白竜との対話を経て 4
散々泣いて騒いで、みんなにご飯を食べさせてもらって、広場に面した家々にご迷惑をお掛けして、お腹一杯になった私は何と気絶するようにその場で寝落ちしてしまったのだ。
そして次に目が覚めた時、私は宿の自分のベッドにちゃんと寝ていた。そして、私のベッドサイドのテーブルには山盛りの食料が乗せられていた。
「・・・お、お腹空いたああ!」
「そら、始まったぞ!どんどん料理を運びこめ!!」
目覚めると共に再び私を苛む飢餓感に、私の両目から涙が噴き出した。
私の寝起きすぐの腹ペコ状態を予測していたのか、ビアンカ様の指揮の元、アリスやグイ―ド達がどんどん食べ物を運んでくれて、私は行儀悪くもベッドの上で次から次へと食べ物を口へ運んだ。
「ふぐうう」
「カノン、沢山食べ物を用意していますからね。思い切り食べて下さい」
またも泣きながら食べ続ける私に、ノアが優しく声を掛けながら途切れることなく料理を手渡してくる。この時も食べて食べて、食べまくった。飢餓感が消えない内は私の異次元胃袋は食べ物に膨れ上がる事が無いらしい。でもとにかく、満腹感がずっと遠くて、食べても食べても強い空腹感が辛い。苦しくて悲しい。お腹が空くって、なんて悲しいんだ。
「ふううー」
ポロポロ涙を零しながらも私はパンに齧りつき、煮込みを大口開けて食べ、麺を勢いよくかき込んだ。エスティナには小麦粉で作った平麺を暖かいスープで食べる料理があってこれまた美味しいのだ。
しかし今回は準備万端だったらしく、泣き騒ぐ私に周囲が右往左往することも無く、用意されていた料理が次々と私の胃袋に収まっていく。
そしてまた、ある時点で満腹感を覚えると同時に気絶するように寝落ちする。これをもう一回繰り返し、私の食欲大爆発は3回目でようやく収束した。
私が通常通りの生活が出来るようになって、再び私とノアは領主館に呼ばれる事となった。メンバーは白竜についての情報共有した前回と同じ5名だ。
私の顔を見たビアンカ様はすぐさま私の頭を揉んでくる。
「ほう!ははは!全回復したのではないか?以前はお前の魔力の全回復を待つのに一冬かかったというのに、白竜のお陰で3日で魔力が回復するようになったぞ。私の回復スピードと遜色ないな。その上私の魔力量の5倍以上を保持しているのだからな。もはやカノンを人という括りにしておいて良いものかどうか」
「止めてください、ビアンカ様。白竜にずっと我が娘って言われ続けて、私も自分が人間なのかイマイチ自信が無いんですから」
「あれほどの大量の食糧がこの細い体のどこに消えるのか不思議だが、多分魔力へ変換されているのだろうな。そうとしか考えられん。竜種は食事を魔力に変換する事が可能なのか?実に面白い」
「サージェ先生。私を竜種に当てはめないで下さい」
「カノン、私はあなたが竜だろうが人だろうが構いませんよ」
「・・・まあ、お前はお前だ。俺に出来る事があれば何でも言えよ」
最後に慰めるようにケネスさんが私に声を掛けてくれる。
サージェ先生から受け付けていた白竜への質問は、一応全ての回答を貰っていたのだけど、私の食欲爆発騒動により内容共有どころではなかったので、その話し合いが今日仕切り直して持たれているのだった。
私の目の前のお茶請けのお菓子が山盛りで、部屋の壁際には銀のクローシュを被せた大皿が三つほど乗ったワゴンが更に準備されている。私が起こした食欲爆発事件は各方面に爪痕を残していた。せっかくご用意いただいたけど、今日はそんなに食べられないなあ・・・。
そして、お茶とお茶請けのお菓子を頂きながら、白竜から聞いた事を話し終えた。
白竜の言う娘達がスタンレーの聖女達で、その娘を閉じ込めた檻はスタンレー王国が周辺国に誇示しつつ張り続けている獣害対策用の結界だという事は間違いない事。
そしてスタンレーの聖女であった私は、現在全くストレス無く楽しく暮らしているので穢れのけの字も無い。むしろ大森林にとって良い影響を及ぼす者、物?になっているらしい事を話せば、これまた皆さん、ノア以外全員安堵のため息をついた。ノアには宿で先に話してあるからね。
「カノン、良かったな。エスティナで安心して暮らせているなら、俺も嬉しい」
心底ほっとしたような顔でケネスさんはこんな事を言うんだから。
長らくエスティナを守り続けて、エスティナの人達の安全な暮らしを願ってきたケネスさんは、それでも私がエスティナに害を及ぼさなかった存在である前に、私が今苦しみや悲しみの穢れを持っていない事を純粋に良かったと喜んでくれる。
「カノン、あなたが穢れを発し続ける存在であったとしても、その時は人里離れた山奥でひっそりと2人で暮らしましょう。あなたを1人にはしませんからね」
そしてノアは安定して全くブレない。
ここに集まっている人達は、どうしてこんなにと不思議に思う程に私に好意的な人達ばかりだ。そして、その人達に白竜から聞いたこの話をしない訳にはいかなかった。
「ありがとう、ケネスさん、ノア。それとね・・・・、みんな私に親切にしてくれるけど、それは、私が聖女の力を使ってさせている事なのかもしれない。動物達が私に近づいてくるのは、私から滲み出しているらしい聖女の魔力、白竜は命の火とか命の息吹って言っていたけど、私から滲み出る魔力に惹かれているからだろうって、白竜が言ってた。だから、みんなが私に好意を持つような作用が、聖女の魔力には、あるのかもしれない、です」
誰も口を開かず、しばらく部屋がシンと静まり返った。
その静けさを破ってビアンカ様が発言する。
「カノン、魔力感知については王国随一と自負する私が断言しよう。お前の魔力に人が惹かれる事はないぞ」
「そう、なんですか?」
「魅了、洗脳と言った精神感応に作用する魔術は我が国では禁忌とされている。私はもちろん、精神攻撃に対して常に対応策を取っているが、お前から何らかの魔力による作用を感じた事は無い。お前が大人の身体で居る時は、確かに魔力が薄っすらと常に周囲に放出されているがな」
「白竜は、それが私の命の息吹だと言っていました」
「それは・・・、放出され続けていて大丈夫なのですか?」
「カノンの魔力は今もまあまあ勢いよく周囲に発散され続けている。まるででかい炊き出し鍋の湯気のようだな。だがカノンの内部の魔力は現時点で満タンで、減っていく様子もない。放出されているのは厳密にはカノンの魔力ではなく、カノン特有の自動清浄魔法とでも言うものかのう。確かにカノンの傍に居ると、心地よいとは思うが、魅了されるほどの物でもない。幼児退行中は全く起こらない現象であるから、魔力量が一定以上を超えなければ発動しない作用であろうな。今の様子を見る限り、お前が十分な魔力を保持していれば、自然に発動し続けるものなのかもしれない。動物達がお前に惹かれるのは、人よりも感覚が鋭い故、余計に心地よさを強く感じるからではないか?」
ビアンカ様の説明で、ノアも少しホッとした様子。魔力が放出され続けていて、その分私の魔力がじりじり減るという訳ではないみたいだ。
「それならカノン、全然要らん心配だったな。お前、領都に行く前、エスティナじゃあほぼ子供の姿だったじゃねえか」
「あ!」
ケネスさんの指摘にハッとする。そう言えばそうだった。
領都に行く前、エスティナでは幼児退行を起こしてばかりでほぼ幼児の身体で過ごしていた。
「俺達はカノンの不思議な力に惹かれたわけじゃない。エスティナに突然やってきて、まるで世界にお互い2人しか居ねえって感じにくっついて離れねえ小さいカノンとノアを、どうにかして助けてやりたいと思っただけだったんだぜ。それに最初は、エスティナとしてはノアの力目当てだったしな。まあその辺はお互いに持ちつ持たれつだ。それに小さなカノンの世話は、エスティナの住人達の楽しみだった。良く分からん聖女の力なんか関係ない。俺達はノアとカノンの2人をエスティナに受け入れたいと、ちゃんとお前達を見て、自分達の意志で望んだんだぜ」
「ケネスさん、ありがとうございます」
「ありがとう、ございます・・・」
ううう、ケネスさんが泣かせてくる。
白竜に元気づけられて、吹っ切ったつもりだったけど、私に好意を持つのは聖女の魔力の作用かもなんて、伝えるのはやっぱり勇気が要る事だった。
「カノン、何度も伝えていますが、あなたが何者でも、私の気持ちに変わりはありませんからね」
「ありがとう、ノア」
ノアが手渡してくれたハンカチで私は涙を押さえた。いい加減成人女性の自覚を持って、ノアからハンカチを借りるのもやめないとな。
「カノン、不安にさせたら悪かった。ビアンカから見てもお前が穢れを発していないと分かっていたが、確認は必要だった。あと俺が聖女の力でお前に魅了されているのかどうかは良く分からんが、お前が大きかろうが小さかろうが、お前は俺にとって興味深いし非常に好ましいと思う。別に悪人が魅了の力を使って人を意のままに操っている訳じゃねえし、俺がお前に魅了されてお前の事が好きであっても別にどうでも良いじゃねえか。カノンは底抜けに善良な質だから問題ないだろ」
サージェ先生が白竜と同じような事を言うから、サージェ先生の発言には泣きながらも笑ってしまった。サージェ先生の発言に、ビアンカ様とケネスさんも頷いた。
動物達への影響はともかく、私の勝手に滲み出す命の息吹とやらが周囲の人達に与える影響についてはあんまり考えなくても良いのかな。私が常に、周囲の人達に善良で誠実であるならば、何も問題がないのかもしれない。よし、常に穏やかに善良である事を心がけていこう。
ついでに思い出した件、私と白竜の感情が共鳴?しているっぽい事もサージェ先生に伝えておく。
そんなケースはサージェ先生も初耳だったそうで、とてもびっくりしていた。これについても、私の日常生活において不都合が出てくるかどうか様子を見てみるほか無く、くれぐれも憂いなく、心穏やかに過ごしてくれよと皆さんには改めて念押しをされた。
「わかりました。皆さん、色々とありがとうございます」
「よし、安心したな。ほら菓子に手つかずではないか、食べながら話そう」
ビアンカ様に促されて、クリームとジャムが添えられたフィナンシェに私はやっと手を伸ばす。領主館の料理人さんのお菓子、ほんとに美味。




