フェンリルとタエさんの話 1
クノーテ共和国西方辺境の砦にお世話になり始めて、とうとう1カ月が経過してしまった。
ケネスさんにはすぐ戻りますなんて言ってしまったんだよねえ。ノアが一緒だから大丈夫だろうと思ってくれてるとは思う。けど、ルティーナさん達に挨拶も出来なかったし、絶対方々へご心配をお掛けしていると思うんだよね。
もうそろそろ一度帰って、ヴィゴ閣下から依頼のあった共和国首都の傷病軍人さん達の治癒の協力についての相談とかをアシュレイ様としてきたいなと考えている。今現在も後遺症に苦しんでいる方々が沢山居るんだろうからね。
これは罪滅ぼしという訳でもないんだけど・・・。やっぱり私と言う存在はスタンピードや野生の獣達の凶暴化に無関係じゃないと思うとね。クノーテ共和国軍の傷病軍人さん達の話を聞いたからには知らないふりは出来ない。
これは自己満足で、自分の罪悪感を減らしたいだけという自覚も大いにある。
全ての危機、悲劇を私の力で回避できる訳は無い。
クノーテ共和国にもほぼ同時期にスタンピードが起きるなんて、私は分からなかったし、ノアはエスティナに居て、同時期にクノーテ共和国を助ける事も出来なかった。
後からこうすればよかったなんてのは、結果論でしかないし。その時自分が出来る最善を選択して頑張っていくしかないんだよ。
なので、クノーテ共和国の人達をもし助けられていたら、なんて「たられば」は考えない。
私は不思議な力を持っているかもしれないけど、万能の力は持ってはいないんだから。
そしてそれはアストン王国で勇者と認められたノアだって同じだ。
・・・何もする事がないと、色々と内省的になってきちゃうな。
早くエスティナに一度戻りたいなーと思っているんだけど、まだもう少し色々な確認と相談が残っていて、私とノアはまだ砦に滞在している。
今日は白竜の石壁補強作業の確認報告待ちだ。
防護壁の確認にはダレンさんがチームを組んで、犬ぞりで早朝から出かけている。
白竜が防護壁の大穴をDIYで塞いだ日から更に一週間程、私とノアは砦で過ごしていたのだけど、一昨日白竜が『終わったぞ』と遠くから私に知らせて来た。位置的に白竜は防護壁辺りに留まっているみたい。
やっぱり私と白竜はテレパシー的な感じで意思の疎通を図っているんだなと再認識した。私が白竜を遠くから呼べるように、白竜も私へ遠くから話しかけられるみたいだ。
ただし、幼児退行中を除く。私の魔力が全回復している時に限るのかな。それか、私の魔力がカツカツだと白竜の呼びかけが聞こえないと言う、私に原因があるパターンなのかもしれない。更には白竜の言語チャンネルの有無問題もある。
私が白竜と会話出来る時と出来ない時の条件がイマイチ分からない。色んな要件が絡まっている感じがするもんな。
この辺は色々と有識者(サージェ先生)に情報を丸投げして考察してもらおう。
私は現在手持ち無沙汰で、毎日何もせずにただ飯を美味しくいただき、役に立つのか分からない考え事をぼんやりしているだけなのだけど、砦の皆さんは非常に忙しくしている。
今、クノーテ共和国西方辺境の砦では、絶賛大型獣の解体作業に取り組んでいる。クノーテ共和国でも高級肉とされるニードルボアとかの血抜き、解体は、魔獣達の身体が完全に凍り付く前にしなければならないと、急ピッチで解体作業が進められているのだ。
大男の軍人さん達が、砦と同じ高さに迫る大型獣の山をドンドン崩していく様子は圧巻だった。
共和国軍が大型獣を討伐する際は、遠くから銃を撃ち続け、動きが鈍った所を大人数で切り刻むスタイル。だからこんなに状態の良い大型獣の毛皮は珍しいのだそう。
解体時に一刀両断したい箇所が出てくるとノアは軍人さん達に手伝いを頼まれて、砦の前でズバンズバンと大型獣の体を大切断していた。
私も解体の見学をしたけど、砦前は雪を染める血で真っ赤になっていたし、大型獣から引きずり出された内臓からホカホカと湯気が。大型獣って絶命してもしばらく暖かいのが不思議。そのお陰で数日かけて解体が出来るそうなんだけどね。
今日も今日とて砦の軍人さん達は解体作業に励んでいる。
今日の解体チームの午後休憩のお茶請けには、トミーお爺さんに貰ったパルンカを提供した。滅多にお目に掛かれない新鮮な生のパルンカは砦の皆さんに大好評だった。逆に私は舌がすぐピリピリしてしまうので、砦に常備されているパルンカのシロップ煮の瓶詰を頂いている。甘くて、ちょっとだけ酸味も残っていて、パルンカのシロップ煮は非常に食べやすく美味しかった。私はシロップ煮の方が好きだな。
「ダレンさん達、まだかなー」
「今日の夕方には戻るとおっしゃっていましたね」
そんな噂をノアとしていれば、夕暮れ前にダレンさん達、防護壁確認チームが帰って来た。
そして私とノアはヴィゴ閣下と一緒にダレンさんから報告を聞くことになった。
場所はいつもの会議室にて。
「防護壁として国境線上に設置されていた石壁が全て鉄壁になっていました」
ダレンさんからの報告を聞いた、私とノア、ヴィゴ閣下は相槌も打てずに黙り込んだ。
ちょっとダレンさんが何を言っているのか分からないんだが。
100年の風雨に晒されて、イイ感じの風格を備えているけど強度的にはもう心許なく、次の春には作り変えられる予定が立てられていた、あの石壁が鉄壁に?鉄壁の守りの石壁になったとかじゃなくて、物理的な意味での鉄壁に?
「その鉄壁は以前の石壁よりも高さが増しているような気がしましたが、正確に高さを測る事は出来ませんでしたので私の主観です。強度としては、人力ではビクともしない程に頑丈でした」
「うわあ!」
ダレンさんがスッと左手を持ち上げると、左手に赤黒い内出血が出来ていたので、私は慌ててダレンさんに駆け寄り治癒魔法をかけた。すかさずノアが私にミートパイとアップルパイを手渡してくれるのでモリモリと食べる。しょっぱいのと甘いのを手渡してくれるノアは分かってるー。しょっぱいのと甘いのは交互にずーっと食べられちゃうからなあ。
ダレンさんの痛々しい打撲痕は瞬く間に消えて無くなった。素手で鉄壁の強度を試すなんて無茶はもうしないでいただきたい。見てる方が痛くなっちゃうじゃん。
「カノン、ありがとう。しかし君が旺盛な食欲を見せると非常に安心するな」
「確かにな。カノンが幼い時は生まれたてのトットチャック位しか食べなかった」
私のもぐもぐタイムをダレンさんと閣下は目を細めて見守ってくれる。
閣下が言う「トットチャック」とは、幼児退行中の私にお姉さま方が買ってきてくれた白い毛皮のベストの元となった動物の事だ。
見た目的には前の世界のオコジョみたいな真っ白い毛皮を持つ胴が長い四つ足の野生動物なんだけど、その体長は尻尾を入れて2メートル位。デカい。
そのトットチャックは毛皮を取るためにクノーテ共和国では家畜化されている。手触りがよい純白の美しい毛皮はクノーテ共和国の女性達に好まれ、輸出品としても人気なのだそう。トットチャックはその見た目もとても可愛らしくペットとしても人気なのだとか。2メートルのペットが人気とは、この砦だけでは無くてクノーテ共和国の国民全体的に大柄な人が多いのかもしれない。
ピーカとかパルンカとか、トットチャックとか、元の世界で存在しなかった物は私の言語チートで変換されずそのままの発音で聞こえるようだった。元の世界と共通する、もしくは非常に似ている物の名前は、全く同じか聞き覚えがある単語で聞こえるので非常に助かる。もし日用品の全てが異世界単語だったらと想像すると、日々の生活が非常に大変だったろうなー。
さて私の食欲が落ち着いたので、話は白竜の鉄壁に戻る。
「あの・・・、白竜が申し訳ありません。焼いたら石が鉄になっちゃったんでしょうか」
「それは分からんが、石壁として組まれていた石をあの魔獣達の業火で焼くだけなら、多分崩れ落ちて終わりだろうな。白竜は土魔法で鉄鉱石を抽出して、火で焼きながら鉄壁を生成したのかもな。大森林の北部一帯には巨大な鉱床があるんだ」
ダレンさんの考察だけど、言われるとそんな気もしてくる。土から粘度をこねて壁を作った白竜だったけど、結局全て鉄製にしてしまったという。きっと白竜とフェンリルの2匹で物凄く頑張ってくれたんだろうなあ・・・。
「その鉄壁は防護壁として使えそうですか?」
「ああ、防護壁として今まで以上の役割を果たすだろう。ゴルド大森林から例え大型獣がやって来たとしても、10メートル級の魔獣でも十分にあの防護壁が国内への侵入を防いでくれよう」
「それなら良かったです」
「だがその代わり、我々もゴルド大森林の奥地へ行けないだろう」
「・・・・・」
・・・行けない、という事は行ける方が良いというニュアンスですね?
「夏季だけ稼働する鉄鉱山がゴルド大森林内にあるのだが、そこへの通用門も鉄で塞がれていた。鉄門扉はこちらで用意するので、白竜には通用門があった辺りに穴を開通させてもらえると助かる。後で白竜に頼んでもらえるか」
「はい、必ず。申し訳ありませんでした」
防護的には良かったけど、使い勝手的にはちょっと良くなかった。
やりすぎちゃった白竜に変わって謝っておく。
「いや、謝ることは無い。防護壁をさらに強化してもらい、防護壁の再建のための費用は掛からずに済んだのだ、こちらが礼を言わねばならない。白竜の働きに感謝する」
ヴィゴ閣下にそう言ってもらえてこちらもホッとした。良かれと思ってかえって損害を与える事にならずに本当に良かった。
通用門の設置だけど、春頃の設置に向けて内地で門扉を作り砦に運ぶという。なので、通用門が防護壁まで運ばれたタイミングで白竜に穴を開けてもらうように会議室から白竜に話しかけると、白竜から『わかった』と返事があった。
私は会議室の中で普通の声の音量で、目の前に姿形もない白竜に話しかけた。すると白竜からの返事の際に今回は砦がビビビと振動したので、白竜が遠くで咆哮をあげたのかも。白竜は咆哮無しで思念(?)のみのお返事の場合もある。今回は私の声掛けに砦が震えたので、白竜とのやり取りがあったのだと分かりやすかっただろう。本当に白竜と感覚を共有しているのだなと、閣下とダレンさんは少し呆然としていた。
身動きしないフェンリルを数十年ずっと定点観測してきた砦の軍人さん達は、30メートル級の大型魔獣の生態とか能力とか全く知らなかっただろうから、全てが驚きの連続だよね。その上白竜は南方からやって来たポッと出の30メートル級。白竜のやることなすことが砦の皆さんにとっては驚きだよなあ。
「お2人はカノンの能力に驚かれているのですよ」
「えっ」
大型魔獣の多岐に渡る驚きの能力、さもありなんと私が納得していると、隣でノアが笑っていた。
「人知を超える存在の白竜とフェンリル。これらと臆することなく意思の疎通を図れるカノンが我が国に、この大森林北部に来てくれた事、改めて深く感謝する」
「ええっ!」
椅子に座ったままだったけど閣下が私に頭を下げて、隣のダレンさんまで私に頭を下げた。
「頭をあげてください!私がクノーテ共和国にやって来たのは、フェンリルが穢れに呑みこまれたらその影響がエスティナにも及ぶと考えたからで、正直クノーテ共和国の皆さんの事は考えていませんでした。あくまでも自分の生活の為でしたし、良い結果に終わりましたが計算しての事では無かったので、あまりお礼を言われると返って申し訳ないです・・・。お礼は十分すぎる位にもらう予定なので、本当に私のした事はお気になさらず!」
シルバーフォックスの毛皮を貰うだけで一財産だしね。
ちなみにノアも防護壁内に侵入した獣駆除のお礼にと何匹か獣を丸ごと現物支給でもらっている。南方のアストン王国では価値の高い、北部にしか生息しない中型の獣をマジックバッグに収まる位に数匹貰い、こちらも一財産になるという。王都に行った時にでも高値で売り付けましょうかと、ノアは爽やかに笑いながら儲けの算段を付けていた。
正直働かなくてもしばらく暮らしていける位のお金は既に手に入っている。実は王都から帰った後、ノアのギルド口座にジュリアン王から大金が振り込まれたのだ。ジュリアン王からは私とノア2人への、王都での働きへの謝礼だと言われた。この金額だけで、ルティーナさんの宿に軽く10年以上居続けられる感じ。
けど、何もしないで過ごすなんてつまらないし、今後もエスティナで周囲の皆さんと関わりながら、隙あらば労働をして暮らしたいなあと考えている。根っからの貧乏性な私は、やっぱり何かやる事が無いと落ち着かないのだと思う。
「本当にカノンは欲が無いな。だが、次は我が国の首都で傷病軍人達への対応に当たってもらう。その際の謝礼は存分にさせてもらうから覚悟しておけ」
「あの、本当に、役に立つかはやってみないと分かりませんので、あまり期待をしないでくださいね」
覚悟が必要な謝礼って何。怖いから遠慮したい。美味しい首都名物の料理とかでも良いんですよ。
閣下とダレンさんはタジタジとなる私を見てワハハと笑うばかり。
やってみないと分からないってのは、謙遜じゃなくてほんとだからね!




