平穏の地を手に入れるために 2
力を見せつけたノアに対して、想像通りの第一王子の反応だったし、予定通りのノアの回答だった。
「・・・・な、何だと・・・?」
「私が第一王子殿下の親衛隊に入って、どう力を振るうと?王都の最奥で何重にも守られている殿下に、私の力は必要ないでしょう。私はエスティナの一冒険者として、今後も辺境に身を置きアストン王国の守りの一助になりたいと思います。どうか、私の願いをお聞き届けください」
「な、な、何だと貴様!!」
黒綿第一王子が叫ぶと同時に、第一王子を包み込んでいる黒綿が数倍に膨れ上がって隣の第一王妃まで黒綿に飲み込んでしまった。うおー、グロいなあ・・・。穢れにも絶対に触りたくない穢れと、第二王子の額の穢れみたいに綺麗な奴があるんだよね。不思議な事に。
あの黒綿には触りたくないなー。黒綿は一塊になって第一王子と第一王妃を飲み込んでいる。黒綿の中は一体どうなっているのか。
「俺の親衛隊に入る事を断るだと?!辺境の冒険者風情が思い上がりおって!!」
うーん。王子様だもんね。
自分の意見を否定されたり、反対されたりする事なんか無いだろうから、勧誘を断られただけで激高するだろう事も想定内。
そんな中でノアは第一王子に対して涼しい顔のまま、競技場の中央にリラックスして佇んでいる。それがまた第一王子の怒りを買う。
「なんだその態度は!俺を愚弄するか!!」
想定内だけど、勧誘を断っただけでここまで激オコかー。
これでは第一王子とは冷静に話を出来そうにないな。もう出国の準備をしたら良いかな。
そんな事を考え始めた所に、別の声が上がった。
「まあ待て、ベルトラン。そう熱くなるな。これほどの力ある剣士だ。ノア・ブランドンも自分の力を発揮できる相応しい場所を望んでいるのだろう」
これまで存在感を消してボックス席の端に居るだけだったアストン王国国王が第一王子を宥めた。競技場の観客達も、存在感の薄すぎる国王に今気付いたかのように騒めきだした。
「ノア・ブランドンよ。辺境の守りたらんとするその志、誠に尊き物よの。それほどに我が王国を想ってくれるか。ならばアストン王国の象徴たる我、アストン国王ジギムンドの親衛隊となるがいい。我を守る事は王国を守る事と同義である。その人知を超えた大いなる力、我の元で存分に発揮するがいい」
「お断りします」
騒めきだした競技場が再度、水を打ったように静まり返った。
国王からの勧誘も、ノアは淡々と断ったのだった。
「私の望みはエスティナで暮らし、グリーンバレーを守る事です。その望みが叶わないのなら、アストン王国は私の生きる場所ではないのでしょう」
「こ・・・、この!無礼者めが!!」
今度はボックス席から女性の怒りの声が上がった。この声はきっと第一王妃だよね。
いよいよ、出国を本気で考えなければならなくなってきたかも。
国王はノアの返事にダンマリしているけど、今度は国王と第一王子の間に座っていた第一王妃が金切り声を上げたっぽい。黒綿王子から膨れ上がった黒綿を、第一王妃が叫んだと同時に黒いゴム膜っぽい物が覆い返して、第一王妃と第一王子にピッタリと張り付いた。第一王子と第一王妃が黒い穢れで真空パックみたいになってしまった。この親子の穢れの相互作用、ほんっとにキモイ。
「我が王国の至高の存在たる陛下に対し、なんたる無礼を!!」
第一王妃のラバー素材的な穢れが、王妃が金切り声を上げる度にぶわっと膨れては、ピタッとタイトに張り付く事を繰り返している。それと同じ動きを第一王子にまで伸びたラバー素材の穢れもしている。
うええ、不気味の一言だよ。ホラー映画で描かれる悪夢みたいな映像だ。
「この者の罪、到底許されるものでは無いわ!!誇り高き王国騎士団よ!この不届き者、ノア・ブランドンを殺せ!!」
そしてあっという間に第一王妃は、これ以上はアカンという一線を越えてしまった。残念だけどこの国の王族達とも、私とノアは上手く付き合えないみたいだ。
私とミンミがすっくと立ちあがると、ビアンカ様も立ち上がった。
「カノン」
「アシュレイ様。ここまでみたいです」
苦しそうに顔を歪めているアシュレイ様に、私はニコッと意識して微笑む。アシュレイ様が気に病むことは何もないんだから。
「グリーンバレーに迷惑を掛けたくありません。今までお世話になりました。私とノアはここで失礼します。ミンミもここでお別れだよ。今まで本当に、ありがとう」
「カノンちゃん!」
ミンミが咎める様な声を上げるけど、これ以上は私達と一緒に居たらだめだよ。ミンミに何かあったら、エスティナの皆が悲しむからね。
「者共!ノア・ブランドンを殺せ!!」
第一王妃が叫び続けている。
けれどもさっきまで驚くべき力を見せつけて、アストン王国騎士団内の実力者だろう騎士達全員を戦闘不能にしたノアだ。第一王妃の命令に騎士達はノアを包囲しているけど、そのノアに騎士団も迂闊に手を出せずにいた。
「もういい!ゴルドレパードの親を出せ!」
膠着状態に陥った中で、第一王子が新たな命令を出した。
第一王子の指示に、競技場内にいる騎士達が戸惑った様にボックス席の第一王子を仰ぎ見ている。
「王族を敬う事も知らぬ愚か者は生かす価値も無かろう。せめて足掻いて今日の日の余興となって死ぬがいい。命令が聞こえなかったのか!さっさとゴルドレパードを放せ!!」
第一王子の怒号に、競技場内に居た数人が弾かれたように走り出した。
幾つかある競技場の出入り口には上部から鉄柵がガンガンと落とされていった。私達グリーンバレーチームが入ってきた出入り口にも重そうな鉄柵がガンと落ちて、私達は競技場に閉じ込められてしまった。
そして、王族達のボックス席の下、赤茶けた巨大な鉄門がギギギときしんだ音を立てて左右に開き始めた。鉄門の向こうには、大きな檻があった。台車に乗せられた3メートル四方はあろうかという高さの檻が、数人の騎士達によってゆっくりと競技場の中に押し出されてくる。その檻には、真っ白な獣がみっちり詰まって目を閉じて蹲っていた。その獣の身体には太い槍が何本も突き刺さっていて、槍は檻の外へ飛び出していた。その獣の白い毛皮が赤い血で痛々しく染まっていた。
その獣の檻は台車に乗せられたまま競技場の中央へと押し出されていく。そしてノアの前、10メートルほどの距離をとってその台車は止まった。そして台車を運んで来た騎士が、檻の扉を開けた。
「第一王子め、気でも触れたか。ここには第二王子とアシュレイも居るのだぞ」
ビアンカ様が右手を高く上げると、キン!と硬質の音が涼やかに鳴った。
「ノア!我々は結界の中に居る。こちらの心配は無用だ!お前もその獣を倒す位、造作もないな?」
「ビアンカ様、ありがとうございます。私の事は心配無用です」
そんなやり取りをビアンカ様とノアがしているうちに、台車を押してきた騎士達はあっという間に鉄門の向こうに消えてしまい、鉄門はギギギと再びきしむ音を響かせながら閉じられた。ノアは競技場からの退路を断たれ、大きな獣と競技場に取り残された。競技場の端っこには私達グリーンバレーチームも取り残されているけど、ビアンカ様が結界を張ってくれている。
「ははは!王族を軽んじた報いを受けるがいい!!」
第一王子が高笑いすると、ラバー素材の黒い穢れから炎の塊が飛び出して檻の中で蹲っている獣にぶつかった。
ギャン!と獣が体を揺らして痛そうに悲鳴を上げるけど、それでも獣は蹲ったままだ。白い獣、ゴルドレパードは相当弱っているっぽい。
「どうした!ゴルドレパード!大森林の北の王の意地を見せてみろ!目の前の男を食い殺せ!!」
第一王子がゴルドレパードに怒鳴りつけると、観覧席から女性達の悲鳴が上がる。けれど、第一王子の思うように事は進まず、ゴルドレパードは炎を浴びて毛皮を焼かれながらも立ち上がる事が出来ない。
もしもゴルドレパードがノアに飛び掛かったとしても、ノアにかかれば一瞬で首を落とされて終ってしまうだろうけどね。ノアが剣を手にしている状況なので、グリーンバレーチームは特に混乱なくノアの様子を見守っている。
「この!役立たずが!ゴルドレパードの子を出せ!」
第一王子が、ゴルドレパードが動かない事に業を煮やして更に命令を下した。
子・・・、って。
何をするつもりなのかと思っていると、グリーンバレーチームがいる競技場の端っこの階上、観覧席辺りが騒がしくなった。そしてガコンガコンという金属音と共に私達の頭上には1メートル四方の檻がクレーンに吊るされながらせり出してきた。その1メートル四方の檻にはみっちりと白い獣が詰まっていて、檻が小さくてほぼ身動きが取れない状態だ。その獣が鳴き声を上げた。ミュウミュウと上げる声は高い。
「ゴルドレパードの子か。生きているものは初めて見る」
頭上を見上げながらアシュレイ様が険しい顔をしている。
「ガアアア!」
子の鳴き声が聞こえたのだろう、満身創痍のゴルドレパードが檻から出ようと藻掻き始めた。親の声を聞いた子が更にミュウミュウと悲し気に鳴き声を上げる。
「酷い・・・。愛玩用にするでもなく、あんなに痛め付けて粗末に扱って。王族達は何がしたいの?」
ミンミが痛ましそうにゴルドレパードの親を見ている。ミンミ達エスティナの冒険者は獣を狩るけど、それは自分達の町を守るためだし、悪戯に獣を苦しめたりは絶対しない。駆除した獣は解体し、その命に感謝しながら無駄なくお肉も素材もいただく。そうしてエスティナの冒険者は大森林のほとりで自然の恵みに、命に感謝しながら生きているのだ。
こんな命をもてあそぶ様な真似をエスティナの冒険者達は絶対にしない。
「この期待外れの獣が!一度くらいは私を満足させてから死ね!」
怒鳴り散らす黒い塊から再度、炎の球が放たれた。その炎は、今度は私達の頭上の獣の子の檻に激しくぶつかり、獣の子がギャンと悲鳴を上げた。
「子を使って親をけしかける気だな。そしてこの状況は、我々が巻き込まれても構わないという考えなのだろう。このような行い、第一王子に王道を歩む資格があるとは到底思えん」
競技場内にはノアだけじゃない、第二王子もホーン辺境伯夫妻もいるのだ。第一王子も王妃に続いて、王族として超えてはいけない一線をあっさりと超えてしまった。
「アシュレイ。私とノアが居ればこの場を離脱する事は容易い。王族への礼儀など最早どうでもいい、まずは屋敷に戻ろう。第二王子、お前達も私達と一緒に来い!」
ビアンカ様が立ち上がった。そして、結界の中から一番近い出入り口に向かって、ゴッと魔法を放った。ビアンカ様が掌を向けた先の出入り口に嵌っていた鉄柵が、バカン!と大きな金属音を立ててひしゃげてしまった。鉄柵の中央には大穴が開いたので、あそこから外へ逃げられるようになった。
「ノア!」
ノアはこちらを見て頷きを1つ返す。
アシュレイ様達と行けって事だよね。
でも、ノアを置いて行くなんて、嫌だ!!
その時、フッと太陽の光が陰った。それと同時に大音量の咆哮が響き渡る。競技場の観客達は頭上の脅威にすぐさま気付き、悲鳴を上げながら逃げようとして出口に詰まり瞬く間に大混乱に陥った。
「白竜!!」
『愛しい娘』
見上げれば競技場の真上で、白竜がホバリングして競技場を見下ろしていた。




