白竜との対話を経て 2
そしてその翌朝。
ぐっすりと眠り込んでいる所を、ノアが私の肩をゆすって起こしてきた。
「ううー?」
「カノン。起きて下さい。鐘二つ。冒険者に召集がかかりました」
私が目を開けると、部屋の中はまだ薄暗い。部屋の格子戸から差し込む朝日は、やっと町中の木々や建物を薄っすらと照らし始めた所。テリーさんだってまだ朝食の準備に取り掛かっていないと思う。
「・・・鐘二つって、なんだっけ?」
「非戦闘員は屋内待機。冒険者は防護柵前に集合です」
「防護柵・・・」
私の頭が徐々に働きだす。
「防護柵って」
格子戸をすり抜けて、ガオーンと咆哮が私達の部屋に届いた。
少し弱めのカンカーンという、高い鐘の音も2回鳴るリズムを取りながら響き続けている。鐘も割れろとばかりにならされる鐘五つとは叩く力み具合がまるで違うようで、鐘二つの音は涼やかにエスティナの朝に響き渡る。
その鐘の音に、ガオーンと獣の穏やかな咆哮が合いの手を入れて来る。
5回寝たら。5回寝たらって言ったけども!
「なんてこった・・・。エスティナ中を叩き起こしちゃったんじゃない?」
「ふふふ。待ちきれずに、日の出と共にやって来たのでしょうねえ」
出かける準備をして食堂に降りれば、鐘二つの招集に出かけようとする宿の利用客が大勢いた。
「みなさん、えーと。多分、危険はないですけど、あんまり白竜には近付かないでください。早起きさせてごめんなさい」
「はっは。この竜の声に警戒が要らんとは、なんとも有難い事だな」
「ノアが居るし、カノンちゃんがそう言うなら、のんびり防護柵まで向かうかー」
「一応、防護柵見てこなきゃねえしな」
しゃっきり目覚めている人も居れば、眠そうに目を擦っている人も居る。
食堂の出口にはテリーさんが籠を持って立っていて、出かける冒険者達に目覚めの果物を配っている。
「テリーさん、すみません」
「白竜も早く起きたもんだなあ。カノンちゃん、気を付けてな」
テリーさんは私にはハンカチの小包を手渡してくれた。
白竜の来訪はエスティナ中に予告していたので特に混乱はない。ただ、想定していた時間よりかなり早かった。
「カノンちゃん、おはよ!」
「おはよう、みんな」
ミンミ達とも合流し、みんなで連れ立って町はずれの防護柵へ向かうと、他の宿や、店舗や、自宅から冒険者達がぞろぞろと出て来る。
この早朝にみんなでぞろぞろと一カ所に向かう動き、実家の町内会の早朝清掃っぽい感じがする。緊張感は全くない。
予定では私とノア、サージェ先生とビアンカ様、それとケネスさん位が立ち会って白竜と会う予定だったんだけど、鐘で招集を掛けられてしまったので冒険者が全員集合してしまう事となった。ケネスさんはすでに防護柵の前で私達が到着するのを待っていた。
領主館からは騎乗したサージェ先生、ビアンカ様、そして騎士さん達が駆けつけていて、防護柵から離れた物見櫓の陰に集まっていた。馬達が白竜を怖がるからね。今日セイラン号は宿の裏の馬房で休ませている。
「おはようございます。ビアンカ様、サージェ先生」
「おはよう・・・」
「ははは!段取りもへったくれも無かったな!白竜が人間の思うままになる訳がないよなあ!」
早朝に防護柵に呼びつけられて、朝が弱いビアンカ様は眠気が纏わりついているようで馬の上でほぼ目を瞑っている。それに対してサージェ先生は早朝から非常に元気でご機嫌だった。
防護柵の向こう側。
白竜は柵に並列駐車をする車のように横付けになって、防護柵に左手を掛けてお座りをしていた。前回と同じ体勢だ。
エスティナ中を早朝に叩き起こし、今回もエスティナの皆さんに迷惑をかけてしまったなあ・・・。
冒険者達が私を見ながら左右に別れ、白竜までの花道も出来上がる。白竜もこっちを見ている。
白竜の目の前に出るのは一応打ち合わせたメンバー、私とノアの他にビアンカ様、サージェ先生、ケネスさんの5名だ。
「サージェ先生。この中で色々話しちゃって、大丈夫ですか?」
話す内容が、スタンレーの事とか、聖女の事とかになっても大丈夫?まあ、私がスタンレーの聖女だって事はもう、エスティナでは公認の秘密っぽいんだけどね・・・。
「よし、全員物見櫓の後ろまで下がれ」
ケネスさんの指示で、私達5人以外はいったん後方に下がってもらう事にした。一冒険者が知らなくて良いような話にまでなっちゃうかもだからね。
私は防護柵に横付けお座りをしている白竜のすぐ近くまで寄っていく。白竜は私をかなり遠くから認識していた様で、私が見えてからガオーン(娘―)と吠えるのを止めて、私が近づくのをじっと見つめていた。
「おはよう、白竜」
『娘。大きくなった』
確かにそう。
幼児から20歳児になったもんね。
「言ったでしょ、大きくなるって。私、しっかり食べて寝れば大きくなるし、魔力も少しずつだけど回復するから、心配しないでね」
それに対して、白竜はブフーと鼻息を出した。
『だが、我が娘はまだまだ小さい。もっと食べて、良く寝ろ。シカは好きか』
そう言って白竜が上げた右手には、エメラルドグリーンの体毛のヘラジカみたいな大型獣が握られていた。体長10メートルはありそう。
「うお!ゴルドエルクだ・・・!!」
「また珍しい奴を。しかもでけえ・・・」
後方の冒険者達がざわついている。
これまた白竜は右手でキュッと絞めた巨大なヘラジカみたいな奴を防護柵のこちら側に投げ入れてきた。
『しっかり食べれば我のようにお前もきっと強く、大きくなれる。さすればいつか、森で共に暮らせるようになろう』
「が、がんばるね」
白竜から励ましと共に応援物資(ヘラジカ大)を受け取る。白竜は人里に近づいた事がまず無いらしいし、人間がどういったものなのかが分からないのかもしれない。私はどんなに食べても30メートルの白竜程には大きくなれないんだよ・・・。ちょっとずつ、人間に対して理解を深めていって貰わないとなあ。
『我が娘。今日は怒っておらぬのか』
「え?」
・・・別に、全く怒ってないけど。今日はというか、別にそんなに怒る事が思い浮かばないけど。
全く思い当たる事が無く、私はポカンと口を開けて白竜を見上げた。
『この前、お前の嫌悪、拒絶、負の感情が我に鋭く強く届いた。その悲しみが続くなら、全てを薙ぎ払いお前を森に連れて帰ろうと思ったのだが、その時のお前の怒りと嫌悪はすぐに消えた』
「まま、待って。怒ってない、私怒ってないよ。大丈夫だよ!」
『ふむ・・・・。非常に強い拒絶の念だった。よほど嫌な思いをしたのだろうと思ったが、大事なかったか』
「うん!全く、問題ないよ!」
全く自分の怒りとか嫌悪について、心当たり無し!!
なんだろなー。何かあったかな?鐘五つの日の事だよね。必死過ぎてあまり覚えてないな。
しかし、私の感情の動きが白竜に伝わってしまうかもしれない可能性が出てきた。私がご機嫌で生活できているなら問題ないだろうけど、私が怒ったり悲しんだりすると、心配した白竜がまた住処から出てきて防護柵に横付け停車をして鐘二つの招集発令になるかもしれないのか。これもサージェ先生に要報告案件だ。
さて、白竜には私が大きくなった事を確認してもらった。これで私と白竜の用事は済んだと言っても過言ではない。
「サージェ先生、もう私達の用事は済みました」
「何っ?!」
対面して2分で私と白竜の話が終わるとはサージェ先生も思っていなかったようだ。
「カノン。もう少し、白竜と会話は可能か?」
「白竜、もっと話しても良い?」
『構わんぞ』
ガフ―と息を吐きだしながら答えた白竜は、防護柵沿いに上体を前に倒し、左手を肘掛に掛けるようにしたまま、顎を柵の上に乗せた。ちなみに丸太の防護柵の上部は丸太が円錐状に削られている。白竜はそこに顎を乗せて痛くないのか。あ、少し円錐の丸太に顎の下をコシコシと擦り付けてる。気持ちいいのかもしれない。
まるで自宅かのように寛ぎ始めた白竜を確認して、サージェ先生は白竜への質問を何点か上げた。
1つ、白竜の娘とはスタンレーの聖女の事なのか。
1つ、娘たちの恨みつらみの穢れは何処から発せられるのか。
1つ、私、カノンからは現在穢れが発生していないのか。
さすが頭が良い人は違うなー!
私が白竜からの情報過多で頭がフリーズしている一方で、サージェ先生は疑問を整理し、要確認事項を順番付けて白竜から聞き出そうとしていた。3番目の私に関する質問なんて、私自身が気付けよってとこだった。全然そんな質問思いつきもしなかった。
私は1つずつ、白竜にサージェ先生から預かった質問をしていった。
「白竜。白竜が言う娘達って、スタンレーの、この隣の国で召喚されて呼び寄せられる聖女達の事?」
『お前達が聖女と呼ばれるのなら、いかにも』
これはノアの予想通り。
「なんで私達が白竜の娘なの?」
『我らは同じ理を持ってこの世界に生まれた。その身の成り立ち、この世界に還る理、我と同じくする娘達であるからな』
この白竜独自の感覚的な話し方をされると、途端に理解が難しくなるなあ。それに内容としては、この前と同じことを白竜は言っている。新しい話は無いね。この件については保留。
「娘達の恨みつらみの、呪いの穢れは何処から出てくるの?」
『そこに見える檻から常にじわじわと溢れ出て来るわ。特に我が娘がこの世に産み落とされてしばらくすると、大きな穢れが檻から溢れ出て、多くの獣達が正気を失う。お前がこの世に生まれたあと、大きく溢れ出た穢れは我を完全に飲み込み、我の穢れを取り払おうとした同胞達も何匹か穢れに飲み込まれて正気を失ってしまった。その檻は我が娘が囚われ続ける限り穢れをこの世に吐き出し続ける。皆で檻を壊そうとした事もあったが、小さきものは命を落とし、力ある者は正気を失い穢れに呑まれるだけだった。我も檻に触れれば触れる程穢れに蝕まれる。我らはどうしてもあの檻には手出しが出来ないのだ』
そこの檻と言いながら、少し顔を上げた白竜はスタンレーの方角を仰ぎ見た。私からは鬱蒼と生い茂る森林の樹木で何も見えないんだけど。
「檻って、どんなもの?聖女の結界の事だよね?」
『檻はとても大きく、娘達の住処を天上まで覆っている。表面に穢れが纏わりつき、近づく獣に形を変えて絡みつく。内にいる我が娘達は檻の外に出てこない。檻の外に居る我らは内に入れない』
ふーむ。スタンレー王国が聖女に結界を張らせていたのは、大森林の獣達が国内に入り込むのを防ぐためだったかな?民間人は国境を越えて行き来していると聞いたから、多分人間には作用しないんだよね。
「ノア?スタンレー王国の聖女の結界は、獣を防ぐための物だったんだよね?」
「はい。聖女の結界があるお陰で、スタンレーはここ数十年、獣が人を害することなく、国軍が獣害の対策も講ずる必要もないのです。エスティナで暮らしてみて初めて、獣害に怯えずに暮らせていたスタンレーがいかに恵まれていたのかと気付かされました」
これまでの話を纏めると、やっぱり白竜の娘達は私を含め、私の前に召喚されていた聖女達で間違いなさそうだし、聖女が内に居る檻というのは、聖女が張るスタンレー王国を守る結界のようだ。
「白竜。檻から出た私は、今も周囲を呪う穢れを生み出している?」
この質問は少し勇気が要ったけど、確かめておかなければならない事だ。白竜の話次第では、私がエスティナに暮らす事でエスティナの人々を危険に晒す事になりかねないからだ。
『我が娘。お前は今の暮らしに満ち足りておるな。今、お前の命の火はまだまだ小さいが、少しずつ周囲に心地の良い命の息吹が滲み出している。我の穢れを払いに我の寝床にやって来た時のお前は、この森の荒れた空気を整えるほどの強い力を周囲に放っていた。お前の力は森の獣達を癒し、森の木々を育てる。お前は穢れを清め、傷ついた森と獣を慰撫するもの。森の獣達は総じてお前を愛している。だから娘、獣達の挨拶を受けてやっておくれ』
「そ・・・、そっかー」
そういう・・・、そういう訳だったのかー。
私のモテ期の原因が解明された。
えーと、白竜の話を要約すると。
ストレスフリーの生活をしている私は、ただ居るだけで森の獣達の精神安定剤になり、どういう訳か大森林の木々、植物の成長促進も促すらしい。そして私から何か、獣にとって心地よい物が出ているので、森の動物達が私に絡んで来る。
・・・ちょっと待って。
「は、白竜。私に、周りの人達が優しいのって、その所為なの?」
私の聖女の魔力が森の獣達を引き付けるように、周囲の人達も惹きつけてしまうのだろうか。それって、聖女の力ありきの関係ってことだよね。それなら・・・、ノアだって、ひょっとして・・・。
ブフーと鼻息を掛けながら、白竜が私の前に鼻を近づけて来た。
『どうした、愛しい我が娘。何がお前を悲しませる。お前が嘆き悲しむと、我も、森の獣達も悲しい。嘆きが深まると、それは穢れとなる。悲しむな』
「うん・・・。でも、私が聖女だから、無意識に聖女の力で周りが私に好意を持たせるようにしているから、みんな私に優しいのかな。そう思ったら、ちょっと、かなり悲しくなった」
「カノン。白竜との会話については後でゆっくり聞きますが、私があなたを好きなのは、あなたが聖女だからではありません。あなたの内面にどうしようもなく心惹かれたから、私はあなたを愛しているのですよ。聖女の力があろうがなかろうが、私があなたを愛する事に変わりはありません。私以外の人達も、カノンの素直で善良な気質をとても好ましいと思っているから、あなたと良好な関係を築いているのです。もちろん私はあなたの姿形も可愛らしいと思いますが、私はあなたの姿がどんなに変わろうとも、あなたを変わらず愛し続けます」
ノアが私を後ろから抱きしめてくれる。
「・・・ありがとう、ノア」
ブフーと再び白竜が私達に鼻息を掛けて来る。
『何が悲しいのか良く分からんが・・・。お前は森を癒やし、森の命を慰撫する者。お前が嫌がろうが悲しもうが、その力はお前の物だ。その力を含めて、我々はお前を愛しいと思う。それだけの事だ』
「ふふ、ありがとう。白竜」
たらればを考えても仕方がないと、白竜が言っている。
私が聖女の力を持っていなかったらとか、聖女の力を失ってしまったらとか、今考えても何の意味も無いもんな!現に私は、ちょっと不便な事もあるけど、不可思議チートな聖女の力を持ってしまっている訳なんだから。白竜曰く、この聖女の力を含めて、今の私なんだ。
「ありがとう、白竜!」
『悲しみが消えたな。良い事だ』
ガオーンと至近距離で白竜がご機嫌の咆哮を上げるので、私とノアは風圧で1メートル位後方にスライド移動した。
「お、おおおい!大丈夫かよ!」
グイ―ドとラッシュが慌てて私達の後ろに立ち、背中に手を添えた。
「あはは、ゴメン。白竜が喜んで鳴いただけだから」
「うおおお、怖えぇー。カノン、お前、良く平気で。すげえな!」
私の肩に添えられたラッシュの手は細かに震えている。これがきっと普通の反応なんだよねえ。盛大にビビっているのに白竜の前に果敢に駆け寄ってくれたラッシュの、私達を思うその心が嬉しいじゃないか。
しばらく長らくウジウジと悩んでいたけど、白竜のお陰でパッと視界が良好に開けたような心地がする。気持ちがこれまでにない位に前向きで、やみくもにやる気が漲っている感じがする!まあ、何を頑張っていくのかはこれから考えるけど。
体も心も大きな白竜を前にすると、自分の悩みがほんとにちっぽけなものだったと気付いた。この白竜は、私にとっては良い存在だと思う。
そして今すぐには無理だろうけど、白竜がいずれエスティナの人達に受け入れられて、エスティナの守護獣のようになってくれたらなあ。そうしたら、情に厚いこの白竜も、人と交流しながら寂しい思いをせずに悠久の時を過ごしていけるんじゃないかな。
すくなくとも、白竜は人を害する意思は無い事をエスティナの人達に分かって欲しいなあ。




