クノーテ共和国西方辺境の砦にて 1
非常にぽかぽかしていて、気持ちいい。
・・・眠いなあ。
手足を動かすと、なんかすごい、ずっと撫でていたいような素晴らしい感触がする。それが体の下全面にある。なにこれ。気持ちいい。
眠くて目が開かないけど、手足に触る気持ちよい感触を確かめるために私は両手両足をジタバタと動かした。すると、隣から忍び笑いがクスクスと聞こえた。
「カノン、起きましたか?」
ノアが隣で笑いながら私の身体を抱き寄せる。私はすっぽりとノアの懐に抱き込まれる形に。いつもの、ノアの良い香りがする。
「ねむぃ、でも、きもちい・・・」
ノアの胸元に顔を押し付けてノアの香りを思い切り吸い込みながらも、素足に触れるすべすべの感触が気持ち良すぎて足のジタバタが止まらない。
「ふふふ。本当に素晴らしい毛皮ですねえ。エスティナに戻る時は是非買って帰りましょう。冬の間、この毛皮をベッドに敷いたら起きられなくて困るでしょうか」
笑いながらノアが私の頭にキスの雨を降らす。
ふふ。微睡んでいる時に、ノアが頭にキスしてくれるのが、すごく好きだ。でも、毛皮だったのかあ。
手足に触れるのはピーカの毛皮みたいな、ボア調のフワフワモコモコとは全然違う感触。スルッスルでスベスベなのだ。ピーカの毛皮は見た目も可愛いし好きだけど、この毛皮はいつまででも撫でてられるなー。私達の宿のベッドにもこんなの敷いたら、冬の間はもうベッドから出たくなくなるかも。
・・・エスティナに戻る時は、って言った・・・?
「・・・のあ、ここ、どこ?」
私の目はまだなかなか開かないけど、頑張って起き上がろうと、ノアの服を掴んだ。
「まだ眠そうですが、せっかく目が覚めましたし。少し何かお腹に入れましょうか」
ノアは私を懐に抱き込んだままベッドの上に起き上がる。私達の上に掛けられていた寝具をそのままクルリと私の体に巻き付けて、ノアは私を抱いたまま立ち上がった。それからノアは何処かへ向けて歩き出す。
ふあー。スベスベの毛皮も気持ちよかったけど、良い香りがするノアの腕の中も、猛烈に眠気を誘う場所だよ。私を抱きながら歩くノアから伝う振動も良い感じで眠くなる。ハッキリしつつあった意識がまたトロトロと溶けていく。
「カノン、起きられますか。甘くて美味しいですよ」
「・・・・・」
唇を、何か暖かい物がグイと押し下げて、口の中にじんわり甘味が広がった。鼻先をふんわりといい香りが掠めたので、確かめるように鼻から息を吸い込む。
口を少し開けば、トロリと蕩ける甘い塊が口の中に入ってきた。
美味しい。
半目を開くと、私の口元には甘い匂いがするスプーンが差し出されていた。条件反射で口が開くと、丁度よい量のミルク味のパン粥が口の中に入ってきた。
「おお、目が開いてすぐに食いついたぞ。逞しいな」
「こんなに小さいのに、食べ物に食らいつく力強さがある」
「うむ、意識が戻り、本当に良かった」
半眼でスプーンに齧りついていると、ワイワイと周囲が騒がしい。
「・・・・・」
もう少し頑張って目を開けると、視界を塞いでいたまつ毛も上がり、周囲の状況が目に入ってきた。
私を抱っこしている相手を見上げる。すると微笑んでこちらを見下ろしているノアと目が合う。うん、ノアだった。もう一度顔を元に戻す。
私は見知らぬ場所で、ノアに餌付けをされていた。
そして私とノアの周囲には、私を覗き込んでいるむくつけき大男達が4、5人程いた。・・・どういう状況なの。
ポカンと開いた私の口に、ノアがスッとお粥を掬ったスプーンを差し込む。
私がパン粥をもぐもぐと咀嚼して飲み込む様を、何が面白いのか大男達は頷いたりしながらジッと見つめて来る。みんな同じくらいにでっかいし同じ金髪碧眼。更にみんな髭面で全然見分けがつかない。この部屋はとても暖かいからか、みんな薄手のシャツを身に付けているけど、その下の筋肉が物凄く盛り上がっている。エスティナの筋肉自慢のオジさん達と良い勝負の筋肉だ。体がとにかく大きいし、筋肉半端ない。只者ではない感じ。
「・・・にく」
だめだ、眠くて思った事が口から出た。
「肉だと?」
「やはりパン粥だけではな。肉も用意しよう」
「スノーベアーの塊肉があっただろう。ステーキにしてやろうか。食べれば血肉になるからな」
私のぼんやりとした呟きに、むくつけき大男たちがヤイヤイと話し始める。
「皆さん、お気持ちだけ頂きます。3日ほどカノンは寝込みましたので、まずはパン粥か雑穀粥からですよ。少しずつ食べられるようになりますから」
「そうなのか」
「ならば煮込みを作らせるか。柔らかい肉なら食べやすいだろう」
「よし、1カ月前から熟成させていたとっておきがある。今から仕込むぞ」
そう言って、むくつけき大男達のうち3人が部屋を出て行った。
なん、何なの。
「良かったですねえ、カノン。クノーテ共和国の煮込み料理は、素材の味を生かした優しい味です。カノンもきっと好きですよ」
ノアは、周囲の大男達の言動に構わずに私にパン粥のスプーンを差し出してくる。
食べるけども。
ノア、クノーテ共和国って言った?
私は残っている大男2人を横目でチロリと見た。
「そうか。我が国の味を気に入ってくれると良いのだが」
「食べやすいように良く煮込んでやろう」
大男の2人が私を見て二ッと目を細める。
2人とも髭の所為で年齢不詳だ。
うーん、クノーテ共和国って聞かなかったら、髭の巨人の国にでも来てしまったのかと思うとこだった。みんなノアより体の幅と厚みが倍くらいあるんだよ。立ち上がった大男たちは背が高すぎて、顔が凄く遠くに見えた位だった。みんな長身の所為なのか、この部屋の天井もめっちゃ高いなあ。
残った大男2人が交互に話しかけてくるんだけど、2人とも髭の所為で人相が良く分からないながらも目元が笑ってるし悪い人達では無さそうなんだけど。
そして2人に気を取られている間にも、ノアがせっせと私にパン粥を食べさせてくる。お腹が一杯になったらもう、この幼児体では睡魔に勝てない。
「もじゃもじゃ・・・」
髭が。一言で髭と言っても、クルンクルンの髭と直毛と、曲線を描く髭と、部屋を出ていった3人の大男を見ただけでも髭はバラエティに富んでいた。目の前の2人の髭は更にそのどれでもなく、細かくくせがあるモジャモジャ系だなあと思った所で私の意識はストンと落ちた。
次に目覚めた時、また同じく素晴らしい感触のムートンシーツの上に私は寝ていた。もちろんノアの添い寝付きで。
「おはよう、のあ」
「おはようございます、カノン。今日の調子は良さそうですね」
「うん」
私がベッドの上に起き上がると、私の肩からずるりと厚手の毛布が落ちた。そして、私の格好は幼女のサマースタイルのノースリーブワンピースとかぼちゃパンツだった。
「私も慌てていましたね。大人サイズのカノンの防寒着に気を取られて、子供サイズの冬服まで気が回りませんでした。今、子供服を手配してもらっていますので、少し待っていてくださいね」
服には私も気が回らなかったなあ。
幼児退行して気絶コースって予測していたのに、うっかりしてた。ノアのウエストポーチに私の子供服の着替え一式が夏用だけど入っていたので、素っ裸で過ごす事はどうにか回避できたのだった。
真夏のエスティナ仕様の私は厚手のタオルケットに全身をくるまれて抱っこされた。
タオルだ。
この世界でタオルは初めて見る。アストン王国では、アシュレイ様のお城でも顔や体を拭く布は柔らかいガーゼ地を二重にしたみたいな奴が高級品扱いだった。
「このタオルという物は、肌触りが良いですね。エスティナに帰る時はお土産に沢山買って帰りましょう」
それはみんな喜びそうだけど。
「のあ。ここは、くのーてきょうわこくなの」
「はい」
クノーテ共和国とは、スタンレー王国を挟んで、アストン王国からずっと北にある国だ。大陸の西半分、南北に広がるゴルド大森林に接している国は3つあって、南からアストン王国、スタンレー王国、クノーテ共和国と並んでいる。
間に挟まれているスタンレー王国の国土は、アストン王国とクノーテ共和国の10分の1程度。スタンレーはそんな小国なのだけど、聖女の結界のお陰でここ数十年、獣害の被害を受ける事が無かった。
しかしゴルド大森林に接しているアストン王国とクノーテ共和国は、凶暴化する大型魔獣の対策に長年頭を悩ませているという話を聞いている。
そんなクノーテ共和国に私とノアは居る。
何をしにこのクノーテ共和国に来たのかと言うと、白竜の古い知り合いの穢れを払うためだった。私はじわじわとここに至るまでの事を思い出し始めた。
「はくりゅうは?けがれは?ふぇんりるのけがれはなくなった?はくりゅうはどこ?ここはなんなの?」
思い出すと同時に疑問が爆発した。
予定では、パッと穢れを払ってパッと帰るんじゃなかったっけ?
どうして私達はまだエスティナに帰っていないのかな。
タオルケットにくるまれた私は、向かい合わせでノアの膝の上に乗せられた。
「まず、順番に説明しますね。フェンリルの穢れに関しては、私は穢れを見る事が出来ないので払えたかどうかはわかりません」
「おぅ・・・」
それはそっか。アストン王国では、私とビアンカ様とオーガスト様しか穢れを見る事が出来なかったもんね。
「ここ・・・って、なに?」
「ここはクノーテ共和国西方、ゴルド大森林内の軍部の砦です。私達は白竜に連れ去られてアストン王国からクノーテ共和国にやってきた一般人として保護されています」
「ちゅ、ちゅれしゃられて・・・」
それは思ってもみない展開だった。




