クノーテ共和国西方辺境の砦にて 2
「私達は白竜と一緒にこの地にやって来たと、最初に嘘偽りなくお伝えしたのです。でもカノンが白竜と意思疎通が出来て、私達が自ら望んで白竜に乗ってやって来たとは普通は思わないでしょうね」
「ごかいしゃれちゃったの」
「まあ、そうですね。ですが、白竜は都合により結界を張る余裕がなくなりまして。私も気絶したカノンを、安全に休める場所へ運ぶ事を優先しました。白竜が砦で観測されて、共和国軍も時を置かずに近くまで偵察にやって来ていたのです。そして私達があり得ない程にこの厳寒の地で薄着だった事と、カノンが気を失っている事で碌に取り調べも受けずに保護されました」
「しょうだったんだ」
保護された形になったのは良かったけど。
そもそも、どうして私達はエスティナに帰れなかったのかな?
「それで私達がエスティナに帰れなかったわけですが、白竜が今、少し・・・取り込み中なのです」
「んん?」
ノアも何だか、説明に困っているように少し眉毛を下げた。
「実際に見てもらった方が早いかもしれませんね」
ノアはそう言うと、ベッドの上から私を抱き上げた。
共和国軍に保護された私達の部屋はきっちりと組まれた石壁の部屋で、暖炉には火が入っているし、部屋全体が物凄く温かい。部屋の窓は嵌め殺しみたいだけど、窓ガラスが嵌まっていて、外の様子が見る事が出来るようだ。
ノアは私を抱っこしたまま窓に近づいた。
窓の外は見下ろす限りの森が広がっている。これはエスティナから地続きに繋がるゴルド大森林の北部なんだろうね。冬でも緑色の木々に雪化粧がされている。絵にかいたような針葉樹林だ。私達の部屋は3階にあるという。
「あちらが、私達が降り立ったフェンリルがいた山の方角なのですが・・・・」
ほおー、あちらにフェンリルがいた禿山がと思ってノアが言う方角に目線を動かした。
そこには下半身が樹木に覆われた、お座りをしているらしい白竜が居た。禿山じゃない、別の山かな?距離的に、白竜が私の握りこぶしくらいにしか見えないから、結構な距離は離れていると思う。
「はくりゅう、いた」
「はい。それと、フェンリルもいます」
白竜を眺めていると、白竜の対面に白い大きな四つ足の獣が立ち上がった。
でっか!
四つ足の獣が後ろ足で立ち上がると、なんと白竜を上回る位の高さになった。あれがフェンリル?確かに黒い穢れの塊は白竜と同じ位のサイズ感はあったよね。
そのバカでかいフェンリルが後ろ足で立ち上がって白竜に覆いかぶさろうとした、そんな感じに遠目では見えた。するとお座りしていた白竜も後ろ足で立ち上がった。白竜の体高も少し高くなった。そして白竜とフェンリルは相撲の取り組みのようにがっぷりと抱き着き合った。
「・・・なにちてるの?」
「・・・なんなのか分かりませんが、カノンが寝込んでから三日三晩あの調子です。あの2匹がこの砦にあまり近づきすぎると、軍としても対応せざるを得ないでしょうね」
窓越しに2匹を見ていると、下半身の力に勝るっぽい白竜が両足を踏ん張り、小さな前足でフェンリルを掴んで投げ飛ばした。まさに相撲で力士が相手を投げ飛ばすかのよう・・・。
針葉樹林に消えたフェンリルは、再び飛び上がって白竜の頭に覆いかぶさるように落ちた。すると、軍の砦の中だというこの部屋がビビビと細かく揺れて振動音が響いた。
「白竜が咆哮を上げる度に振動が砦に伝わってきますね」
さっきから時々ビビビって家鳴りみたいに震えていた原因は白竜だったのかー。そう思うと、微かに咆哮も聞こえるかな?と言う気もする。
「白竜を見る限りは、本気で戦っているようには見えないのです。白竜が本気になれば、空から滑空して一撃でフェンリルの命を奪うでしょう」
確かに。白竜は再びドシーンと山の上に座り込んで、飛び掛かってくるフェンリルを受け止めている。
「カノン、白竜は何か言っていませんか?」
「ううん・・・。いま、はくりゅう、わたちにはなちてないから、わかんないねぇ」
これ、今気付いたけど、白竜が咆哮を上げていても何を言っているのか分からないんだよね。
ひょっとしてなんだけど、白竜が私に会話のチャンネルみたいなものを合わせてくれた時に、私と白竜は意思の疎通が出来るんじゃないかなと思う。
何でそう思うのかと言うと、白竜とレパードとの意思疎通場面を思い出したから。
白竜がレパードにガオーと鳴き声をあげていた時、私には白竜がなんて言っているのかそういえば分からなかったんだよね。その時は余裕も無くて疑問に思わなかったんだけど、白竜は話す相手によって言葉?を使い分けているのかなーと思う。
「カノン側から呼びかけたらどうでしょうか」
「ううーん」
それもどうかなあ。
今、私の魔力は幼児退行を起こす程に減ってしまっている。白竜が言う所の命の息吹が全く満ちていない状態。この状態だと白竜は私を見つけられないみたいなんだよね。そんな状態の私が呼びかけて、白竜に私の声が届くかどうか。
「わたち、ちっちゃいとはくりゅうみちゅけられない。あと、はくりゅうがとりでにきたら、ぐんがはくりゅうこうげきちないかなー?」
「・・・それもそうですね。白竜に呼びかけるのは、この砦の人達に相談してからにしましょう。昨日から今日まで、白竜達には変化がありません。一日の半分はお互いに距離を取っていますが、後の半分は思い出したかのように、あのような感じで取っ組み合いをしているのです。あと何日このまま膠着状態が続くか分かりませんが、取り合えずカノンは自分の魔力の回復を優先しましょうか」
「しょうだねー」
私が幼児退行を起こしてから今日で5日目。
気絶するほどの魔力の枯渇だったんなら、大人の身体に戻るのは3日後かな。そしてそれから私の食欲が爆発する期間が3日間続く。大量に飲み食いしてからの気絶を3回繰り返してやっと私の魔力が全回復するはず。
「わたちがおっきくなるって、みんなわかってる?」
「一応、説明をしたのですがね」
苦笑するノアに抱っこされ、私はタオルケットに包まれたまま砦の食堂へと向かった。
クノーテ共和国の砦は歴史を感じさせるような堅牢な石造りの建物だったんだけど、暖炉がある部屋はともかく、廊下も暖かかった。
「あったかいねえ」
古い建物だけど廊下には等間隔でガラスが嵌まった窓があって、吹雪始めた外の景色が見える。外はめちゃくちゃ寒そうだ。
「配管に地熱で温まったお湯を巡らせて、砦全体を温めているのだそうですよ。私も予想外の屋内の快適さに驚きました」
「しゅごいねー」
キョロキョロと周囲を見回すと、廊下の両端に鉄の配管がずっと張り巡らされている。ええー、凄い。地熱を使った暖房だなんて、めっちゃエコだね。火の気もない廊下なのにとっても温かい。雪が舞い散る雪国に居るなんてとても思えない。
ノアもエスティナの冬着位の厚手のシャツ1枚の姿だし、昨日私の周りでワイワイ言っていた大男達なんて、素肌の上に筋肉丸わかりの薄手のシャツ1枚な感じだった。
「砦の中はどこもかしこも暖かで、共同浴場では温泉に入れるそうです。あとで入りに行きますか?」
「おんしぇん?!」
アストン王国では温泉があるって話は聞かなかった。
「はいりたいいぃ!」
「わかりました。食事を済ませてから行ってみましょうか」
興奮のままに思わず身を捩らせると、ノアが笑いながら私をゆすり上げて抱っこし直した。
お祖母ちゃんの田舎は東北の温泉郷だったんだよ。帰省した時は、お祖母ちゃんと日中に温泉に入りに行くのが楽しみだったなあ。
温泉が楽しみ過ぎてジッとしていられない私を宥めながら、ノアは砦の食堂へと入った。
そこには昨日と同じく、盛り上がる筋肉を薄手のシャツに包んだむくつけき10人以上の大男達がいた。クノーテ共和国の軍人さん達だったんだね。
「おはようごじゃいましゅ!」
「おはようございます」
挨拶は基本なのでね。大きな声を出しておく。
昨日は睡魔の余りメロメロで失礼したけど、今日はしっかり挨拶すると、髭の大男達は目を細めてみんな笑顔で挨拶を返してくれた。
「今日は元気だな」
「はい」
「今日も粥か」
「はい」
「寒くないようにちゃんとタオルに包まっておけ。服は今日あたり手に入るだろう」
「はい」
食堂を奥に進んでいくと、あちこちから声が掛かる。
そのすべてに返事を返しながら食堂の奥に運ばれていくと、最奥のテーブルに並み居る大男の中でも更に一際でっかい人が4人掛けのテーブルを一人で占領していた。
凄い。人間ってどこまで大きくなれるものなの。もしくは、人間じゃないの?
エスティナでもケネスさんとか2メートルは越えてたけど、同じ人間だよなって思えたよ。目の前の人はケネスさんよりも上半身だけ見ても一回りは大きい・・・。
大男だらけの軍みたいなので、四人掛けのテーブルは普通よりも規格が大きそうなんだけど、それでもこの人には一人分のサイズ感になっている。
「ヴィゴ閣下。カノンが目覚めました。私達がこの地で健やかに過ごせるのも、全て閣下のご配慮と采配のお陰です。本当にありがとうございます」
「うん、意識が戻って本当に良かった」
「カノン、こちらはヴィゴ上級大将閣下です。この砦の最高責任者でいらっしゃいます。不法入国してしまった私達を快く保護して下さったのですよ」
「ありがとうごじゃいまちたー」
ノアからの紹介を受けて、私はノアに抱っこされながらだけど大将閣下に深々と頭を下げた。この方、めちゃくちゃ偉い人だったー。
当初の予定はヒット&ラン的に、穢れを払ってすぐにエスティナに戻る予定だったし。北山という白竜の情報だけだったので、北国のどの辺りかも分からなかったし。正規の手順で入国手続きしている余裕も無かったし。
言い訳はいくらでも言えるんだけど、私達が不法入国してしまったのには変わりない。
しかも断りなく白竜で乗り付けて、砦にバッチリ白竜の襲来を観測されていたし、砦は白竜の襲来にさぞ驚いただろう。ほんと、ごめんなさい。
「良い子だな。しっかり食べて休んで元気になれよ」
それなのに、ヴィゴ閣下は私に優しく微笑んでくれた。
閣下と挨拶を交わしていると、閣下の副官と言う人が私とノアの食事を運んできてくれた。大男の皆さん、ほんとに親切で優しい。




