クノーテ共和国西方辺境の砦にて 3
閣下のテーブルにお呼ばれしたので、私達は閣下と一緒に朝食を取る事になった。庶民が閣下と一緒に食事をするのは恐れ多いと、一度ノアは遠慮したんだけどね。閣下は気にするなと言うし、副官さんも遠慮せずにと言うので、これ以上固辞も出来ずに閣下と同席する事に。
今日の朝食はトロトロに煮込まれた雑穀粥。具は小さく刻まれていて食べやすそう。ノアのプレートは朝からステーキ肉2枚と大盛りマッシュポテト、ニンジングラッセ、そしてロールパンが3個乗っている。それと具沢山のコンソメスープっぽい奴が付いてきた。周囲を見回すと、それでもノアのプレートは軍人さん達の半分くらいの量に減らしてもらっていた。ノアを見ると、無言でニッコリ笑顔。うん、私のお粥も多めだよ。2人で頑張ろう。
しばらく私とノアがせっせと食事をする時間が続いた。閣下は忙しいだろうに、私達が食事する様子を何故か対面で静かに見守っていた。
「ごちしょうしゃまでちたあ」
何とか全部、お粥を食べきった。
お腹はもうポンポコリンだよ。満腹過ぎて、朝ごはんを食べたばかりなのに眠ってしまいそう。
「うん、良く食べられた。意識もしっかりしている。体に異常はなさそうで安心した」
閣下は私の体調の確認をして下さっていたらしい。
「げんきでしゅ」
「うん、そのようだな。私も安心した」
ヴィゴ閣下も髭の所為で年齢不詳だし、口元が良くわからないんだけど目元が優しく弓なりになったので笑ってくれたのだと分かる。しかし軍人さん達、みんなワイルドな髭を顔の下半分に蓄えている。防寒の為なの?やっぱり髭があると違うのかな。ノアは雪国でも奇麗につるりとした顔をキープしているけどね。ノアに髭は似合わなさそうだなあ。凛々しいけど美人顔なのでね。
「ヴィゴ閣下。後で少しお時間を頂けますか。このカノンについてお話があります。白竜にも関わる事ですので」
食事が済んだ後、ノアは大将閣下に話す時間を貰いたいとお願いした。
「・・・よし、今から話そう。部屋を用意する」
ノアの申し出に、ひょいと片眉をあげた閣下はすぐに話を聞いてくれるという。食事の終わった私達は別室に移った。
私達は大きな長テーブルと椅子が置かれただけの会議室に通された。
ノアとは、信じてくれるか分からないけど包み隠さず話をしようと事前に相談していた。アストン王国の王族達のような者が居たら、という懸念はあったけど、このような状況では私達の(特に私の)事情を隠す事が難しいという判断だった。
泣いても笑っても3日後には、私は大人の身体に戻ってしまうのだ。
ここは軍の砦なので、大人に戻った私が不審者だ!と逮捕されたら更に事態が面倒なことになる。そんな不審者がいくら空腹を訴えても、一人前しかご飯はもらえないに決まっている。最悪、ご飯抜きかもしれない。ミンミがビアンカ様から預かっていたマジックバッグ(小)は王都から戻ってきてから私が持つようにしていた。でもそのポーチも不審者なら取り上げられてしまうかも。あの、泣くのも我慢できない飢餓感の中、食事がもらえなかったらと思うと結構な恐怖である。
フルルッと私が体を震わすと、ノアがしっかりとタオルケットを巻き付けて来た。
「寒いですか?カノン」
「何?そんなに小さな体だ、寒さは命に関わる。暖炉の近くにもっと寄るといい」
「今日あたり、子供服を頼んだ隊員が戻る予定なのだが。風邪をひかぬように暖かくしろよ?どれ、白湯に蜂蜜を落としてやろう」
会議室には私とノアの他には、この砦の責任者ヴィゴ閣下、そして山盛りの朝ごはんをくれた閣下の副官のダレンさんの4人だけがいる。
ダレンさんはダレン・シュトラウス少佐という名前なんだけど、サ行の言葉が多すぎて私が噛みまくっているとファーストネーム呼びで、しかも階級省略で呼ぶ事を許してくれた。「娘が小さい頃を思い出す」と私を見て目を細めていたし、今も蜂蜜湯をせっせと作ってくれているので絶対に子煩悩パパなのだと思う。ちなみにダレンさんも例外に漏れず、筋肉と髭を備えた大男だ。まあ軍隊だから、入隊条件に最低限の身長とか体重とかあるんだろうね。
そして蜂蜜湯、あったかー。体全体がポカポカしてきた気がする。
少し蜂蜜湯を飲んで私が落ち着いたと見たのか、ヴィゴ閣下が話を始めた。
「それで、ノア。白竜に関わる話だと聞いたが、アストン王国から我が国にやってきた経緯について何か思い出せたか」
閣下の不思議な言い回しに私がノアを見上げると、ノアが少し眉を下げて微笑みを湛えていた。
「ヴィゴ閣下、荒唐無稽な話に聞こえると思いますが、私達の身の上からお話したいと思います。私達がスタンレーからアストン王国へ出国するに至った経緯と、私達がクノーテ共和国にやって来るに至った経緯をもう一度お話いたします。私とカノンの身元に関しては、アストン王国グリーンバレー領領主、ホーン辺境伯にお問い合わせ頂ければ照会できるかと」
ノアの口からアシュレイ様の名前が出てきて、閣下とダレンさんの表情も真剣なものになった。
そしてノアの長い話が終わっても、閣下とダレンさんはしばらく口を開かなかった。
信じられないかもしれないけど、とりあえずクノーテ共和国の辺境にやって来たのは悪意があっての事では無い事と、私があと数日で大人の身体に戻ってしまう事は理解できなくても受け止めて欲しい所。
「・・・最初にノアから聞いた話と、整合性は取れている」
「白竜に連れ去られたショックによる記憶の混乱だと思っていたのですが・・・」
おお・・・。ノアは多分最初から包み隠さず話したんだろうけど、軍人さん達は白竜に接触した恐怖の余り、ノアは精神的に混乱して認識もおかしくなったと思われたんだね。私に至っては気絶しているしね。よほど怖い目に遭ったのだろうと思われたんだろうなー。
でもノアは頭が良いので、軍人さん達の誤解を逆手に取って、まずは私達が衣食住を保障されて保護される事を優先したんじゃないかなと思う。
まあとにもかくにも、これだけはご理解いただきたい。
「わたち、おおきくなりましゅ」
あと3日したら、目の前の幼女が居なくなって20歳の私が爆誕するんだよ。
私の言葉にノアが真面目な顔で頷く。
閣下とダレンさんは顔を見合わせた。
「わたち、おおきくなったら、いっぱいたべましゅ」
「・・・・・」
「・・・そうなのか」
次の私の発言には、閣下は無言。ダレンさんは口元をゆっくり押さえた。
ダレンさん、笑いを堪えていますね?!
これも本当なんだってば!多分この砦の巨体ぞろいの軍人さん達も引く位の食欲を見せる事になるし!やっぱり私の体の変化と食欲の爆発は実際に見てもらわないと信じてもらうのは難しいか・・・。でも、本当の事を言ったからね!
「カノンがスタンレーで召喚された聖女であることは元スタンレー王国軍出身の私が保証すると言いたい所ですが、今の私はアストン王国辺境で活動する一介の冒険者にすぎません。カノンの魔力が元に戻り次第、私達は速やかにここを出ていきます。お世話になるばかりで何もお返しが出来ませんが、どうかそれで今回の不法入国についてはお許し頂きたいのです。フェンリルの穢れを取り払うという私達の最大の目的は達成していますから、後は白竜と共にアストン王国へ戻ります」
「フェンリルの穢れ、とはな・・・」
ヴィゴ閣下は考え込んでる。
「ノア。我がクノーテ共和国には、魔力を持つ者は生まれない。カノンが持つという不思議な力を行使できるものなど一人もいないし、フェンリルの穢れという物を認識できる者も居ないだろう。だがな、50年動きを見せなかったフェンリルが、白竜の襲来後、これまでの不動の状態が嘘のように白竜と戦い続けている。何かフェンリルに変化が起こった事は認めざるを得ないな。そしてノア、今はまだ砦から距離があるが、白竜とフェンリルの戦いはこれからどうなる。我々の戦力は昨年のスタンピードの所為で半減しているが、もしも砦にあの2匹が向かってくるのであれば、全員が命を投げ打ってでもこの砦で白竜とフェンリルを止めねばならない」
何やらヴィゴ閣下が悲壮な覚悟をしている。
それに、昨年のスタンピードって。
クノーテ共和国にもスタンピードが起こっていたんだ。
私がスタンレーで聖女の結界に魔力を補充して強化してしまった事と、スタンピードの発生はやっぱり関係があるのかな・・・。
でも今回の白竜とフェンリルに関してはきっと大丈夫なんだけど。あれは傍から見ると、ノアの指摘通りじゃれ合っている感じがするんだよねえ。
でもこの感覚は私達が白竜を知っているからこそ感じるもので、ヴィゴ閣下達にとっては多分、昨年のスタンピード以上の深刻な危機が目の前にあるのと変わらないんだろうな。
「かっか、はくりゅうはいいりゅうでしゅ。しょれと、ふぇんりるははくりゅうとともだち。いまは、んとー、ちょっとなにちてるかわかんないけど、はくりゅうはにんげんをこうげきちないからね」
私が頑張って言い募るも、閣下とダレンさんは困ったように微かに目元に笑みを湛えた。思いっきり幼児に対する愛想笑いですやん。ヴィゴ閣下とダレンさんの不安を払拭しようと言葉を重ねるも、幼児言葉で要領を得ないし、完全に失敗したなこれ。
砦の皆さんを不安にさせてしまってほんとに申し訳ないんだけど、遠目に見て白竜はフェンリルの様子を見ながらじゃれ合っている感じ。放っておいても1カ月は今の膠着状態が続くんじゃないかな。
なのでまずは私の魔力が全回復してからだけど、一度白竜から話を聞かないとなー。
「かっか。わたち、おおきくなったら。ここにはくりゅうよんでもいいでしゅか。はくりゅうから、いろいろおはなちきかないと」
「・・・・白竜を呼べるのか」
「たぶん?でも、わたちがおおきくなったら、はくりゅうがわたちをみちゅけて、よばなくてもむこうからここにくるかもー。・・・しょうちたら、ふぇんりるもくるかも?」
閣下とダレンさんは表情を強張らせた。
もっと言うとエスティナの時と同じように、魔力が全回復した私を目掛けて穢れに侵された大型獣達が砦に押し寄せる可能性もあるんだよね。多分狂暴化した獣達については白竜がキュッと握っては絞め、握っては絞めしてくれると思うから大丈夫。もちろん私からも砦を守ってくれるように白竜にお願いするし。でも閣下とダレンさんの顔色が青いので、この件はまだ黙っておこうかな・・・。
「白竜は知能も高く、カノンと意思疎通が取れます。アストン王国王都にやって来た時も、カノンの願いを良く聞き、ホーン辺境伯邸の庭に大人しく1週間程滞在したのです。カノンが居るこの砦に危害を加える事はまず無いでしょうし、フェンリルに関しては白竜の方が体格、重量的にも力が上でしょう。白竜がフェンリルを押さえるでしょうし、いざとなれば私がフェンリルを仕留めます」
ノアが言っているのは大言壮語じゃないんだけどね。閣下達に比べたら華奢な部類になるだろうノアから言われても、閣下達もやっぱり半信半疑の様子だ。




