クノーテ共和国西方辺境の砦にて 4
やっぱりこの目で見ないと、って所だよねえ。
「かっか。みぎて、いたいでしゅか?あと、むねがくろいもやもや」
「私の右手か?確かに昨年大怪我をして、もう以前のように動かせないが・・・。胸は別に不調はないぞ」
閣下の右手には、黒いもやもやが纏わりついている。胸元には、右手よりも濃いもやもやが状態が固定されたようにピッタリと張り付いている。
「カノン、払って差し上げるのですか?」
「わたちがしぇいじょだってことがわかるでしょ。きじぇちゅしゅるかもだけど、いい?あと、はくりゅうはわたちがおっきくなるまできっとあのままだから、いまはほっとこう」
「ふふふ、そうですね。まずお二人にはカノンの能力をご理解いただいた方が良さそうです」
ノアは笑って、私を抱っこしたまま立ち上がる。
「ヴィゴ閣下。閣下に穢れが少しついているそうです。アストン王とホーン辺境伯もカノンから解呪を受け、心身の健康を取り戻しました。カノンの解呪を受けてみませんか」
「ノア、待て」
そこで閣下の副官のダレンさんが待ったをかけた。
「申し訳ないが、まだ君達の話を全面的に信じたわけでは無い。例え共和国民であろうとも、外部の人間をヴィゴ上級大将閣下に不用意に近づけさせる訳にはいかんのだ。まずは私にその解呪とやらを掛けてもらおうか」
テーブルの向かいに座るダレンさんも立ち上がった。
まあ、聖女の力のデモンストレーションだからね。閣下じゃなくても良いんだよ。
私はノアに抱っこされながらダレンさんの身体を良く見てみる。ダレンさんはカーキ色の軍服を着ているので若干見づらいけどー・・・。ノアにはダレンさんの後ろ側にも回ってもらって、全身を確認させてもらった。
「ひだりあちのおやゆび。あと、あたまいたい?」
「・・・昨年のスタンピードの際、獣と激しく接触してな。左足の親指の骨が粉々になった。あと、不眠症の所為か慢性的な頭痛がある。だから俺の額をずっと見ていたのか?」
黒いブーツの右足の先が異様に膨れて見えたのはやっぱり穢れだったみたい。右足と全然大きさが違ったもんな。粉々になったと聞いて、想像して体がギュッと縮こまった。痛そうー・・・。あとオデコに結構ハッキリ目に、500円玉大の灰色のシールみたいにピッタリ穢れが張り付いてる。だからついつい、ダレンさんのオデコに目が行っちゃってた。ダレンさんも私の視線に気付いてたんだな。私はコックリ頷く。
「シュトラウス少佐、よろしいですか」
「ああ、たのむ」
目の前に聳え立つダレンさんを私は見上げる。
んーまずはオデコからかな。せっかく立ってもらったけど、ダレンさんにもう一度ご着席いただく。そしてダレンさんの隣にノアが立つ。少しノアに屈んでもらえば、抱っこされたままダレンさんのオデコに触れそう。てか、ダレンさん座ったままでもデカい。
「しゃわりましゅねー」
断りながら、私はダレンさんのオデコに触った。そして、幼児の手でダレンさんのオデコをナデナデする。
昨年のスタンピードの時に、足も痛めたのかな。
戦力が半減したってヴィゴ閣下が言った。とても激しい戦いだったんだろうな。共和国には魔法を使える人が居ないのにどうやって戦ったんだろう。軍人さん達の体格はアストン王国民より全然大きいけど。
不眠症という事は、精神的な気持ちの落ち込みとか、ストレスとか相当あるんじゃないかな。閣下の副官だもんね。責任のある地位だし。精神的負荷はとても大きい仕事だろう。
「よーちよち。もやもやなくなって、いたいのよくなーれ」
ほんとは一息に強く願えば一瞬で消えると思うけど、今は魔力も節約しないと一発で気絶も有り得るので。そろりそろりとダレンさんのオデコを撫でながら、少しずつダレンさんが元気になる様に祈りを込める。
私に撫でられて最初は笑ったダレンさんが、最後には目頭を押さえて堪える表情を見せていた。
「まだいたい?」
「・・・いや、すまん。勤務中だというのに弛んでいるな、家族を思い出してしまった・・・。驚いた。頭痛はすっかり無くなった。これは解呪なのか?それとも治癒の魔法というものか?」
「んとー、おいのりでしゅ」
なんか、解呪と一緒に治癒魔法やっちゃったかもな。やっぱり私は魔法を一緒くたに何種類か掛けちゃったりするんだけど、魔力回復のスピードも上がったのでビアンカ様はもうそのままでいいと私に言った。ビアンカ様はかなり早い段階で私の魔術スキルの向上を諦めたもんなー。
「ありがとう、カノン。とても楽になった」
少し涙が目端に滲んでいるけど、ダレンさんはニコリと笑った。穢れは全て消えたようだし、頭痛も治ったなら良かった。
「だれんしゃん。あと、ひだりあち。だちてくだしゃい」
次にダレンさんにはブーツを脱いでもらって、隣に椅子に右足を乗せてもらう。そして私は椅子の上にタオルに包まれたまま降ろされる。またもタオルケットの隙間からちょっと右手だけ出して、ダレンさんの左足の親指辺りに手を当てる。まだ痛むのかもしれないから、足の方もそっと撫でさする。黒いもやはそんなに濃くない。さすさすと撫でていると、解けるようにしてもやは消えてしまった。大怪我をしたのなら後遺症があったんだろうな。良くなりますように。
「おわりまちた」
ダレンさんはブーツを履きなおして、その場で確かめるように足踏みをしている。
「シュトラウス、どうだ」
「はっ。上手く力が入らなかった右足に、以前のように踏み込める力が戻りました。これならば、獣害の発生時にも走り続けられます!」
「そうか。なら次は私だな」
そう言ってヴィゴ閣下はテーブルの上に右手を置いた。
「かっかもはらいましゅか?」
「シュトラウスの様子を見れば、良くなる事はあっても悪くなる事は無いのだろう。どっちにしろ俺のこの右手ではもう銃を持てん。今期が砦で過ごす最後だと思っていた。しかしもし私の右手が回復するなら、カノンの言う事を全面的に信じよう」
おお・・・。やってみるけどね。
行儀が悪いけど、私はテーブルの上、ヴィゴ閣下の右手の横にそっと降ろされた。
「いたいでしゅか?」
「昨年デカいシルバーフォックスに噛みつかれてな。右手が千切れる所だった。今は痛みは無いが、感覚が殆ど戻らなかった」
うぐう、その時の想像はもうしない!
ヴィゴ閣下の右手首にはまるでブレスレットみたいに黒いもやもやが渦を巻いている。
私はヴィゴ閣下のぶっとい手首に両手を置いた。ダレンさんよりも黒いもやが濃いんだよねえ。ちょっと、これにて魔力切れで気絶しちゃうかも。ノアが私の身体をしっかり支えてくれているので後の事はお任せする。
試しに閣下の手首をナデナデしてみても、閣下の穢れはびくともしない感じ。これは一息にやった方が良いかも。私の魔力の残量も多分、ほんとにあと僅かなんだけど・・・。
「きえろ!」
自身の発光による目潰しに警戒して思い切り目を瞑ったけど、気絶まではいかなかった。ヴィゴ閣下の手首の穢れは完全に消えていた。
「・・・これは」
ヴィゴ閣下が自分の右手を持ち上げて、握ったり開いたりしている。感覚が戻ったのかな。そしてヴィゴ閣下を見上げるとなんと、胸元の黒いもやもやが半分くらいにちっちゃくなっていた。
閣下の胸元の穢れは閣下自身の不安とか精神的な物だったのかもしれない。これは残りの魔力でどうにかなるんじゃないかな。
「のあ、かっかのむねのもやもや、ちっちゃくなったから。いまはらうね」
「分かりました。次に聖女の力を使うのは魔力が全回復してからですよ」
幼児退行中の聖女の力の行使は今回限りとノアに約束して、私を抱き上げてくれたノアはヴィゴ閣下の隣に立つ。今度はノアが屈まなくても、手を伸ばせばヴィゴ閣下の胸元に手が届いてしまった。閣下でっか!2.5メートル位あるんじゃないかな。
「もやもや、はらいましゅ」
「たのむ」
ヴィゴ閣下の胸元に失礼して手を当てて、これで最後とばかりに私は思い切り閣下のもやもやの消滅を願った。今度こそ私の視界は白くなって、私の意識はそこで途切れた。
目が覚めた時、またも最高にすべすべした寝具の上でノアに抱っこされて寝ていた。
はあー、この毛皮のシーツは人をダメにする奴だよ。感触が素晴らしすぎてずっと撫でていたくなるもんな。
私が手足をもぞもぞと動かして毛皮の感触を堪能していると、私を抱っこしていたノアがクスクスと笑う。
「のあ、おはよ」
「おはようございます、カノン。この毛皮は解呪のお礼にヴィゴ閣下がカノンに下さるそうですよ。これはシルバーフォックスの毛皮で、ヴィゴ閣下の右手に噛みついた個体だそうです」
おお・・・。そんな戦利品を。
体の下に敷かれた毛皮を見ると、銀色一色の毛並みが美しい。無遠慮に素肌で触れまくっていたけど、凄いお高そう。
「カノンに分かりやすく換算すると、この毛皮1枚でルティーナさんの宿に私達2人が2年は暮らせます」
「うおぉ・・・」
予想通りにお高かった。
「もらっちゃっていいのかなあ」
「閣下のお気持ちでしょうから、遠慮なく受け取ったら良いと思いますよ。そもそもこの部屋は閣下の部屋なのですよ。砦で一番暖かい部屋をカノンの為に一時的に譲って頂いたのです」
「ひええぇ」
このどでかいベッドはそもそもヴィゴ閣下のベッドで、この毛皮はヴィゴ閣下のムートンマットだったのかあ!
「たいへん。のあ、このへやかっかにかえしゃないと。わたち、もうげんきだから」
「ふふ、今回の目覚めはスッキリですね。でも慌てないで先に食事にしましょう。今日は美味しい熊肉の煮込みを作ってくださったそうですよ。閣下も心配しておいででしたから、カノンの顔を見せに行きましょうね」
「おにく」
美味しい煮込みと聞いて、私のお腹がきゅるると鳴る。気絶から目覚めてすぐにまた気絶をしたので、今回は起きてすぐにお腹が減っている。幼児退行中は胃袋も小さいし、一度にちょっとしか食べられないけど、美味しい煮込み!食べたいなあ!
そして今回は、起きた時に私の枕元には可愛い幼児用の冬服が用意されていた。
コックリした色合いの、赤い毛織物のワンピースと厚手の白いタイツ。毛糸で編まれたクリーム色のルームシューズ。白いタイツの上には赤い毛糸のパンツを装着するのだ。これならスカートがめくれてお尻が見えても大丈夫。なんならボリュームのある毛糸のパンツが短めのワンピースから、最初からはみ出している。そういう仕様なんだろうね。分かります。幼女のボリューミーな見せパンは可愛い。
そして何とも気持ちの良い手触りの毛皮のベスト。真っ白くて短毛のサラサラな毛皮だ。これもいつまでも撫でていたい触り心地。見た目も可愛いし、ワンピースの上に着るとちゃんと暖かい。実用的でもある。これに、外出時にはフード付きのしっかり裏地が付いたマントを羽織る。これもちゃんと子供用。マントは上品な濃紺の毛織物なんだよね。めちゃくちゃ高そうですけども・・・。
ちなみにノアは軍人さんの支給品を今はお借りしている。カーキ色のズボンと黒いブーツに白いシャツ。うん、シンプルな服でもいつも通りに滅茶苦茶にカッコいいです。
「しゅごいかわいいねー」
「とてもお似合いですよ」
ノアに抱っこされて運ばれながらも、白いベストを撫でる手が止まらない。ノアに笑われながらも私達は砦の食堂に顔を出した。
すると私達は黄色い歓声に包まれた。




