平穏の地を手に入れるために 4
「よし、まずはこのレパードを助けるのだな。では役割分担をしようか。ノア、槍はレパードに4本刺さっている。私とノアで2本ずつ、一気に引き抜いた後、カノンが一気に治癒魔法をかける。4度痛い思いをさせるより、その方が良かろう」
「分かりました」
「ミンミ、お前はカノンが治癒魔法を行使後、速やかにカノンに食料を渡せ」
「了解です!」
ビアンカ様は各自に指示を出してから、檻の外に飛び出した槍2本をグッと掴んだ。
ノアは足取りも軽やかに檻の中に潜り込み、レパードの脇腹に突き刺さっている槍2本を両手で掴んだ。
私はビアンカ様の隣に立ち、檻の外からレパードのお尻の辺りに手を添える。
ミンミは真剣な顔をして、私の隣で両手に具沢山のピタパンサンドを持っている。ミンミのその姿に少し和む。
「よし、ではいくぞ。抜けっ!!」
「治れっ!!」
ビアンカ様の合図と共に、ノアとビアンカ様が4本の槍を一気に引き抜いた。槍が引き抜かれると同時に私は手加減無しで思い切りレパードの完全回復を願った。
ギャン!と一瞬レパードは吠えるも、すぐに大人しくなった。背後から横たわるレパードを見ると、お腹が緩やかに上下していて呼吸は安定している。治せたかな?
レパードの子供は親のお腹をまさぐって顔をくっ付けると、両手で親のお腹を揉み始めた。レパードはまだ子供に母乳をあげてたんだね。体長2メートルは越えてそうだけど、子の方は赤ちゃんだったのか。
そんなレパードを眺めながら、私はバクバクとピタパンサンドを爆食する。これは生地が柔らかくてしっとりしていて、野菜とひき肉炒めも細かく刻んであってガブガブ噛みつける。ミンミ、ナイスチョイスだよ。
それからしばらく私が爆食を続ける時間が過ぎたんだけど、王族達が座るボックス席からは一言も声が発せられず。二階の客席を見れば、白竜に恐れをなした人達が動けずにまだその場にとどまっていた。周りから見れば謎の時間だろうけど、ちょっと待っててくれ。私は競技場の観客に見守られながら、お腹が落ち着くまでひたすら食べ続けた。
さて、レパードの親子の件は良し。私のお腹も落ち着いた。
「ビアンカ様。あの人達、どうしましょうか」
「うむ」
私達は揃って2階のボックス席の黒い塊を見上げた。その塊にはもはや国王までも飲み込まれていて、黒い塊の内部が全く見えなくなっている。塊の表面はヌルリと光沢を帯びたかと思えば霧状になったり、綿埃のようにフワフワと千切れたりしていて安定していない。
「真っ黒いカーテンを3人で被っているかのようだな」
私よりもソフトに見える魔眼の持ち主、ビアンカ様にも穢れの内部が分からないらしい。
ボックス席の王族達は至近距離で白竜に睨まれていて、今は静かにしている。
「あの穢れ、払った方が良いですか?」
「うーん、すでにお前達は王族達と物別れに終わったからなあ。どうする?力に物を言わせて王族を黙らせ、エスティナで暮らせるようにしたいか?この国に留まるなら、一応払っておいた方が良いかもな。後々障りがあってもいかん」
「うーん」
「一応払ってくれぬか、聖女カノン」
私達が競技場の中央で頭を悩ませていると、聞きなれない声に名前を呼ばれた。
誰?
私達が声の方を振り返ると、そこには第二王子とサージェ先生。そして、サージェ先生に手を引かれた豊かな白い髪と白い髭を蓄えたお爺さんが立っていた。そのお爺さんの豊かな白髪は爆発して豊かな白髭に繋がっていて、何とも言えない個性的な風貌だった。姿勢良く立つお爺さんは、賢人のお爺さん達が着ていたような濃緑のローブを纏っている。そして、サージェ先生と良い勝負な位に背が高い。
そしてその白いお爺さんの両目は閉じられていた。
「ほおおー。何十年前かのう。一度だけ、スタンレーで聖女に相まみえることができた。纏う気の清廉さにさすがは聖女だと感心したものだが、聖女カノンの纏う気はこれまた一味違うのう。なんとも力強く、この老体にまで元気を分けてくれるかのような生命力に溢れる気だ。それと」
そのお爺さんは両目を閉じたまま顔の向きを僅かに変えた。
「そこに居るのはビアンカか。なんじゃ、良い年をしてさらに力を増しておるのか」
「オーガスト老、まだ生きていたか。お前の方こそ良い年をしていつまで権力を握っている。とっとと隠居しろ」
「フォーフォー」
ビアンカ様の返しを受けて、お爺さんが独特の引き笑いをした。第二王子を見ると、私に向かってコクリと頷く。いや、何の合図。何の頷きか分からんが。何の申し合わせも第二王子とはしてないよ。
ともかく。サージェ先生に支えられた白髪と白い髭のお爺さんは、第二王子の数少ない味方だと言っていたオーガスト様らしい。
「カノン、取り込み中悪いな。第二王子が俺の研究室に飛び込んできて、オーガスト様を連れて来いと騒ぐのでな」
「サージェ先生。それは良いんですけど・・・」
オーガスト様は何用でこちらに?
「儂もとっとと引退をしたかったが、ラシードの次にジギムンドが立った。二代続けて愚王の治世を許すわけにはいかんのだ。ん?ほおう。力強い覇気、心身の充実。勇者まで揃ったか。白竜を従えた聖女に、それを守る勇者。英雄王が立つに素晴らしい時代の幕開けだのう」
オーガスト様、また顔の角度を変えてウンウンと頷いている。ノアの方に顔が向いているように見えるけど・・・。
「済まん、カノン、ノア。しばらく話を合わせてくれ。エスティナには必ず帰してやる」
意味が分からな過ぎたけど、こちらを真摯に見つめる第二王子の言葉は信じても良いかもと思った。
第二王子は陽気で調子が良くて底抜けにポジティブだけど、見栄を張ったり誤魔化したりせずに出来ない事は出来ないと正直に言う人だった。その第二王子が、エスティナに私達を帰してくれるといった。
「第二王子がふざけた事をしたら、即座に私がぶん殴ってやる。だが、王族の見苦しい失態を第二王子が収めるというのならば任せてみたらどうだ?」
うん、ビアンカ様にぶん殴られたら、こんなにホッソリしている第二王子はタダでは済まないな。それにもうこれ以上悪くならないって位にアストン王国の王族達とは最悪の状況になっている。
ビアンカ様からの勧めもあり、私がとっ散らかしてしまったこの場をどう収めるのか、私とノアは第二王子に話をお任せしてみる事にした。
私達に頷いて見せると、第二王子は競技場からボックス席を見上げた。
「父上!この場をどうなさるおつもりか!!」
凛と張りのある声は拡声魔法に乗って、競技場内にくまなく響き渡った。
「兄上はグリーンバレーを守った勇者に手負いの魔獣をけしかけ、ホーン辺境伯をも危険に晒した。挙句に白竜の聖女の怒りを買い、あなた方の命は今、白竜に握られている。この醜態を晒す者達がこの国を治める王と、王妃、そして第一王子だとは、嘆かわしい!兄上、第一王妃!あなた達はなんと馬鹿な真似をしたのだ!!」
「黙れ!お前如きが私と母上に何を偉そうに!立場を弁えろ!!」
第二王子煽られて第一王子が叫ぶと、すかさずボックス席の真横に顔を近づけている白竜が至近距離で王族達に咆哮を浴びせた。国王、王妃、第一王子がそれぞれ悲鳴を上げているけど、私には真っ黒い一塊にしか見えないままだ。
「父上も父上です!何故このような愚かな行為を止める事もせず、王妃と兄上の好きにさせたのですか!白竜の怒りを買い、王都が火の海に沈んでも良いのですか!王都の民が白竜の業火に焼かれる事があれば、それは他でももない、全て父上の責任だ!!」
もう一度白竜がガアー!と、今度は拡声魔法の効果を利用して競技場中に咆哮を響かせた。うちの白竜は空気を読める白竜なので。
王都が焼かれると聞いて、観客席からも悲鳴が上がった。いや、白竜にそんなことさせるつもりはないけども。それ以前に白竜は火を吐けるのか?今度聞いてみよう。
なかなかの役者ぶりを発揮する第二王子の独壇場は続く。
「こうなってしまっては、アストン王国を救うためには新しい王が立つしかあるまい!ならば白竜の許しを得て、俺が新たな王となる!俺は白竜の聖女とグリーンバレーの勇者と手を取り合い、アストン王国を守り治めると約束しよう!白竜よ!俺をどうか王と認めてくれ!!」
えーと。・・・どうやって?
第二王子は白竜に向かって両手を伸ばして、そのポージングで固まっている。
それをキョトンと白竜は見下ろしている。
突然始まった第二王子劇場。
そしてその登場人物にさせられてしまった白竜とノアと私。
こんな、打ち合せも無しに即興芝居をするスキルは私にも白竜にも無いよ!!
「カノン、ちょっとこれを持ってくれ」
私が呆然と第二王子を見ていると、サージェ先生がこそっと私に小声で耳打ちをする。
私はサージェ先生が手に持っている物を見てギョッとした。それは、金の土台に煌びやかな宝石が散りばめられた、ザ・王冠、という代物だった。
「いいいい嫌です、サージェ先生。落としたら怖い!」
「大丈夫だ。これは国宝で本物の王冠だが、落として壊しても誰もカノンを怒ったりしない。第二王子が全て責任を持つ」
「ひいいいぃ!」
「サージェ様、カノンが嫌がる事は許しませんよ」
サージェ先生がグイと王冠を私に押し付けようとするのを、ノアが割り込んできて阻止する。すると今度は、隣のオーガスト様が小声で私に王冠を持つように頼んできた。
「勇者ノア、聖女カノンに戴冠の助力を貰いたいだけだ。すぐに第二王子が王冠を受け取るゆえ、聖女カノンもしばし堪えてくれ」
「カノン、頼む。とっととこの茶番を終わらせよう」
サージェ先生、茶番って言っちゃった!
第二王子は白竜に向かって未だに両手を高く掲げてポーズを取っている。あの体勢のまま30分くらいは余裕で待ちそうな構えだ。競技場のギャラリーは第二王子の勢いに呑まれて、取り合えず第二王子を見守るような空気になっている。
第二王子、心臓強い。
「カノン、この茶番に取り合えず乗ってやれば、後はオーガスト老が良い感じに国王を挿げ替えるだろう。それだけの算段を付けてこの爺はこの場に現れたに決まっている。お前達にとっても第二王子が国王になる事は悪くない話だろう。大手を振ってエスティナに帰れるぞ」
「・・・どうしますか?カノン」
ビアンカ様の話を聞いて、ノアは手元の王冠から私へと視線を戻した。
「わ、わかった。やる!」
女は度胸!
私は震える手でノアから王冠を受け取った。




