クノーテ共和国西方辺境の砦にて 5
「かあわいいい!」
「なんて可愛いの!」
「抱っこしたい!」
黄色い歓声と共に私とノアは四方を女性軍人さん達に包囲された。
この砦には大男しかいないのかと思ったら、女性の軍人さんもいたんだねー。そしてみんな金髪碧眼の美人。この砦の皆さんは男女ともに皆さん色素が薄め。クノーテ共和国の人達はみんなそんな感じなのかな。そして軍隊に限ってなのかもしれないけど、女性の方々もみんな背が高い。ノアと同じ位か、ヒールの低い軍の支給品のブーツを履いていてもノアより背が高い方もいる。うおー、体もガッチリしている迫力美人だよ。
「まだ本格的な冬に入る前だったから、街まですぐに買い出しに行けて良かったわ」
「私の見立ては間違いなかったわね。お人形さんみたいに可愛い!」
「小さくて本当に可愛いわ。目が覚めて良かったわねえ」
私達を包囲した女性達のお喋りが止まない。更には四方から伸びてくる手に私は可愛い可愛いと撫で繰り回される。
「カノン、こちらの方々は犬ぞりに私達を乗せてこの砦まで連れてきてくださったのです。それから雪山で身体が冷え切ってしまったカノンを、風呂場で手当して下さったのですよ」
知らない内に、このお姉さま方にものすごくお世話になってた!
「おしぇわになりまちた」
「お利口!」
「お話が上手ね!」
ノアの腕の中でぺこりと私が頭を下げると再び黄色い歓声が上がり、チヤホヤと褒めてくれる。もう私が何をしても歓声を頂けそうな感じ。お姉さま方のリアクションが良すぎる。
「お前達、その辺にしないか。カノンが食事を取れないだろう」
「「はっ」」
その声に、きゃあきゃあ騒いでいたお姉さま方がぴしっと姿勢を正して軽く会釈した。包囲網も即座に解かれる。
「カノン、体調はどうだ」
「だれんしゃん」
声の主は閣下の副官のダレンさんだった。
「また3日寝込んでしまったな。私と閣下の解呪の為に済まなかった。朝食には食べやすいように具材も細かく刻んで煮込みを作った。口に合うといいが。パン粥も用意している。食べやすい物を食べると良い」
ダレンさんって、お子さんがいるからなのかほんとに面倒見が良いなあ。助かります。
お姉さま方は私達に手を振りながら去っていった。私達はお姉さま方と入れ違いで食堂の奥に案内される。そして前回と同じテーブルにはヴィゴ閣下が。
「カノン、目が覚めたか」
「おはようごじゃいましゅ」
「閣下、ゆっくり休ませて頂きました」
ヴィゴ閣下の前には大きいプレートにステーキ肉5、6枚、大きいサラダボールに山盛りのマッシュポテト、パン籠には山盛りのロールパンがある。でっかいマグカップにはスープらしきものが。マグカップって、こんなに大きい物が作れるの。もうこれ、ビールジョッキじゃん。これだけの巨体を維持するためには沢山食べなきゃならないんだろうからなー。
私がヴィゴ閣下の食事量に目を丸くしていると、ヴィゴ閣下は楽しそうに笑った。
「カノンは寝込んでばかりいたからな。さすがに腹が減っただろう。食べやすいようにシュトラウスが厨房で指示を出していたぞ。遠慮せずに食べるといい。一緒に食べよう」
ヴィゴ閣下にお呼ばれしたので、私とノアは閣下と一緒のテーブルについた。
そしてダレンさんがすぐさま私とノアの食事を持ってきてくれる。すごくフットワーク軽く私達の食事を運んでくれるダレンさんだけど、本当はこんな事をしてくれる階級の人では無いという。
ノアはスタンレーで軍人をやっていた時は階級が大尉。その上の階級の少佐になるにはとてつもない高いハードルがあるのだそう。恐縮です、とノアは畏まってダレンさんに頭を下げている。
ノアはアストン王国では割とお貴族様、王族達に対してすら慇懃無礼で臆する事ない感じだったけど、クノーテ共和国の軍人さん達には礼を持って接している感じなんだよね。
ノアの砦の軍人さんに対して対応が柔らかい事に、まず私はあれー?と思ったのだった。
一番最初に砦で私が目覚めた時、ノアは周囲の軍人さんととても気さくに話していたように思うし、さっきもお姉さま方に私が撫で繰り回されるのを許していた。
エスティナに行った直後のノアは、あんなにフレンドリーなミンミにさえも全開で警戒していたので、この砦でリラックスして過ごしているノアに意外だなあと思ったんだよね。
なもんで、どうして砦の皆さんを警戒しないのかさっきノアに聞いたんだけど、私達が保護された時のクノーテ共和国軍の対応が非常に素晴らしくて衝撃を受けたからなんだって。
この北の地で初めて出会ったクノーテ共和国軍は、碌に事情も確認せず他国の一般庶民である私達の人命救助を優先し、速やかに砦に保護してくれた。更には幼い私の静養の為に、この砦の最高責任者であるヴィゴ閣下の私室を明け渡して休ませてくれた。
スタンレー王国ではまずありえない共和国軍の対応に、ノアは非常に驚いたのだそう。国軍が民間人の救助に躊躇いなく動く姿に、ノアは物凄く感動した。碌でもないスタンレー軍に所属していたからこそ、このような軍隊があるのかと尚更感動した。
そして高潔で親切な軍隊、クノーテ共和国軍に対してノアは警戒を緩めたという訳だった。
でも警戒すべき所は警戒しますのでご安心をと言って、ニコリと私に微笑むノアはやっぱり頼りになるなあと、警戒のけの字も頭に無かった私は思うのだった。幼児退行中はどうも警戒心も羞恥心も限りなくゼロに近づくのでね。
うん、とにかく幼児退行中は大人の時以上に迂闊すぎるので、とにかくノアにくっ付いているようにしよう。
そんなノアが丁寧にダレンさんにお礼を言って食事を受け取り、私達も閣下と一緒に食事をいただく事になった。
私のご飯はパン粥がメインで、小鉢にはデミグラスソースが美味しそうなお肉の煮込みが。そして、子供用の小さなスプーンとフォークが置いてあった。私の為のカトラリーだった。
「服と一緒に部下に必要な物を用意させた。その服も似合っている」
「ありがとうごじゃいましゅ」
なんと細やかに生活用品を準備してくれる事かー。クノーテ共和国軍、ほんとに親切。
「礼には及ばん。逆にカノン、私はお前に何を返してやれるだろうか。私の右手の後遺症は首都の医術院でもどうにもならなかった。銃も剣も握れないのではここでは役に立たん。私は春には後任に砦を任せて軍も退く予定だった。だが、私はもう少し軍人を続けられそうだ。この砦の次の責任者は既に決まっているから、さて、次は何をしようか」
「かっか。みぎて、なおりまちたか?」
「ああ、すっかり元通りだ。銃も問題なく扱えるし、剣もしっかり握れる。次の責任者に砦を引き渡すまで、問題なくこの地を守れるだろう」
ヴィゴ閣下は二ッと笑って、大きな一口でステーキ肉を食べた。凄い。肉が吸い込まれていった。
しかし良かったなあ。閣下は穢れがすっかり消えて、右手の機能も回復したみたいだ。
私は自分の手にぴったりのスプーンを持ち、ノアの膝の上で食事を始めた。ノアは私が膝に乗っていて邪魔だろうに、それを感じさせずに結構なスピードで食事を進めている。ワンオペのお母さんみたいで、ノアも凄い。
私のパン粥はミルクの風味が独特。ヤギのミルクとかかな。そして煮込みはお肉がホロホロに舌の上で崩れる。野菜も小さめにカットされていて、舌で潰せる柔らかさ。幼児退行を起こすと、体の扱いも大人の時のようにいかないのでスプーンだけで食べられる食事は助かるなー。
「おいちいでしゅ」
食事の感想を伝えると、ダレンさんは良かったと相好を崩した。
「カノンのお陰で、私も以前と遜色なく動けるようになった。だがまあ、私は年齢的にも砦に勤めるのは今年が最後だと思っていた。閣下が砦を去るのなら、私もこの機会に首都に帰ろうかと思っている」
「あちがなおって、なによりでちた」
ダレンさんも元気な身体で家族の元に帰れるなら良かったよね。
ホッとしながら食事をしていると、目の前の閣下は食事を終えたようで、カトラリーを置いて食後のコーヒーを飲んでいる。共和国にはコーヒーがあって、一般国民も普通に楽しんでいるそう。アストン王国にはお茶は色んな種類があったけど、コーヒー文化は無かったな。
そしてコーヒーを飲みながら閣下が私達に尋ねてきた。
「ノア、カノン。お前達は急いで国に戻らないとならないだろうか」
「?」
今エスティナは、秋の果物の収穫作業真っ只中だけど、ノアはともかく私は戦力にカウントされていないだろう。今年は凶暴化している大型獣は殆ど白竜のお陰で駆除が終わっているし、ノアの冒険者の仕事もローテーションでやってくる哨戒任務程度。あとはのんびり冬を過ごすだけなんだよね。
「特に私達には急ぎの用事はありません。エスティナに戻れば、冬はのんびり過ごす予定ですが」
「そうか。まずはカノンの身体が元に戻ってからだな」
ヴィゴ閣下はどうやら私が大人の身体に戻る事を信じる事にしてくれた模様。そして意味深な質問の続きの話はここではされなかった。な、何かな・・・?
「はい。それまでは申し訳ありませんがお世話になります」
ノアも閣下の質問には突っ込まず頭を下げるので、私も一緒にぺこりと下げる。
「ではゆっくり過ごすといい。温泉は日中に入れるぞ。夜間は燃料節約のため灯りを落とすので入浴は出来んが」
「おんしぇん!」
私が思わず叫ぶと、周囲からワハハと笑い声が上がった。私は注目を浴びていたみたいだ。
なんかこの砦の軍人さん達の反応は、エスティナに行ったばかりの頃を思い出させるなあ。普通、軍の砦に幼児はいないだろうから物珍しいのもあるんだろう。しかし皆さん子供好きすぎない?ダレンさんみたいに妻子を置いて単身赴任している人も多いのかもしれない。
国防のために家族と離れて過酷な砦に身を置く姿は、エスティナの人達に通じる所を感じるなあ。
私が温泉に目の色を変えたので、食休みをしたらノアは私と一緒に温泉に行こうとしたんだけど、私がノアと一緒に温泉に入る事はどこから聞きつけたのかお姉さま方に阻止された。
「聞いたわよ。カノンはスタンレーの聖女様で、今の可愛い姿は仮初の姿。あと数日で20歳の女の子になるんでしょ。そんなカノンが男湯に入るなんて、とんでもないわ!」
私の情報、非常に速やかに一般隊員さんにまで共有されていた。まあ、あと数日。早ければ3日後には20歳の私に戻っちゃうだろうから、秘密にしてたらかえって混乱が生じるだろうからね。
そしてそのため、お姉さま方に反論も出来ず、ノアは私をお姉さま方に言われるがままに引き渡した。案の定お姉さま方の手に渡った私は、お姉さま方が気の済むまでしばらく捏ね繰り回される事となる。
「はあー、可愛い。娘の小さい頃を思い出すわ」
「女の子抱っこさせて!うちには息子しか居ないから羨ましかったのよね~!」
「この小ささと重さ。体温の高さと匂い。久しぶりだわ・・・」
お姉さま方は、なんと皆さんお母さま方だった。もうお子さんは全然大きいそうなんだけどね。
私は大人の身体に戻るまで、お姉さま方にチヤホヤとお世話されながら温泉を満喫したのだった。




