平穏の地を手に入れるために 6
「おなか、いっぱい」
「・・・そうなのですか?」
困惑しているノアの背後に、黒い塊がドシンと落ちて来た。
「カノン、大丈夫か!!」
黒い塊はミンミをおんぶしたビアンカ様だった。ビアンカ様はミンミを背負った上で白竜の身体を駆け上がって来たらしい。しかもビアンカ様、今日も黒いドレスとピンヒールなんだよ。ビアンカ様も十分人間離れしていると思うんだよね。
「カノンちゃん!お粥食べる?!鍋ごとあるから!」
ミンミとビアンカ様がこちらに駆けよってきて、ミンミはポーチから大きい寸胴鍋に入った雑穀粥をずるりと取り出した。ほんとにお粥を持ってきているとは。その準備の良さにビックリだよ。
「ありがと。みんみ、びあんかしゃま。でもね、おなかもういっぱい」
「なに?」
「何でっ?!」
ミンミとビアンカ様も驚いている。
白竜に何かしらの制限を解除してもらってから、私は魔力回復スピードが数十倍アップするのと引き換えに、魔力が回復する間爆食しないと泣くほどの飢餓感に襲われるという難儀な身体になってしまっていた。だから私自身もみんなも、幼児退行を起こしたら小さな口で爆食をする羽目になるという、更なる苦行が待っていると想像していたんだけど・・・。
「ふむ」
ビアンカ様が私の頭をワシっと掴んだ。
「魔力の動きはほぼ無いな。魔力が殆ど、全くと言って良い程回復していない。まるで以前のカノンに戻ったようだ」
「それは、また魔力の回復スピードが以前の様に落ちたという事ですか?」
「何とも言えん。また様子見だな。ともかく大人の身体を維持できぬほどに魔力を消耗したのだ。これからしばらく食べられるだけ食べて、好きなだけ寝ろ」
「はい」
久しぶりに聞くビアンカ様の「良く食べ良く寝ろ」だ。
ビアンカ様は私の頭を揉みながら、優しい顔で笑った。
「カノン、感謝する。完璧な解呪だった。お前はアストン王国を救った白竜の大聖女だ。自分が成した偉業を誇るが良い」
「おお・・・」
白竜の大聖女て。
ビアンカ様の口から非常に中二病臭い二つ名が飛び出した。
とにかく、今の所は飢餓感と爆食の苦行に苦しめられる気配は無し。
私達は客席から階下の競技場へと白竜の身体を伝って降りた。
「カノン!大丈夫か!」
サージェ先生とジュリアン王が駆け寄ってきて、心配そうにノアの腕に抱かれた私の顔を覗き込んでくる。
「食事を取らなくて大丈夫なのか?」
「だいじょうぶでしゅ。おなか、へってない」
みんなに空腹具合を心配される私。
ほんとに不思議な事に今は全く空腹を感じないんだよねえ。
「つくづくカノンは興味深い。一体どういう仕組みになっている」
サージェ先生が生物学者の顔でこちらを観察してくる。ほんとにね。どんな体の仕組みになっているのか私も知りたいよ。
「聖女の気配が消え失せたが、聖女カノンはそこに居るのか?ジュリアンの傍か」
オーガスト様がジュリアン王を頼りにこちらまで歩いて来る。
ジュリアン王がオーガスト様の手を引き、私の近くまで誘導する。
私を探すようにオーガスト様の手がふわふわ彷徨っていたので、私からハシッとオーガスト様の手を捕まえに行った。
「なんと」
驚いたオーガスト様が目を見開いた。瞳孔の無い、オーガスト様の白い瞳が再び現れる。よく見ると、金色にも見えるかも。不思議な色合いの瞳だ。
「なんと・・・。聖女カノンよ。そのような儚い様子になってしまって。無理を押して解呪に挑んだ代償なのであろうか。儂は、なんと惨い事を頼んでしまったのか」
オーガスト様が金色の瞳に涙を浮かべたので、私は慌ててオーガスト様の誤解を否定する。白竜と同じ反応になっちゃってる。
「だいじょうぶ!だいじょうぶでしゅよー!ちゃんとたべてねたら、わたちのちから、もとにもどるからね!おっきくなるから!おとなにもどるよー!」
「オーガスト老、カノンの命に別状はない。カノンは魔力が枯渇すると幼児退行を起こすのだ。命を守るための防衛反応だから、いずれ元の身体に戻る」
「なんと、そのような事が・・・・。その超常の力は、女神フォルニに愛されし聖女である証であろうか・・・」
オーガスト様は驚きつつもビアンカ様の説明に安心したようだった。お爺さんを驚かせてしまったなあ。私はごめんねの気持ちでもって、オーガスト様の手をニギニギと握る。
「フォフォ。これ、魔力が枯渇間際だというに儂の心配をせんでもよい。聖女カノンよ、労わりの気持ちが儂に流れ込んで来るぞ。聖女とはまこと、慈悲深いものだのう」
オーガスト様は私の身体を確認するように手から肩に触り、ほっぺを撫でて、頭に手を乗せてから一つ頷いてその手を引いた。
「聖女カノンよ、此度の事、深く感謝する。そなたはアストン王国の国難を見事退けてくれた」
「どういたちまちてぇー」
競技場をぐるりと見渡せば、王族のボックス席付近ではぐったりしている人もいれば、何が起こったのか分からず戸惑った様子の人もいる。王族達3人は全員気を失っているようで、衛兵達が走り回っている。
穢れを認識できるのは私とビアンカ様、そしてオーガスト様だけだ。だから今回の件は、第一王子が乱心したって感じに収められるのかな。傍から見れば私がした事なんて、誰にも分からないもんね。
「おーがしゅとしゃま。おいちいごはんとおかち。やくしょくだからねぇ」
「フォー」
またも私の発言がオーガスト様のツボに入ってしまったらしい。ご飯とお菓子の約束してるんだから、そこは守って欲しいな。こちとら、慈善事業じゃないんですからね!
オーガスト様はさっきまで目をウルウルさせていたのに、今は引き笑いが続いている。感情豊かな方だなあ。
「ジュリアン王、ここから先はお前の仕事だ。私達はもう帰るぞ。カノンを休ませねばな」
ビアンカ様がジュリアン王に別れの挨拶をする。
競技場はバタバタとあちこちで騎士達が走り回っていて、まだまだ事態の収拾は先になりそうだった。
「ああ。ビアンカ、世話になった。カノン、ノア、皆も。此度の助力、心より感謝する。俺はお前達が安心して暮らせる、より良い国を目指すと誓おう」
「ジュリアン王、私とカノンはエスティナに帰っても構いませんね?」
「もちろんだ!だが、時々は王都に遊びに来い。俺を王にしてくれたお前達に、俺は生涯の友愛を誓おう!」
「それは結構です。もう私達に構わないでください」
ジュリアン王に言質を取ったノアは、ジュリアン王からの友達認定は素気無く拒否した。
「ははは!照れるな照れるな、わが友よ!」
けれどジュリアン王もノアの塩対応にへこたれない。
ノアって奔放なタイプには最初素っ気無いんだよね。アシュレイ様にもビアンカ様にも最初はそうだった。でもいつの間にか、ノアはアシュレイ様ともビアンカ様とも良い感じで信頼関係を築いていた。
なので、強引にノアの垣根を突破してきそうなジュリアン王とも、なんだかんだと言いながらお付き合いが続くんじゃないかなー。そんな予感がするのだった。
最初の予定からだいぶ狂ってしまったけど、やるべき事も無くなった私達は、アシュレイ様のタウンハウスへと戻った。
そしてアシュレイ様の屋敷には、小さくなった私を連れて森に帰りたがった白竜と、白竜が元の森に送り届ける予定のレパード親子も一緒に付いて来てしまった。
そうして悲劇というか、事件が起きたんだけど。
グリーンバレーの領主のお城と違い、優雅に整えられたアシュレイ様のタウンハウスの庭では、白竜とレパードの親子が過ごす事になった。そしてホーン辺境伯の整えられた庭のど真ん中で、白竜は自分の寝床を作るために尻尾で30メートル四方を薙ぎ払ってしまったのだった。そのため、可愛い噴水も、お洒落なガゼボも全てが瓦礫と化し、庭の隅に押しやられてしまった。
アシュレイ様には、白竜はいたずらに人里で破壊行為を行わないと説明した。けれど、白竜は自分が必要と思った破壊行為は躊躇なく行うと、今回私達人間に教えてくれた・・・。白竜は悪気があった訳じゃないんだよね。ただ単純に、自分が寝っ転がる時に、可愛い噴水とオシャレなガゼボが邪魔だったんだよね・・・。
自分の身体にジャストフィットする更地を作り出すと、白竜は満足したようにゴロンと体を横たえたのだった。
私はアシュレイ様に平謝りした。
そんな私にアシュレイ様は仏様のような穏やかな顔で気にするなと言ってくれた。本当に、ご、ごめんなさい。
それから私は、以前と変わらぬ幼児退行期を過ごした。気絶までには至らなかったので、わりと元気に日中を過ごし、ノアとミンミ、ビアンカ様とベル様にちやほやと世話をされ、庭に居る白竜とレパード親子と交流したりしていた。
そして、5日経って私が大人の身体に戻った時に食欲が爆発した。
周囲の手厚いサポートの中、私は暴飲暴食の限りを尽くした。体が欲するままに食べ続けては気絶するように眠るを繰り返し、私の魔力は全回復した。
これにはビアンカ様もサージェ先生も「良くできた仕組みだ」と感心していた。そんな訳で、幼児退行を起こした時は以前と変わらない魔力回復スピードで、幼女並みの食事で済むという事が分かった。何という親切設計か。本当によくできている省エネモードである。
そして私の身体が元に戻った事に安心した白竜は、レパード親子を大森林の北部へ送り届けるために王都を去った。白竜の背中にレパード親子が乗り、白竜は親子が落ちないように結界を張ってから北へと飛び立っていった。白竜は器用に色んな魔法が使えるんだなーと、みんなで驚き感心しながら北に飛び立つ白竜を見送った。
白竜は去ったけれど、ホーン辺境伯家の庭師は白竜がくつろげる庭を目指すと庭造りを頑張っている。
ホーン辺境伯のタウンハウスは白竜が休む庭として王都で大評判となり、訪問希望が殺到し、これまで以上にホーン辺境伯は王国内で重要視されるようになった。お座りした体高が30メートルある白竜は、アシュレイ様のタウンハウスから遠く離れていても、王都中どこからでも良く見えたのだという。だろうねー。
そして白竜の大聖女と、その聖女を守るグリーンバレーの勇者が懇意にしているホーン辺境伯には夜会の招待が殺到し、領主夫妻は大忙しとなった。
その中で、聖女と勇者に取次ぎを頼まれる事が相次いだので、私とノア、ビアンカ様は一足先にグリーンバレーに戻る事にした。アシュレイ様が断り切れない相手もあるんじゃないかと心配だったんだけど、ジュリアン王がホーン辺境伯に無理強いは許さないと王都の貴族達にお達しを出してくれたのだそう。なもんで、アシュレイ様も高位貴族からの打診も遠慮せずバッサバッサとお断りしてくれてたそうなんだけど、私とノアが王都に居る限り、アシュレイ様の近辺も騒がしいままだからね。
そんな事情もあり、私とノアとビアンカ様はとっととグリーンバレーに帰ろうという事になったのだった。




