白竜との対話を経て 5
それから話題は、獣達を狂わせる原因らしい聖女が生み出す穢れに移った。
「聖女達の恨みつらみの念、穢れがどのように実際に発生するのか、原理は分からん。白竜が言うには、やはりスタンレー王国の結界を介して発せられているようではあるが・・・。その獣害対策のための結界が、獣を狂わせ狂暴化させる精神干渉装置のようになっているとはスタンレーも分かっていないのだろうな」
「結界を撤去しろとスタンレーに交渉できるかどうかだが、穢れの発生と獣害の因果関係を明確に証明できる筈もない。そもそも、呪いの類の「黒い穢れ」を目視で確認できるのは私とカノンだけだ。交渉は難しいだろうな。そもそもスタンレーとは、国交が現在開かれておらん」
ビアンカ様が言うには、ここ50年程は民間人が行き来する位で、アストン王国とスタンレー王国の国同士の交流は一切無いのだという。50年前というと、アストン王国では先々代国王の時代だったそう。
それまでは1年交代で互いの国を行き来していたスタンレー王国とアストン王国だったのだけど、突然50年前からスタンレー王国はアストン王国の使者の入国を拒否。それならばとアストン王国もスタンレーとの交流を拒否。それ状況が現在まで続いているのだそう。
「その入国拒否の理由は、天から降臨された聖女の身の安全を守るためだったな。アストン王国と時を同じくして、隣国のクノーテ共和国もスタンレーとは国交断絶となった筈だ」
聞けば聞くほど、スタンレー王国は胡散臭い国だった。
「なんか、自分の国だけが良ければ他国はどうでもいいって感じだったんですね」
「まあ基本、各国それぞれがそのように思っているのだが、スタンレーは取り繕うことも無く非常に露骨だな。この大陸では我が国とクノーテ共和国、そしてゴルド大森林に囲まれて孤立しているというのに、豊かなゴルド大森林の一部を国土に含むスタンレーは自国で経済も完結している。結界のお陰で自国だけは獣害に悩まされることも無い。獣害が一切なく、ゴルド大森林の恵みだけを享受して、スタンレーは豊かに暮らしているという訳だ」
うーん。スタンレー王国の結界のせいでゴルド大森林に接している他国が迷惑被っているっぽいけど、その結界が悪さしていると証明する手立てが無いのが現状。
「あくまでも推測の域は出ないが、この推測ですらノアとカノンが居なければ立てられなかった物だ。お前達、本当に良く我が国に来てくれたな」
「こちらこそ、国交断絶状態のスタンレーからやって来た私達を受け入れて下さったエスティナの方々とグリーンバレー領主のアシュレイ様には感謝しかありません」
「ありがとうございます」
「しかし、カノンが聖女である可能性も検証せずに放逐するとは。スタンレー王国の王族も、その周囲の者達も頭が足りないようだな」
それはそう。
顔だけは奇麗な暴虐王子と、その腰ぎんちゃくっぽい魔術士の人達と、ノアを苛める事に頭が一杯だったノアのお兄さんしかあの場には居なかったけど、思慮深いって感じの人は居なかったような気がする。
「獣害もなく、特に国防を考える必要もない。聖女を抱える国であると他国には牽制しているため、宗教的観点からも他国に攻め込まれる恐れもない。泰平を謳歌するスタンレーには、国政を司る有能な人材は不要なのです」
ノアの痛烈なコメントには、皆さんちょっと引きながらも頷いていた。
この世界はいくつかの宗教があって、それぞれの国に国教が定められている。ゴルド大森林が国内に食い込んでいるアストン王国、スタンレー王国、クノーテ共和国の3国は共通して、フォルニという女神さまを信仰しているそう。フォルニは深い森の奥に住まう女神さまで、豊かな恵みをもたらすのだとか。アストン王国でも王都には立派な教会があって、人々は熱心に教会に通っているらしい。領都にも教会位はあったような?しかし、エスティナには私が知る限り教会はない。
「教会ぃ?神に祈ったら神が獣害から守ってくれるのかよ?自分と家族と、住む場所を守るのは自分達の力だ」
エスティナの教会について尋ねた時のケネスさんの答えがこれ。ケネスさんの反応にビアンカ様とサージェ先生は笑っていたけど、エスティナはもちろん、領都グリーバレーの人達も居るかどうか分からない神に祈るより、自衛の手段をしっかりしようという考えで、エスティナには教会すらないんだそう。領都ではグリーンバレーの貴族達が対面を保つために定期的に教会に通う必要があったという側面が強いけど、やっぱり辺境を守る貴族達は王都の貴族達に比べると信仰心薄目なんだそう。生活環境が違えばそうなっちゃうだろうな。
しかし、大森林に国土が接している国で、ここ何十年と獣害を一切受けていない国がある。それがスタンレー王国だ
スタンレー王国は女神フォルニの加護も篤く、その証拠に女神の使徒たる聖女が定期的に降臨する。その聖女の御業で張られた結界は魔獣達を寄せ付けないのだ。というのがスタンレー王国の言い分。女神の加護が篤いスタンレーに刃を向けるのは、女神に刃を向けるに等しいぞ!というのもスタンレーの言い分。
一応国教として、女神フォルニ信仰を掲げているアストン王国とクノーテ共和国はスタンレーに言い返せずに言われっぱなし。向こうから交流する気も無いので国交断絶、というのが現状だという。
「今の状況では下手にスタンレーに手を出す事も出来ないか。いずれはどうにかして迷惑極まりない結界を壊せればと思うが・・・。とりあえずやれる事は、聖女不在の今のうちにゴルド大森林の穢れに侵された獣達の駆除をする位か。白竜が穢れから解放され、大森林の獣達への変化もあるか調査も続けたい。カノンがエスティナに居る事で起こる森と獣達の変化も調べてみたいしな」
想定外の白竜の動きとかあったけど、サージェ先生は予定通り穢れが取り払われた白竜とゴルド大森林の変化について調査を続けるようだ。
ゴルド大森林の変化にかかる調査にはバッチリ私の事も入っている。白竜は私を森や獣にとって良い存在になったと言っていたけど、専門家の調査でそれに裏付けが取れたらさらに心強い。私に協力できることがあれば、喜んでサージェ先生を手伝わせてもらおうと思う。
更にもう一人の専門家、ビアンカ様も自分の専門分野を掘り下げていく。
「スタンレー王国では魔力を持つ人間が少ない代わりに、魔法陣の研究が我が国よりも発展している。スタンレー王国では高度な聖女召喚の魔法陣を所持している事が予想されるが、高度な魔法陣には発動時に自由に条件を加える事が出来るらしい。白竜がカノンの体内から引きずり出した物は、カノンの身体に取り込まれた召喚陣の一部だったのではないかな。白竜が破壊したカノンの楔なる物は、聖女がこの世界へ召喚される条件として付与された制限なのではないかと思う」
「えーと、制限って、魔力回復の低速化とかですか?」
「正確には分からんが、そうかもしれん。お前へ負荷を与えるための物であったのは確かだろう。召喚する聖女に穿つ楔、嵌める枷。聖女を国に繋ぐための鎖であったのではと私は考えている」
「・・・そのような非人道的行為が行われていたとは。何も気付かずスタンレーで暮らしていた事を、私は恥ずかしいと思います」
「ノア、それは仕方がないよ。ノアはスタンレーでの聖女の扱いを何も知らなかったからこそ、私に丁寧に接してくれたんだね。私、ノアが優しくしてくれて、本当に嬉しかったし救われたんだよ。ノアに出会えて、この世界にも優しい人が居るんだって分かって、私はこの世界で生きる希望を持てたんだよ」
俯き加減になったノアの手をそっと握る。
「立場によって手に入る情報も違っただろうし、例え聖女の扱いに気付いたって、スタンレーに居る限り国のやる事を止めさせるなんて難しかったんじゃないかな。でも私達はせっかくスタンレーから自由になれたんだから!だから、今まで出来なかった事じゃなくて、これから何が出来るかを一緒に考えよう!」
「・・・本当に、私は何度あなたに励まされるのでしょうね。私こそ、あなたに救われたのですよ」
ノアの顔に笑顔が戻った。良かった。
「くそう、目にゴミが入ったぜ」
「奇遇だな。私もだ」
「ははは、みんな年食ったもんだな」
気が付けば、ビアンカ様達が3人とも目元を押さえて上を向いたり下を向いたりしていた。
「大丈夫ですか?」
私の手元にあるノアのハンカチをまさか又貸しは出来ないなと思っていたら、すぐにビアンカ様達は元の様子に戻った。良かった。
「よし、それでは分かった事を整理するぞ。まずはカノンに関しては、何かしらの制限も白竜により解除され、魔力の回復の速さも格段に上がった。大森林にとっては良い影響を与える者になっている。つまり全く問題ない、万全の状態だな。しかし今後聖女の力を使う際には、程度の差はあろうが強い空腹感に襲われる可能性もある。ノア、カノンの非常食に気を付けておけよ」
「はい、すでに対策済みです」
ビアンカ様にノアが頷く。
ノアが新たに腰につけ始めたウエストポーチは、大収納のマジックバックになっている。私の食欲暴走時の1回分くらいの食事量をノアが把握して、そのポーチには食欲暴走を1回凌げるくらいの食料をしっかり納めてある。私には前科があり、衝動的に聖女の力を使う時もあるとバレているので、急に食料が必要になる事を見越してのノアの新装備となっている。
ちなみにこのマジックバックは、ビアンカ様からノアにポンと贈られた一品だ。そのお値段は、王都でちょっとした貴族のタウンハウスを購入できる金額だそうだ。日本円に換算したら、きっと、ウン千、億・・・?その金額を聞いて、自分の身に装着する事は諦めた。どこかにポンと置いて忘れてきちゃったら大変じゃん。私、そんな事をする自信が、あります!
ちなみに、ミンミとグイードもノアの物より一回り小さいウエストポーチをビアンカ様から支給されて、私の為に食料を常備してくれている。「もう絶対にお腹を空かせたカノンちゃんを泣かせたりしないから!」と、ミンミには両手を握られて宣言された。
私の食欲爆発事件は方々にトラウマを植え付けてしまったんじゃないだろうか・・・。良い年の娘が非常に恥ずかしい醜態を晒してしまった訳なのだけど、私を笑う人は一人もいなかった。あのラッシュですら「もう腹は大丈夫か?」とか真顔で聞いて来る位だったからなあ。
食欲が落ち着いた直後は周囲に謝って回ったのだけど、もう私の顔を見るとおやつや携帯食を握らせて来る人の数が多すぎて、返って申し訳なくなってしまって謝罪行脚を断念したほどだった。せめて自分の身内だけで次回の食欲爆発時には対処したいものだ。そんな私の願いも込められた、ノアとミンミ、グイードの非常食入りマジックバッグの備えなのである。
「後は、スタンレー王国の動向には今後さらに注意が必要なのだが、積極的に情報を手に入れる手段を考えるか。次の聖女召喚までそれほど時間もないだろう。次代の聖女が呼び出されてしまえば、またいつ何が起こるか分からないからな。間を置かずにスタンピードが再び起こる可能性もある」
「スタンレーに潜入させるなら、適任者をギルドで見繕うぜ。領都のギルドとも相談する」
スタンレーの情報収集にはケネスさんが名乗りを上げて、冒険者ギルドが請け負う事となった。
「それと、最後は私とサージェの仕事だな。スタンレー王国の動きに後手に回り続けるのも面白くない。賢人共にそれらしい学説を世界に発表させて、スタンレーの結界の危険性について揺さぶりでもかけるか。そしてアストン王国として、スタンレーに結界について質問状でも出すか。更にはスタンレーの隣国でもあるクノーテ共和国も巻き込むか。さあ、どうする?国対国の動きとなると、王族を丸め込んで動かす必要もやはり出てくるかな」
「それなら使えるかは分からんが、一応は王族のカードを俺達は手に入れているが?」
総司令官ビアンカ様の采配をすごー!と見守るばかりの私と違い、打てば響くように会議室に集まった私以外の面々はビアンカ様の問題提起と解決策について意見を出してくる。
そして最後には、サージェ先生が顎を撫でながら悪いイケオジの顔でニヤリと笑ったのだった。




