いた。


「状況は?」

「芳しくない。ジヴァールは半ば軟禁状態だ。監視がごろごろ付いている。会うこともままならない。独断行動の末、街を半分吹っ飛ばしたとなれば、まあ仕方がないのかもしれないが、あれはいくらなんでもやり過ぎだ」

「それでは……」

「ジヴァールは動けない。政府は"最後の魔術師"を危険と見なした。もう野放しにはしないだろう」


 そんな、とシャルロットは呻いた。ジヴァールはこっちの最大戦力であり、無二の切り札だった。その彼が動けないのは、かなりの痛手だ。

 無論、ジヴァールがその気になれば、監視の目を掻い潜ることなど容易いはずだ。しかしそれをすべきでないのは、シャルロットも承知していた。下手に逃げ出せば、国は"最後の魔術師"が危険だという考えを強めさせかねない。悪ければ、ジヴァールに反国の意思有りととられてしまう可能性もある。

 だが見方を変えれば、街を半壊させても軟禁で済んでいるのは、ひとえにジヴァールが"最後の魔術師"だからに他ならない。

 国は彼の力を恐れると同時に、その力を失うことも恐れていた。敵にすればこれ以上恐ろしいものはいなく、味方にすればこれ以上頼りになるものはいない。それだけ強大なのだ。"最後の魔術師"の存在は。

 オスカルはさりげなくりんごを勧めながら、小さな声で言う。


「あいつはその辺をちゃんと考えてはいたようだ。どんな手を使っているのかは知らんが、たまにジヴァールからメモが届く。それによると、"妖精"が今も水面下で動いているらしい」

「"妖精"が?」


 シャルロットは驚いた。まさか"妖精"まで動いていたとは。

 "妖精"の正体について、シャルロットはよく知らなかった。ただあるのは、ジヴァールの昔からの悪友で、諜報に長けている人物であるという認識だけ。前にオスカルに訊いたことがあるが、彼も詳しくは知らないのだという。

 シャルロットはりんごを食みながら、視線を下に落とした。


「あの兄妹の追跡も、別の者が担当するそうだ。なんとか部下を紛れ込ませたが、そんなに保たないだろう。あの兄妹たちが政府に捕まることだけは、避けないと」


 ふとシャルロットは疑問に思い、オスカル問うた。


「何故あの兄妹たちが政府に捕まってはならないんだ? 奴らから護るためなら、いっそ政府に捕まってしまったほうが私たちにとっても都合がいいだろう。だからジヴァールはあの二人を追っていたんじゃないのか?」


 一瞬きょとんとしたオスカルは、すぐに納得顔になり一人頷いた。


「そうか、シャルロットは知らないんだったな。政府は安全じゃないらしい。あの兄妹にとっては」

「らしい、とはどういうことだ? ジヴァールがそう言ったのか」

「いや、違う。手紙だよ」

「手紙?」


 さっき言っていたメモのことだろうか。だがそれならジヴァールからじゃないと否定する必要はない。

 シャルロットが首を傾げていると、オスカルは眼鏡を指で押し上げたあと、説明してくれた。


「いつだったか、ジヴァールのところに一通の手紙が届いたのさ。差出人はとある女性。手紙には、陰謀に追われる二人の子供を護ってやってほしいと書かれていた」


 オスカルは一旦言葉を切った。


「彼女は子供たちの詳しい容姿、名前、二人が追われている組織と、政府にも二人を害する者がいるということだけを書いて送ってきた。どんな意図があったのかは解らない。何故ジヴァールに送ってきたのかも。ただ、その後すぐにジヴァールにあの兄妹を追えと指令が下ったんだ」


 シャルロットが、ハッと息を呑んだ。


「まさかその女性というのは……」


 オスカルは頷いた。


「結局身元を突き止められなかったから確実ではないが、おそらくあの兄妹の母親だろうね」

「だが、いくらなんでも無謀すぎるだろう! もしジヴァールが褒美欲しさにあいつらを捕まえようとでもしていたら」

「言ったろう。何故ジヴァールに送ってきたのかは解らないと。あの兄妹の言によると、もう亡くなったらしいから、確かめようもない。どういう経緯であいつがその手紙を信じることにしたのかは私も知らないが、それからジヴァールはあの二人を追うふりをして、いつも影から守ってきたんだ」


 国を騙すリスクを負い、たった一人で。

 知らなかった。シャルロットは呆然とした。そんな手紙が届いていたことも、ジヴァールが一人で戦っていたことも。

 シャルロットがジヴァールたちに協力し始めたのは、ごく最近だ。それまでは二人がこそこそと何をしているのか知らなかった。ジヴァールが言うには、自分に知らせなかったのはオスカルが口止めしたからだという。いまだに教えてもらっていないが、隠していた理由は決まってる。


 シャルロットが力不足だからだ。


 シャルロットは強い。それは自他ともに認めていた。だが、それは人間相手の話だ。ジヴァールたちが密かに敵対しているのは、ひとの枠を越えた化け物たち。実際、まだ年端もいかぬ子供に相手にこのザマだ。足手まとい以外の何者でもない。

 そのときのことを思い出し、顔を歪めたシャルロットは、ふわりと頭に温もりを感じ、顔をあげた。

 オスカルの穏やかな微笑みがそこにあった。オスカルはゆっくりとシャルロットの頭を撫でる。


「そんな顔をするな。隠していたのは君を信用していなかったからじゃない。私もジヴァールも、ロッティーを心から信用しているし、頼りにしている。現に今、全部話したしな」


 シャルロットはしばらくオスカルを見つめていたが、じわじわと頬に赤みが差し、すぐに真っ赤かになると大慌てでオスカルの手を払った。


「こ、子供扱いするな!」

「はは、いやすまない、ロッティー」


 シャルロットは唯一自分のことを愛称で呼ぶ愛しいひとを、頑張って頑張って睨みつけた。

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