ゴルド大森林の白竜 2
その後、私達白竜解呪作戦部隊は特に問題もなくゴルド大森林を進み、とうとう白竜の巣へ到達した。
「・・・着いたな」
「ああ・・・」
ビアンカ様とサージェ先生が言葉少なに前方を見据えている。
私達は白竜の巣の岩山までは途中で馬を降り、大森林の中の細い獣道を進んできた。獣道が途切れた先は森の木々もなく、開けた場所にまばらに草木が生える岩山があった。その岩山の下部に開いた洞穴に白竜はいた。
白竜は洞穴から半分身体をはみ出させて地面に横たわっているらしい。
私達は木々の陰から白竜を観察している。
「カノン。白竜がどのように見える」
「えーと。・・・真っ黒です。真っ黒くて大きい、形は半分に切った丸パンみたいです。どこが頭でどこが尻尾か、全く分かりません」
ビアンカ様の被っていた黒ペンキと同じ状態だ。マットな光沢のある黒は、私から白竜の姿かたちをすっかり隠してしまっている。
岩山は分かる。その岩山の下部にある浅い洞穴に、のっぺりした真っ黒い物体がみっちり詰まっている。そのようにしか私には見えない。白竜が居ると言われるからこそ、あの黒い物体が白竜なんだろうなあとやっと認識が出来る。
しかし、でっかい!何メートルの大きさがあるんだろう!比較する物がないから何ともだけど、学校のプールにギリ収まらないくらい?30メートルはある?
「ビアンカ様には、白竜はどんな感じで見えますか?」
「うん、私には黒い厚手の総レースのベールに全身が包まっているように見えるな。薄っすらと白竜の輪郭は分かるから、どっちが頭でどっちが尻かもわかる。目を瞑っているようだが、薄目を開けているかもしれん」
総レースって、おしゃれ。
上品な、淑女たる白竜が頭に浮かび、私はブルブルと頭を振った。
「サージェ先生。白竜って、私達に気付いていますか?」
「微動だにしないが、とっくに気付いているだろうな」
気付かれてるんなら、もう木の後ろに隠れている意味ないじゃん。
「サージェ様。カノンの白竜への接触方法はどのように?」
「そうだな。白竜の鼻先に冒険者達が餌や酒を置いて白竜の気を引いている隙に、カノンには白竜の尻側に回って体の一部に触って解呪をしてもらう。合図は俺が出す。ノアはカノンを白竜の近くに誘導してくれ。カノンの目では白竜を認識出来ない様だからな」
サージェ先生の作戦にノアは了承する。
「分かりました。カノン、白竜の尻尾は丸まらずに真っ直ぐに伸びています。本体からも程よく離れていますので、尻尾に少し触って解呪をする事が可能だと思います。聖女の力を行使したら、私はカノンを抱き上げて速やかに白竜から離れます」
「わかった!それなら白竜の解呪が出来るかもしれないね」
それならサージェ先生に言っていた、白竜に気付かれないように尻尾をちょっと触る作戦が実行可能なんじゃない?ヒット&アウェイだね。サッと触ってサッと逃げるのだ。解呪をしたら全速力で白竜から逃げる。気絶した私を抱えたノアがだけど。
あれだけの巨体の穢れを払うんだから、絶対に幼児退行を起こして気絶するはず。そうしたら私の身体はノアにお任せするしかない。
「よし。カノンの解呪が成ったら、俺達も全員白竜を刺激しないように速やかに白竜から離れる。解呪後の白竜の観察は後日にする。まずは白竜の解呪が最優先だ。だが、万が一白竜から攻撃されそうになった場合は」
「その場合は、私が速やかに白竜の首を落とします」
何の気負いもなく淡々とノアがサージェ先生に答える。
これ、ノアのビッグマウスなんて事は絶対に無く。ノアはやっぱり出来るからそう言っているんだなあ。実際の白竜を前にして、ノアはいつも通りの落ち着いた様子だった。
ノアの力はどんどん研ぎ澄まされて大きくなり、どこまでの事が出来るのか天井知らずだ。
出会った頃はちょっと強いのかなあという、イケメンの軍人さんだったのに。白竜の首を落とすと言えるのは、もはや冒険者の枠にとっくに収まらなくなってるよね。
凄いなあとノアを見ていると、ノアが私を見てへにょと眉尻を下げた。
「何を考えているのか手に取るようにわかりますが、この国で、いえ、この世界で尊い身なのはカノン、あなたなのですよ。どれほどに力が強い魔術士でも、人の穢れ、呪いを消し去る事は出来ない。あなたの力はこの世界で唯一無二のものです。この場に居る者達は、あなたを支え、守るためだけに集まったのです。解呪後は私達が必ずエスティナにあなたを連れて帰ります。ですからカノンはくれぐれも気を付けて、自身の身の安全だけを考えてください」
「うん・・・。でも私、そんなに運動神経も良くないし、自分で自分の身は守れないよ。でもノアなら何があっても私を守ってくれるでしょ?ノアが一緒だから私、ここまで来たんだぐう」
「・・・・全く、あなたときたら」
話している途中でノアに思い切りハグされる。
「私はあなたの信頼に全力で応えます。あなたに傷一つ付けずにエスティナに連れて帰りますからね」
「うん、信じてるよノア」
「カノン、ノア。そろそろいいか」
ビアンカ様の声にハッとして辺りを見回すと、塊肉とワインの酒樽を準備している冒険者の人達も、私の守りと撤退の為にスタンバっている騎士さん達も、みんなが私とノアを見ていた。
「ぜ、全然!いつでも、大丈夫です!」
「よし、ではそれぞれ配置に付け!」
私は慌ててノアの拘束から抜け出そうとするも、また絶妙な力加減だなあ!
ノアの腕の中でモガモガと藻掻いている私を皆さん見て向ぬふりをして、ビアンカ様の号令に従いそれぞれの仕事をし始めた。
まずは冒険者の人達が白竜の気を引くために、白竜への貢物のお肉や酒樽を運び始める。私達から見て右側に寄って行っているので、右に頭があるのだろう。
貢物部隊を守る様にグイード達のバーティや他にも何人か冒険者が展開する。真っ黒い塊の右端に肉の塊と酒樽を置いて、冒険者達は私達の所に戻ってきた。黒い塊はプルプルと震えている。
「よし、肉を食べ始めたな。それではカノン、ノアの後ろに続いてそっと反対側に回れ」
「わかりました」
ノアがやっと私の拘束を解くと、私を左側に庇いながら白竜の尻尾に向けて動き始めた。シャランと涼やかな金属音が鳴る。ノアが剣を抜いた。白竜の動きによっては、ノアは一太刀で白竜を斬り伏せるだろう。学校のプール位はありそうな巨体を、片手で・・・。やっぱりノアの強さは人間離れをしてしまっていると思う。
岩山の周囲の開けた場所の外縁を、ノアと私は一応木々の陰に隠れながら半円を描きつつ進む。ノアは右手に剣を構え、左手に私を庇いながら白竜の尻尾を多分目指している。
半円を描きながら迂回して、白竜のお尻の方に来たのかなーと思っていたら、ノアがぴたりと足を止めた。
「・・・・白竜が、動き始めました」
「えっ?」
サージェ先生は、白竜の動きは鈍いって言ってたけど。ズズ、ズシャ、って感じで音が聞こえ始める。これが白竜の動く音?
「ど、どうしよう。白竜はどんな感じ?」
「・・・その場で、体勢を変えているのでしょうか。頭と、尻尾の位置が・・・」
ノアの実況中もズズ、ズズッと地面の上で巨体を擦っているのか白竜のいる方向から音が聞こえ続ける。
「・・・頭と尻尾の位置が入れ替わりました」
という事は?
私達が目指していた先に白竜の頭が来てしまったという事だ。
「カノン、一度サージェ様の所に戻りましょう」
「う、うん」
私とノアは岩山を迂回するように半円を描いて移動してきた。今は、白竜の尻尾があるだろう位置にあと少しと言う所だったのか、白竜の黒いプルプルとした塊は目前だった。これが今、白竜の顔に入れ替わっているとしたら、白竜の顔にメチャ近い・・・。
「ゆっくり、戻りますよ」
「う、うん」
ノアは剣を構えながら、後ろ向きに下がり始める。
私は鈍臭いので後ろ向きで歩いたら絶対に転ぶ。なので私は回れ右をし、ノアから離れ過ぎないように元来た道をゆっくり戻り始めた。
半円を逆戻りして私達はスタート地点に戻った。
「・・・白竜、動いてんなあ」
「動いておるな」
スタート地点の洞穴の真ん前には、サージェ先生とビアンカ様が元居た通りに仁王立ちで白竜の観察をしている。
「サージェ先生、白竜が動いちゃいました」
「うん、そうだな。・・・・今、また動いて最初の体勢に戻った。腹に肉と酒が入ったし、寝やすい体勢を取ろうとしてんのか?ちょっと様子見だな。白竜がもし落ち着いたら、もう1回挑戦だ」
それから私達は30分ほど白竜を観察した。
白竜には人間が近づいている事はとっくにバレバレだし、冒険者達が目の前に置いた貢物のお肉とワインも口をつけてくれている。それでも木々に隠れて白竜を観察するのは気分的なものだ。やっぱりむき身で白竜の前に立つのは、ちょっと勇気が要るよね。
私達が観察する事30分。白竜は微動だにしない。
「よし、カノン。もう1度だ」
サージェ先生の指示に従い、私とノアは再度洞穴前の開けた空き地を迂回して、半円を描きながら白竜の尻尾を目指した。
そして、ゆっくりと再度スタート地点に戻ってきた。
「サージェ先生、白竜がまた」
「動きやがったなあ!」
ため息をつきながらサージェ先生は自分の顎を撫でる。
白竜はまた動いて、頭と尻尾を逆向きにしてしまったのだ。そして私達がスタート地点に戻ると、またも白竜は最初の身体の位置に体勢を変えた。
「うーん・・・。どれ、今度は俺が尻尾まで行ってくる」
「私も行く」
今度は私とノアはスタート地点に待機。サージェ先生とビアンカ様が白竜の尻尾を目指してみる事にした。私達が見守っているとなんと、あっけなくサージェ先生とビアンカ様は白竜の尻尾地点に到着してしまった。
そして白竜がそれでも動かない事を確認して、2人は戻ってきた。
「動かんな」
「うむ」
そしてスタート地点に戻ってきた2人は、じっと私を見下ろす。
「・・・聞いた話によると、カノンは以前、森林狼の挨拶を受けたそうだな」
「狼の子を見せてもらったとか」
「・・・そうですけど」
サージェ先生とビアンカ様は私を見下ろすというか、私の頭部を見下ろしている。
移動を止めてジッとしていたらついさっき、私の頭の上にシグレドリの番がポテンと落ちて来たのだ。それがさっきからピチュピチュ可愛くお話をしている。何と言うか、緊張感が緩む。
「小鳥共も全く警戒をしておらんなあ」
「まあ小鳥達にしたら、白竜は木や岩と言った大森林の一部と変わらんのではないか。体格差がありすぎて、白竜の捕食対象でもあるまいしな」
そう言いながらサージェ先生は私の頭のシグレドリを捕獲して、パッと空に放した。
「カノン。このまま真正面、白竜の胴体に向かって少し近づいてみてくれるか。ノアを盾にしたままでいい」
「・・・・ノア、大丈夫?」
「分かりました」
サージェ先生の指示をノアが了承したので、3度目は尻尾を目指さず、私とノアは地面にゆったりと横たわっているらしい白竜のお腹を目指して岩山に少し近づいてみる事にした。
すると、ズリ、ズリリと。地面を擦る音が聞こえる。
ひょっとしなくても、白竜がまた動いている。
「カノン、とまれ」
サージェ先生の声に、私とノアは歩みを止めた。
私とノアは、木々の後ろから拓けた空き地に完全に体が出てしまっている。白竜の前にむき身で立っている状態だ。
「カノン、白竜が私達に向き直っています」
「ええー・・・」
ノアの説明によると。
浅い洞穴に半身を詰め込んでいた白竜が、尻尾とお尻だけを洞穴に収め、今は半身以上を洞穴から露出させ、私とノアを真正面から見ているという事だった。白竜の身体は、3分の2ほどが洞穴から出てしまっている状態。この洞穴、白竜の巣にするには明らかにちっちゃい。
そんな半身以上を洞穴からはみ出させた白竜は、ノアが言うには私とノアに向き直って鼻先を私達の方に向けているとの事。
「確定ですね。白竜はカノンを気にして体勢を変えています」
「そ、そっかあ」
私の動物に絡まれやすい体質。その絡んで来る動物のくくりに、白竜も入っているというのだろうか。
「は、白竜も、狼達みたいに私に挨拶したいとか?なーんちゃっ」
私の言葉に被せて、白竜がガフーと鼻息を私とノアに吹き付けて来た。
・・・確かに。賢人のお爺さん達が言っていた通り、白竜の息は森の木々の香りがして全く生臭くなかった。
さて、これからどうしよう。
後ろを振り返ってみると、解呪作戦チームが私達を見守って一所に集合していた。サージェ先生とビアンカ様は揃って仁王立ちで腕組している。特に私に指示は無し。
「ノア。白竜って頭がいいんだよね?」
「賢人の方々とサージェ様はそのようにおっしゃっておいででしたね」
うーん。白竜にお話は通じるだろうか。
これまで森林狼や赤リス、ピーカ達に語り掛けては全く話が通じないと言う赤っ恥をかき続けて来た。その恥が1つ増える位、まあいいか・・・。
こんな状況だもの。何でも試してみるべき!
葛藤は一瞬。
私は白竜に、ノアの後ろからそっと話しかけてみた。
「白竜。わたし、白竜の穢れを払いに来たんだよ。多分今、体が痛かったり、頭が痛かったりするんじゃないかな。私ならそれを治せるかもしれない。だから尻尾を少しだけ、私に触らせてくれない?私の前に尻尾、出してくれないかなあ」
ガルーという、軽い鳴き声交じりの白竜の呼吸を、私とノアは再び浴びる。それから、ズリ、ズリリと。黒い塊から地面を擦る音が再度聞こえ始める。しばらくすると、地面を擦る音は止まった。
「・・・ノア。白竜は今どうなっているの?」
「・・・ありのままを話すと、頭部だけを洞穴に突っ込み、私達にお尻と尻尾を差し出しています。尻尾の先は、私達の前2メートルほどの距離です」
信じられない。
白竜が私のお願いを聞いてくれた?
私とノアにお尻と尻尾を差し出しているの?!
後ろを振り返ると、サージェ先生とビアンカ様が声を出さずとも腕を激しく振って白竜を指さしている。
あれは、GOサインだ!
「カノン」
「うん!」
ノアが私の手を引き、前方に移動する。
私の眼前にはプルプル震える真っ黒い巨大なプリンのような塊が迫る。
ノアがゆっくりと片膝をつき、私の手を誘導する。
私の手がトプンと。
真っ黒いプルプルの中に沈んだ。
その先には予想外に暖かさを感じる、しっとりした物体があった。
白竜の尻尾の先だ。
この白竜の真っ黒プリンみたいなプルプルは、ビアンカ様の黒ペンキと同じ種類の様な気がする。この黒いプルプルは多分、白竜の身体から離れても自然に消えたりしない。そして他の獣達にくっ付いて悪さをするんじゃないだろうか。
だからこの白竜を包む真っ黒いプルプルを、吹き飛ばすんじゃなくて一気に消滅させる!
「消えろっ!!」
叫ぶと同時に私の視界は真っ白に染まった。




