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多界の噺師  作者: しぐれ
第一章
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第十五話 魔術師VSひと為ら不るひと


 雲一つない夜空に星が瞬く。それらの中心に君臨する月は、今にも消えてしまいそうなほど細い三日月で。細々と降り注ぐ月光は、街中で対峙する二つの金色を浮かび上がらせた。

 熱を持った肩を手で押さえ、シャルロットは荒い息の下自分を凶刃から救った男を呼んだ。


「ジ……ヴァール……」

「こら、しゃべらないの。……肩の傷はちょっと深いからね。僕に任せて休んでるといい」


 屋根から飛び降り、シャルロットを壁に寄り掛からせる形で地面に座らせる。剣を地面に突き立て空中で掴む動作をすると、次の瞬間には彼の手に包帯が握られていた。ジヴァールはそれを彼女の肩にきつく巻き付ける。

 包帯を結び終え立ち上がろうとしたジヴァールは引っ張られる感覚に再び視線を戻す。唐草模様のはしるマントの裾を掴んだシャルロットは、額に脂汗を浮かべながらもはっきりとした口調で言った。


「……私の目の届くところで戦え。いいな?」


 ジヴァールは驚いたように目を瞠り、しかしすぐに呆れたような顔になった。


「いやいやいやいや、普通に考えてそれはないでしょ。僕がなんて呼ばれてるか君は知ってるはず」

「"最後の魔術師"か? それとも"最強の魔術師"か? そんなもの私の知ったところではないわ」

「知ったところじゃないって……。僕は細かい調整とか嫌いなんだ。ここら一帯灰燼と化しちゃうかもしれない」

「おまえは自分を犠牲にした戦い方をする。目を離したら何をするかわかったものじゃない」


 今度こそジヴァールは本気で驚いた。まさか自分がそんな風に思われていたとは。正直心外である。

 でも、と思う。ジヴァールはシャルロットの手を包み込むと丁寧に服を放させた。


「だいじょーぶ。死ぬような真似だけはしないから」


 まだ言い募ろうとするシャルロットの唇を人差し指で塞ぐ。般若顔負けの形相で睨んでくるシャルロットに、ジヴァールは実に彼らしくにへらと笑った。


「それだけ元気なら心配ないね。あ、そうそう、オスカルが心配してたよ」


 シャルロットが目に見えて慌てた。


「オ、オスカルは今関係ないだろ!」

「うん。今は関係ない――ねっ!」


 語尾と金属音が重なり、シャルロットは目を見開く。

 振り向き様に剣を掴み、鉤爪を受け止めたジヴァールの腹部に、続けざまに放たれた閃光が突き刺さった。


「ぐっ……」


 少年の口角が上がる。しかしそれはすぐに愕然とした表情にぬり変わった。

 目の前で苦しむジヴァールの色彩が薄れたと思うと、ふっと掻き消えたのだ。

 温い風が肌を撫でる。少年は視界の隅に銀色を捉え、反射的に眼前に鉤爪を翳した。

 長剣と鉤爪がぶつかり、火花を散らす。ジヴァールの手首が翻り、下から突き上げるような斬撃に変化する。鉤爪を交差させて斬撃を防いだ少年は、しかし衝撃に耐え切れずに吹き飛んだ。


 空中で身体を捻り、危なげなく着地すると同時にバッと構える。着地の瞬間はどうしても反応が遅れるので、戦闘の際はかなり狙われやすい。しかしジヴァールはその様をのんびりと見ているだけで追いかけては来なかった。


「……どうして追ってこない? チャンスだったろう」

「別にぃ。僕は君を殺したいと思っているわけではないし、ましてや戦いたいとも思ってない。今ので君じゃ僕に勝てないって解ってもらえたらそれでいいわけで」


 少年の目の奥に怒りの炎がちらつく。ジヴァールの言い分が気に入らなかったのだろう。一瞬冷静で尊大な仮面が剥がれ、歳相応の負けず嫌いな子どもの顔になる。


「……熱を利用した蜃気楼。そんなちんけな手に何度も引っ掛かるわけないだろう」

「うん。まあ、そこはバレると思ってたよ。でも僕がいつ幻影と入れ代わったか。それは解んなかったでしょ」


 少年が黙り込む。どうやら図星だったようだ。ジヴァールが例の如くニヤリと笑い、それを見た少年は悔しそうに歯噛みをした。

 ジヴァールは長剣を手に持ったまま器用に肩を竦めて見せる。


「諦めて退いてくれるね?」

「このぼくが退く? ありえない」

「……僕に勝てないの、解るよね?」

「おまえが強いのは解る。魔術師のようだが、蜃気楼程度の基礎魔術、ぼくの仲間にも使えるものはいる」

「……どうして」


 底抜けに明るかったジヴァールの声が、一気に低くなる。


「どうしてそんなに死に急ぐ? 君、人間だったんでしょ? そんなにされちゃって、なんで頑張るの? その歳で望んでなったわけじゃないでしょ?」

「違うな。ぼくは望んでこの身体をもらったんだ」

「何故。そこまで無理やり身体の強化をしたら、リスクが伴うのは必定。僕には解るよ。君の身体は悲鳴をあげてる」

「関係ないな。あのお方に尽くす。それだけがぼくの生き甲斐だ。そもそもおまえに何が解る!? 親に捨てられ、蔑みの中で生きてきたぼくがようやく手に入れた居場所なんだ、邪魔をするな!」


 最後はほとんど叫び声に近かった。冷徹で残酷な少年の素顔だった。

 ジヴァールは静かに少年を見つめる。

 この少年は、聡い。

 だからこそ、自分がすでに引き返せない場所まで来てしまっていると理解し、理解できてしまうからこそこんなに辛い顔をしているのではないのだろうか。

 やっと手に入れた居場所と言った。でも彼なら解っていたのではないか。差し出された手が血と憎悪にまみれたものであると。それでもそれを掴むしか、生きる道はないということも。


「僕なら、君を治せるかもしれない」


 そんな言葉が自然と口を突いていた。何故だろうと、自問する。答えはすぐに出てきた。

 自分に似ているから。


「君は僕を低級だと判断したみたいだけど、僕の魔術なら君の身体を戻すことも可能かもしれない。そりゃ時間はかかるけど、一年あれば君を元に戻せるよ。だから」


 僕と一緒においで。


 嘘偽りのない、ジヴァールの本心だった。

 しかしそれを聞いた少年は何を思ったのか、目を瞠ると穴が開くほどジヴァールを凝視した。眉を顰めるジヴァールの目の前で少年はいきなり大声で笑った。


「……何が可笑しいのかな?」


 ジヴァールは右足を半歩引き長剣を構える。少年の突然の哄笑に首の後ろが濁るような感覚がしたからだ。

 それを知ってか否か、少年は笑い始めたのと同じくらい唐突にピタッと笑うのを止めた。上空を仰ぐ形で静止した少年の腕は身体の脇に垂れ下がり、彼の喉はジヴァールの目の前に晒されている。一歩踏み出し、一太刀振るうだけで決着がつく。それなのにジヴァールはその一歩がどうしても踏み出せなかった。


 少年の目が蠢めき、ジヴァールを捉える。感情という感情がすべて抜け落ちてしまったかのような、ひどく虚ろな瞳だった。


「そうか、おまえが"最後の魔術師"か。何故あのお方がぼくをこの役に指名されたのか、やっと解ったぞ」


 ジヴァールは少年の豹変になにも言えない。ただ牽制するように、ほんの少し刃を持ち上げた。

 少年の独白は続く。


「ぼくは捨て駒……。いや、時間稼ぎに考えておられるかすら危うい。あのお方直属の配下の中でぼくは最弱……。ああ、そうか。そういうことか。じゃあ、もうなにも考えなくて良いというわけだ」


 何がなんだか解らないが、彼の中でなにかが吹っ切れたらしい。

 次の瞬間、少年から凄まじい殺気が放たれた。ジヴァールをもってして、思わず後ずらせるほどそれは迫力があった。


 刹那、少年の姿が掻き消えた。


「な……!?」


 実際に消えたわけではない。少年のスピードがあまりに早過ぎて目で追いきれなかったのだ。

 そう気がついたときには、すでに少年はジヴァールの真横をすり抜けていた。

 反射的に剣を振るう。ぶんと音をたてた長剣は、しかし少年の着ているローブを少しかすっただけだった。


「ちっ……。何なんだよ、全く!」


 少年を追い、ジヴァールも地を蹴った。途中、魔術を行使して走るスピードをあげる。常人ならざる速さで走りながら、ジヴァールは少年の後ろ姿を見つめた。

 ジヴァールが追ってきていることに気がついているはずなのに、少年は後ろを振り向きすらしなかった。小さなその背中は斬ってくださいと言わんばかりに無防備に晒されている。


 ジヴァールはそこまで考えて、ふと眉根を寄せた。


 勝ち目がないと解って逃げようとするならば、これほど無防備に逃げることはしない。いつ追い付かれて斬られるかわかったものではないので、必ず何らかの足止めくらいはするはず。第一ジヴァールは魔術師なのだ。飛び道具のように術を放って射られる可能性だってある。

 それなのに彼はただ一直線にどこかを目指している。何となく周りに目を走らせたジヴァールの身体を、雷に打たれたような衝撃が駆け抜けた。

 まさか……。

 少年の背中に視線を戻す。一心不乱に走るその背中の向こうに薄い金色の髪を確認したジヴァールは、考える前に叫んでいた。


「逃げろ、シャルロット!!」






 聞き慣れた声に顔をあげたシャルロットは、こちらに駆けてくる二つの影を見た。本能的に傍らに立て掛けてあった剣を掴むが、さっき血が止まったばかるの肩の傷から全身に灼熱が走る。


「うっ……」


 思わず呻いたシャルロットは、よろめき地面に手をついた。剣がカランと音をたてて転がる。

 肩を押さえ顔をあげたシャルロットの視界に、少年の血走った眼が映る。まだ距離があるはずなのにそれだけがひどくはっきりと見えた。得体の知れない恐怖が全身を駆け抜ける。

 瞬間、黒の中に金色が混じったものが二人の間に割って入った。

 ジヴァールだった。唐草模様のマントをなびかせ、金色こんじきの髪を振り乱し、彼は目を瞠る少年に向かって長剣を叩き込んだ。魔術で威力とスピードを引き上げた、神速の斬撃を。

 しかし必殺の一撃に思えたそれを、驚くべきことに少年はかわした。いや、かわした、と言っていいのか悪いのか、二つに分かれるのではないのだろうか。

 少しでも当たってしまったらかわしたとは言えないというひとと、腕一本失っても命さえ無事ならかわしたと言っていいというひとに。

 どうやら少年は後者だったようだ。

 深く斬られた少年の左の肩口から真っ赤な鮮血が迸しる。奇しくもそれは、シャルロットが少年に刺されたのと同じ場所だった。

 少年が高く跳躍する。ジヴァールの頭上を飛び越え少年が目指すのは、肩を抱えたまま動けないシャルロットだった。

 少年の鉤爪が閃く。振り返ったジヴァールの瞳が、ひび割れた。


「――――――!」


 声にならぬ叫びが迸しる。次の瞬間、すべてが光に呑まれた。



    …OUT…



 魔術には属性があるんですって。知ってた? 知らないわよね。言ってないもの。

 ……い、痛い、痛い、引っ張らないで。ちゃんと説明するから!

 属性っていっても火とか水とかそんなんじゃなくて、もっと細かく別れてて、術式とか詠唱とかたくさんあるのよ。

 魔術師の彼、どれをとっても群を飛び抜けていたらしいわ。巨大すぎる自分の力がコントロールできなくて、先代の王様がちょっとした枷みたいなのを彼に身につけさせていたんですって。

 そういえば彼、唐草模様好きよね?

 ……知らないって? あなた存外毒舌なのね。


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