白竜との対話を経て 3
「ありがとう、白竜」
私は何も考えずに、目の前の白竜の鼻に近づき、抱き着いた。自動的に私を後ろから抱きしめていたノアも白竜の鼻に覆いかぶさる形に。
ブフーと白竜の鼻からは定期的な呼吸が繰り返される。
『・・・我が娘よ。その楔は、必要か?我は気に入らんな。それは悪い物だ。お前を縛りつける枷が残っている。気に入らん』
「え、くさび?縛る・・・かせ?」
私のお腹に鼻をくっ付けたまま、白竜がフゴフゴと話す。
「どうした、カノン」
「白竜はなんて言っている?」
気付けばビアンカ様とサージェ先生も物凄く私達に近づいていた。私とノアと白竜の鼻を中心に、半径2メートル位の半円内に、グイードとラッシュ、ケネスさんもいる。
「えーと、私にまだ悪い楔、枷が残っているって言ってます。それが嫌だから、壊すって」
「何」
ビアンカ様が白竜にさらに肉薄して、私のすぐ隣に立った。
ちなみにノアは私の背後にピッタリ張り付いて、私はノアと白竜にサンドイッチされている形になっているけど、ノアの右足が白竜の口元にグッと掛けられていた。白竜は何ともせずにノアの好きにさせているけど、白竜の動き次第では、ノアは即座に白竜を蹴っ飛ばして白竜から私もろとも離脱する構えだ。
気を付けると昨日言ったばかりのくせに、この私の危機感の無さときたら。出会って3回で白竜に気を許すにはまだ早すぎたのか・・・。でも本当に危なかったらノアが全力で阻止するはずだしね。結局はノア頼みの私の安全管理なのだった。
私のお腹でフゴフゴしている白竜の鼻面を見下ろしながら、ビアンカ様は私の頭をワシッと掴んだ。
「檻に枷ときたか。聖女には何らかの制限が術で施されているのか?私には全く分からんな・・・」
「白竜。私に何か術、魔術?が掛けられているの?」
『忌々しい。全く忌々しい。我が娘がこの世に生まれ落ちる時に、魂に書き込まれた制約だ。一欠けらの憂いなく、のびやかにこの世で過ごすべき我が娘に、まことそぐわぬ。あってはならぬ。その楔、我が今滅してくれよう』
ちょっと白竜がご立腹になってきている気がする。白竜の気がピリピリ立ってきたような。私の気持ちが白竜に伝わるように、白竜の気持ちも私に伝わるものなのかな。
「おぐ」
ちょっと白竜が強めに私のお腹を押した。空きっ腹だから、オエーッとならなくてよかったけど。そしてしばらくジッとしてから白竜がゆっくりと、私のお腹から鼻を離し始めた。
私のお腹から離れた白竜の口元には、銀色に輝く細い棒が咥えられていた。その棒は、私のお腹に繋がっていて、白竜が鼻面を後ろに下げるとどんどんと長さを伸ばしていく。
「えええ?!」
「なんだそれは!」
その銀色に輝く細い棒は、私とビアンカ様にしか見えていないようだった。太さは・・・、キュウリ位?その白銀の棒自体が光を発しているけど、その棒の表面には水色に発色する紋様が明滅して浮かんでいた。その棒の長さが一メートルにもなろうかという時、唐突にその棒は私のお腹から離れた。離れると同時に白竜が口元をモゴモゴ動かすと、パリンとガラスでも割れるかのような硬質の音が響き渡った。
「・・・・・」
「カノン、どうしたのですか」
「カノン、大丈夫か」
私の体の中にあった、銀色の棒は一体何?
私とビアンカ様が呆然としたのは一瞬。
それから私の身体には急激な変化が起った。
「あっ・・・」
「カノン!」
お腹を押さえて背中を丸める私を、ノアが更にギュウと抱きしめて来る。
「あっ・・・、お」
「どうしたカノン!」
後ろに付いてくれていたグイ―ドとラッシュも私に慌てて近付く。
「・・・なか、・・いた」
「カノン!何処か痛むのですか?」
心配したミンミとかも集まってこようとしている。これは、秘密裏に乗り切る事は最早無理だ。私の身体が、私の言う事を聞かない!
私の周りに集まってきた人達にバッチリ聞こえる程の、私の大きなお腹の音が鳴り響いた。
「お腹空いた!」
「はっ・・・?」
何事かと私の周囲に集まりつつあった人達の動きが止まった。ノアですら、私の発言に理解が遅れて、動きが止まった。
「おな、おなか、すいた・・・っ!お腹空いたよ!う、うえええーん!!」
それは今まで生きてきて感じた事のない飢餓感だった。
お腹が空き過ぎて泣く事なんてある?!
でもそれが今起こっている。お腹が空き過ぎて、辛い!!今すぐにモリモリご飯を食べられない事が悲しくて仕方がない。
私のお腹はひっきりなしにグウグウ鳴っている。私はノアの拘束から逃れ、その場でしゃがみ込み、泣きながら急いでテリーさんに持たされたハンカチ包みを膝上で開く。中には皮ごと食べられる赤い果物と、小さいサラミ一本とナッツが練り込まれた小さい丸パン二つ。いつもの私ならこの量で充分朝食に足りる。
私は赤い果物を丸かじりし、丸パンもガブガブ食べ、硬いサラミもあっという間に食べきった。それでも苦しい程の飢餓感が全然収まらない。
「ノア、お腹空いたよううー!!」
「カノン!これも食べて下さい」
ノアから渡された、赤いプラムみたいな果物も口の周りが汚れる事も気にせずに思いっきり齧り付く。でもあっという間に食べきってしまう。
「どうしたのだ!小食のカノンにあるまじき非常事態だな!」
「皆さん!カノンに食べ物を!食料を分けて下さい!」
ノアの呼びかけに、冒険者達から次々と手持ちの食料が私に差し出される。
ラッシュが持っていたナッツの小袋を空にし、グイ―ドの携帯食の固焼きクッキーを全て口の中に収める。口がぱさぱさになっている所にミンミからもらった果物に齧り付いて喉を潤す。これだけ食べたら、普段の私ならとっくに満腹、食べすぎな位だ。だけど、飢餓感は依然として無くなってくれない。さらに他の冒険者からナッツを貰い、固焼きパンを貰い、ドライフルーツを貰う。でもまだまだ、全然足りないのだ。
「ふ、ふうううーー!!」
泣きながら誰かから貰ったジーンさんのジャーキーを齧る。美味しいけどジャーキーってパクパク食べられない!今はとにかくお腹にどんどん入れたい!この空腹感をとにかく満たしたい!
「ご、ご飯食べたいいいー!」
防護柵前に集まった冒険者達の携帯食を全て貰っても、私の異常な飢餓感は無くならず、募る一方だった。
ノアは泣きながらジャーキーに噛みつく私をお姫様抱っこして、町中に向けて走り出した。ノアを追いかけるように他の冒険者達も走り出す。ビアンカ様達も馬に飛び乗った。
「何だ、白竜のせいか?!とにかく、飯だな!炊き出しでもするか?!」
「お願いします!とにかくカノンに食事を!白竜!カノンが緊急事態です!話はまた後で!」
私はとにかくジーンさんのジャーキーを柔らかくして噛み千切る事に意識を集中していたのだけど、その意識の外で白竜がガオーンと鳴いていたような気がする。
泣きながらジャーキーを齧る私が宿の食堂に運び込まれ、ルティーナさん達も驚いていたけど、白竜に術を掛けられた関係で大量の食事が必要というノアの雑な説明にツッコミ1つせず、テリーさんが仕上げる料理をルティーナさんとアリスがどんどん運んでくれた。宿の外からも、隣近所から料理の応援物資がどんどん届く。宿の冒険者の人達も、自分の非常食まで提供してくれる。
「みんなの朝ごはん、無くなっちゃううー!うええええーん!」
「わはははは!良いから食え食え!」
食べながら、泣きながら、謝りながらも、食べる手を止められない!今日の朝ごはんどころか手持ちの非常食まで食い尽くす私を、冒険者の皆さんは暖かい目で見守ってくれている。
今の私には理性の欠片も無く、欲望のままに目の前の料理をとにかく口に運んでいる。
「ノア!取り合えず一鍋、炊き出しが出来たぞ!カノンを連れて広場に来い!」
宿の食堂に顔を出したケネスさんがノアと私を呼んだ。
テリーさんが全力で次の料理を仕上げてくれているけど、恐ろしい事にテーブル一杯に並べられた料理はあと少しで尽きる所だった。更に恐ろしい事にあんなに大量に食べているのに、私のお腹、ぺったんこなままなんだけど!私のお腹、異次元に繋がってる?!
「こ、こわいいいーーー!!」
食べても食べても癒されない飢餓感に、私は成すすべなく泣きながら目の前の料理を食べ続ける。
「大丈夫ですよ、カノン。きっとカノンの身体に必要な事なのです。あの白竜は、カノンのためにならない事はしないでしょうから」
ノアは私を励ましながら、お姫様抱っこで今度は広場へ私を連れて行く。私は立って歩く余裕も無く、お腹の上に置いたお皿からおやきをパクパクと口に放り込んでいく。
広場に連れていかれると、魔獣のお肉がふんだんに入った汁物が出来上がっていた。ニードルボアの肉がゴロゴロ入っているし、根菜類もたっぷりはいっている。一口大のモチモチしたお団子みたいな奴も入っていて、すっごく美味しい。炊き出し鍋の近くに設置されたテーブルセットに着席して、私はすぐさま汁物に手を伸ばした。
「うっ、うう、美味しいぃ・・・」
「高級肉のニードルボアをこれでもかと入れてやったぜ。たんと食え!」
いい笑顔で笑うケネスさんの後ろに一台の馬車が滑り込んできた。
「カノン、差し入れだぞ!」
ビアンカ様とサージェ先生が急ぎ馬車から降りてきて、大きめのトランクをドンと簡易テーブルの上に2つ乗せた。トランクの蓋を開けると、そこには美味しそうなサンドイッチや、パイがぎっしりと詰め込まれていた。
「し、汁物に、合うーー!!」
私は文字通り、泣きながら感謝した。
汁物とサンドイッチ、パイを交互に口に運んでいると、さすがに段々と狂おしい程の飢餓感が薄れてきた。でもまだまだ、美味しいと料理を口に運ぶ余裕がお腹にはある。
「カノン。お腹は一杯になってきましたか?」
「うん。でも、まだもうちょっと、食べたい」
「よしよし、好きなだけ食べろ。まるで魔力切れの私のような食欲だったな」
そう言いながらビアンカ様が私の頭に手を置き、うおっ!と声を上げた。
「これはまた・・・、驚くしかない。カノン、お前の魔力がものすごい勢いで回復したぞ」
「へっ?」
そんなばかな。
サクサクのミートパイに齧りつきながら、私は驚いた。
私の魔力回復スピードはビアンカ様も首を捻る謎の遅さで、魔力が満タンになるまで3カ月以上はかかるはず。それを上回るスピードで?
「おお・・・、凄いな。半分まではいかないが、お前が今まで一月掛けて回復していた魔力量を今日の一日で回復してしまったぞ」
「ええー」
「それはなんとも興味深い。魔術士はそれぞれ魔力量も違えば回復スピードも違う。しかしその魔力量と回復スピードの個人差は、成長期を過ぎればほとんど変化する事は無いと聞く。カノンの身体に何が起こった?そしてこれほど大量の食事はどこに消えたんだ。全てが魔力に変換されたのか?そんな事が出来る人間が果たしているのか」
ビアンカ様の次に、今度は興味を惹かれた様子のサージェ先生が私の頭を大きな手で揉む。揉まれながらも私はまだまだ食事の手を止めなかった。
私の魔力が、物凄いスピードで回復しているのかあ。ご飯を食べているおかげなのか、どうなのか。しかし、この空腹感、ヤバかった。もうこの世に絶望する!って位の辛さと苦しさと心細さだったもんな。お腹が減り過ぎるって、こんなに切なく悲しいものなのか。
さすがに飢餓感はだいぶ薄れた。しかしルティーナさんの宿の食料を、予定外に物凄く減らしてしまっただろう。申し訳ない。食べた分のお金をしっかり払って、冒険者の皆さんにも非常食分をお返ししないとな。
そしてやっと食べながら考えたり、会話をする余裕も出てきた。
「びっくりした。お腹が減り過ぎて、死んじゃうかと思った」
私の周りに集まった人達、特に冒険者の人達がはあーっと大きくため息を付いた。
「カノン。もう二度とあなたを空腹で泣かせるような真似はしません。領都でマジックバッグを手に入れて、それに食料を常に満タンに入れておきますからね。念のために、グイ―ド達にも料理を入れたマジックバッグを持たせておこうと思います。お腹が空いたら私かグイ―ド達に声を掛けて下さい」
「うーん。こんな事、もう無いんじゃないかと思うけど」
マジックバッグって、めちゃくちゃ高価なんだよ。領都の高級店をベル様達と冷やかしに行って、目が飛び出すかと思ったもんな。それを、私の非常食を入れておくためだけに使うなんて、なんて無駄遣いを・・・。
「カノンちゃん。お腹を空かせて泣くカノンちゃんに、丸パンの1つも差し出せないなんて、自分が不甲斐ないったらなかったわ。私、いつもカノンちゃんに渡せるようにこれからは必ずご飯を持ち歩くからね!」
「あんなにワンワン泣かれて、すぐに飯を食わせてやれなかったのは胸が痛んだぜ。俺も、いつでもカノンが腹一杯食えるようにしておくからな。腹が減ったらすぐに俺達に言えよ?」
「俺も全身に携帯食を仕込んでおくからな。腹が減ったら遠慮するなよ?」
ミンミ達が真剣な顔で私に話してくる。
「いや、あの・・・。今日は特別だと思うんだよ。魔力が大きく減っている時だけだと思う。それに段々、お腹も一杯になってきたような気がするし・・・」
そんな、始終お腹を空かせている食いしん坊キャラみたいに言わないで欲しい。今日は多分イレギュラーだったと思うから!今はもう、食べた分がちゃんとお腹に溜まっている感じがするから!
ニードルボア汁はほぼ空になったし、ビアンカ様達が領主館から差し入れてくれたサンドイッチとパイの詰まったトランクも9割がた空にした。
うーん、やっと満たされた感じがするなあ・・・。
「みんな、ありがとう。ご馳走様!」
そう言ったが最後、私の記憶は途切れた。




