白竜調査隊の到着 2
それからしばらくはビアンカ様から全くお呼びがかからなかった。
白竜の調査はビアンカ様達騎士団と、サージェさん率いる三賢人がゴルド大森林に立ち入って進められているという話だった。
冒険者ギルドにも今の所協力要請も無く、ケネスさんも白竜調査隊の動向は全く分からない状態が続いた。ただ、領主館からゴルド大森林へは活発に人の行き来がされていて、賢人と呼ばれるお爺さん達とサージェさん、ビアンカ様が指揮する騎士団が移動する様子はエスティナでも良く目撃されていた。私もたまに調査隊の人達と行き合う事も有ったし。
賢人のお爺さん達はいつでも元気が漲っていて、騎士団の方々のテンションが対照的だった。特に調査帰りの騎士団の皆さんの隠しきれないくたびれ加減を見ると、大森林内で好奇心が爆発しているだろうお爺さん達の護衛の苦労が察せられるという物だった。
大変だなーとちょっと他人事のように思っていたのは否めない。
そして白竜調査隊がエスティナに到着して1カ月が経ち、私とノアはケネスさんと一緒に調査隊の報告を受けるべく領主館にお邪魔する事になった。
私とノアは初めてエスティナの領主館を訪れた。
そういえばアシュレイ様がエスティナに居る時も領主館にはお邪魔する機会が無かったなあ。アシュレイ様とは冒険者ギルドでしか会っていなかったもんな。
そうして初めて訪れたエスティナ領主館は、木造2階建ての大きな建物だった。
素朴な木造建築が多いエスティナの中で、青い屋根と白く塗装された外壁は目を引いた。その領主館にはエル字型になる様にもう一棟の2階建ての木造建築物があり、こちらは木の壁むき出しの武骨な感じ。領主館の隣に併設されたグリーンバレー騎士団の宿舎だった。領都のように敷地内が鉄柵や塀で囲まれているという事も無く、私達はエスティナの中心から少し外れた領主館の敷地内へと足を踏み入れた。
通された領主館の一室では、ビアンカ様とサージェさん、そして賢人と呼ばれるお爺さん達3人が揃っていた。その部屋は大きな円卓が中央に置かれた会議室だった。私達とケネスさんは促されて席に着いた。
「しばらく連絡できず済まなかったな。ノアもカノンも変わりは無かったか」
「はい」
ビアンカ様とサージェさんはどっしりと席に着いているんだけど、その隣のお爺さん3人が目をキラキラワクワクさせていて、口元もむずむずしている。まるでジッとしていられない子供のようだ。
「白竜調査の結果報告の為に今日はお前達に来てもらったのだが」
「物凄い事じゃった!千年以上も生きているかもしれん竜種をあれほど間近に見られようとは!」
「白竜の巣の周囲の植生のなんと興味深い事か!植物は独自の進化を遂げているようじゃった。白竜の魔力の影響かのう」
「土壌への影響も凄まじい!道端に地中で生成された魔石の塊が転がっていたのにはたまげたわい!」
「爺共、行儀よくしろ」
サージェさんがお爺さん達に注意すると、お爺さん達はピタリと口を閉ざした。非常に自由奔放なお爺さん達だけど、サージェさんの言う事は聞くようだった。
お爺さん達が大人しくなったのでビアンカ様が話を再開する。
「我々はこの1カ月、白竜の調査を行っていた。馬でゴルド大森林に分け入り、4日野営を繰り返せば白竜の住処である岩山に到着する。我々はこの1カ月で3度、白竜の住処を訪れて様々な調査と実験を行った」
「実験ですか?」
「うむ。私が白竜をこの目で見たのは5年程前、魔獣討伐の応援要請に応えて騎士団の一員としてエスティナに赴いた時だったが、その時は空を悠々と北方に向かって飛んでいた。岩山から飛び立つのを遠目で確認していたので住処の見当もついていた。しかし今回白竜の住処を探し当ててみれば、穢れを分厚く纏った白竜は、岩山の麓の洞穴の中から動こうとせずジッとしているだけだった」
「俺は長らく大森林に住まう魔獣、野生動物の調査を行ってきたが、その獣達の頂点に君臨するのが白竜だ。俺が王都に引っ込む5年程前は、白竜が空を飛ぶ姿を時折見かける事も有った。だが、俺が白竜を最後に見たのもビアンカが目撃した時期とちょうど同じころだ。ここ数年の白竜の動向は把握していない。はたして今、白竜は動けなくなっているのかどうか。しかし、以前に比べて動きが鈍いのは確かだな」
なるほどー。動きが鈍いからこそ白竜の住処に3度も行って、無事に帰ってこられたのかもなあ。白竜に近づくって、決死隊を組んで行く位のイメージだったんだけど。
「だが白竜は元気じゃぞ!鼻先に酒の樽を置けば、鼻を突っ込んで飲み干しおった!」
「魔石の塊を置けばバリバリとかみ砕いて食べておった!」
「肉の塊も鼻先に置けばぺろりと食べたのう」
「・・・・・」
思った以上に調査隊は白竜に肉薄していた。
「すげえ・・・、凄い事ですが、よくぞご無事で。だが、あんまり無茶はせんで欲しいのですが・・・。王国の知識の結晶と言われる賢人の方々に何かがあれば、グリーンバレーの責任問題になるんで」
「心配かけて悪いな、ケネス。だが爺共にはエスティナに来る前に念書を書かせている。エスティナで例え命を落とそうとも自分の責任だとな。あと、爺共に敬語は不要だ。楽にしてくれ」
「そうかよ」
サージェさんの説明により、ケネスさんはすぐさま楽にした。
「爺共が言ってしまったが、実験の内容は何をすればジッとして動かない白竜の気を引けるのかという物だ。言い伝えにあるように、酒を飲んで竜が眠り込むといった事になれば話は簡単だったのだがな。白竜はワイン樽に口先を突っ込み、ワインを飲み干すと、ワイン樽を咥えて我々の方に戻すような素振りを見せた。眠り込みはしなかったが、白竜は他の魔獣と比べて知性が高いのではないかと思う。白竜は我々の行動を見守り、まるで人間の好きにさせてやっているのではと思う瞬間もあった。とはいえ竜種だ。人と同じ感情を持っているなどと考えてはいかんが」
「白竜には、もし攻撃されれば即死だろうという所まで近づいてもみたが、ジッと俺を見るばかりで何もされなかったな」
サージェさん、なんて危険な実験を・・・。
「わしは白竜の口元に寝転んでみたが、食われる事は無かった。白竜の鼻息は深い森の香りじゃった!白竜そのものが森の一部なのだと実感できる何とも幸せな時間じゃった・・・」
「ええのう」
「わしも次はやってみたいのう」
白竜に食べられても本望と言った様子でお爺さん達は恍惚としている。もうお爺さん達の心配をする事はやめておこう。
「そうですか」
「なるほどな」
ノアとケネスさんがお爺さん達に雑に合いの手を入れる。
ノアもケネスさんも、賢人のお爺さん達の事は深く考えずに流す事にしたようだ。
「賢人様の決死の実験により、白竜は人を餌だと見做さないと分かった事は大きいですね」
「そうじゃろうそうじゃろう!」
「白竜は他の魔獣とは違い高い知性があると思う!人と白竜の共存が可能かどうか更に調査実験を続けたい!」
「次は1週間程白竜の住処の前でキャンプをしてみるか!」
「白竜と合同キャンプじゃ!」
ノアがけしかけたわけじゃないけど、警護する騎士さん達が気の毒になるような実験計画をお爺さん達が立て始めている。お爺さん達は白竜にすっかり夢中だ。
「よし、爺共。それなら騎士達と相談してくればいい。白竜がそれほど危険ではないと分かったからな。もう俺が付き添う必要も無いだろう。好きなだけ白竜を含む大森林の調査をしたらいい」
「やりぃ!」
「さっそく騎士達と相談じゃ!」
「次の白竜への土産は何が良いかのう。調理された食べ物はどうかの。肉の塊を焼いて持って行ってみるか」
「ハーブと塩を擦り込んでの」
お爺さん達はサージェさんのお許しが出て、3人ともヒャッハーと勢いよく会議室を飛び出していってしまった。嵐というか、小さな竜巻のような人達だ。
「騒がしくて済まなかったな。それでは本題に入るか」
会議室にはビアンカ様とサージェさん、ノアと私とケネスさんが残った。
静かになった所でビアンカ様が場を仕切り直す。
「ノア、この場でカノンの話をしてもいいか。爺共は操縦不能だが、この男は信頼して良い。サージェは王都での私の唯一の味方だったのだ」
ノアはビアンカ様に答えようとして口を閉じ、私を見た。
「カノンの事ですからカノンのしたいように。私は結果がどうなろうとあなたを守り抜きます」
微笑むノアの前で私の頬が熱を持つ。
以前のノアだったらダメです、と保護者モード全開で即断っている所だけど、今のノアは常に私の考えに寄り添ってくれようとする。以前とは違う私とノアの関係の変化を感じる度に私の顔は熱くなるのだった。ケネスさん、こっち見てニヤニヤしないで欲しい。
「ええと。サージェ先生とはお会いしたばかりで、サージェ先生がどんな人かは正直分かりませんが、サージェ先生を信じるビアンカ様を私は信じます。なので、話すかどうかはビアンカ様にお任せします」
「ははは!」
私の返事にビアンカ様は楽しそうに笑った。
「どうだサージェ。弟子とは何とも可愛いものだろう?羨ましかろう!」
「弟子が可愛いんじゃなくて、カノンが特別だ。俺の弟子共は研究成果を盗もうとしたり、俺に毒を盛ろうとしたり、爺共に情報を横流ししたり碌な奴がいなかったからな」
サージェさんの弟子運の無さよ・・・。私が特別ではなく、サージェさんの弟子運が特別悪いんだと思う。
「それではカノンの話をするが、サージェ、今から聞く話は他言無用。もしお前からカノンの話が外部に漏れた場合は、私はお前を殺す。秘密をお前から教えられた者も一人残らず探し出して必ず殺す。いいな」
「おおごとだな。だが、まあいいだろう。俺は例え酷い拷問を受けたとしてもこれから知る話を外に漏らしたりしない。ビアンカがそれほどに入れ込むカノンに、俺も信頼されるよう努力するさ」
サージェさんが私をみてニッといたずらっぽく笑った。
ビアンカ様からの恐ろしい念押しをサージェさんが了承したので、白竜調査の本当の目的がサージェさんに説明される事となった。ついでに私の聖女の力と特異体質までサージェさんの知る所となった。
サージェさんは興味深そうに私を見てきたけど、どんなに観察されても今の私は平凡な19歳女子でしかない。
「いやはや、俺の生涯でスタンレーの聖女に会えるなど思ってもみなかったな。これは確かに爺共には言えん。この事がバレれば王都の塔に残っている爺が更に4人エスティナに押しかけてくるし、爺共は秘密を守ると言う頭が無いからな。だから普段は尖塔に押し込められている訳だが・・・。爺共が今回塔から降りるにあたっては王の承認も必要だった。俺が爺共を出し抜ければよかったんだが、俺の動向を逐一尖塔に報告する阿保どもが居てな。エスティナでの活動について賢人は王に報告をする義務がある。カノンの力を使う際にはくれぐれも気を付けないとな」
「そうだな」
ビアンカ様が真剣な顔で頷く。
なんかサージェさん、王城で苦労していそうな感じだなあ。
騎士さん達は王都で私の力を散々目にしていて、その上でしっかりと守秘義務を守ってくれている。でもお爺さん達には私の能力がくれぐれもばれないようにしないといけない。お爺さん達のバックに異能や強い人間が大好きな国王が居ると分かったら尚更気を付けないと。
サージェさんの発言から察するに、お爺さん達には口止めをしても無駄そうだもんな。
「そういう訳で、爺共とは別行動で白竜の巣へ向かう事にする。爺共は自由にさせたから、喜び勇んで白竜の巣以外へも興味の赴くままにゴルド大森林を徘徊する事だろう。白竜の巣から興味を失うまで10日程待つとするか」
「白竜が無差別に攻撃的ではない個体だとは分かったが、魔獣の頂点の竜だからな。万が一にもカノンの身に危険が及ばないように慎重を期すつもりだ。爺共に騎士団の半分を張り付かせているから、冒険者ギルドからもカノンの護衛に協力を頼みたいが、ケネス、頼めるか」
「もちろんだ」
サージェさんの依頼をケネスさんは快諾した。
「よろしくお願いします」
私がぺこりと頭を下げると、ケネスさんが相変わらずのソフトタッチで私の頭を撫でる。
「なるほどなるほど。グリーンバレーの領主夫妻を始め、ビアンカに騎士団、エスティナの冒険者ギルドマスターまでか。スタンレーの聖女様は天性の人たらしだなあ。だが、わからんでもない。俺への先生呼びは良かった」
私達を向かいのサージェさんは面白そうに眺めてくる。そんな人聞きの悪い。たらした覚えは無いが?!
サージェさん改め、サージェ先生の私への視線は興味深い動物を観察するような感じなんだよなあ。私、サージェ先生に人として認識されてるか心配になって来た。
まあそんなこんなで、私が白竜の解呪を試みる作戦が具体的に練られる事となった。
作戦の話し合いはビアンカ様、サージェ先生、ケネスさんの3人で行われる。
一応私は作戦の要ではあるんだけど、私の役割は白竜の巣まで運ばれて行って、危険が無いようにお膳立てされた中で白竜の身体の一部分にこっそり触れて力任せに聖女の力を放つのみ。
そこに至るまでの作戦は有識者のサージェ先生や大森林を熟知するケネスさんにお任せと言った所だ。
「カノン、後はこちらに任せて出発までのんびりしていろ。良く食べて良く寝ろよ」
「はい、ビアンカ様」
退室前にビアンカ様にもよーしよーしと頭を撫でられる。ビアンカ様も相変わらず私に甘々だ。これではサージェ先生に人たらしと言われても仕方がない。
でも、周囲の人達が私に良くしてくれる分、私もそれが当たり前と思わずに周囲に自分が出来る事をお返ししないとな。
もし、白竜の解呪が成功したら、ひょっとしたら狂暴化する魔獣や野生動物達がずっと少なくなるかも。それはエスティナの生活が変わる事と直結するんじゃないかな。
定期的に起こる獣害に怯える事無く、子供と離れ離れで暮らす事も無く、豊かなエスティナで皆が安心して暮らせるようになったらなあ!そう願わずにはいられない。
「頑張るぞ!」
帰り道で両手を振り上げて、突然やる気を爆発させた私にノアが笑った。
「私はカノンの前向きさと一生懸命な所が堪らなく好きです。どこへ行こうとも、魔獣の王たる白竜からも、私がカノンを必ず守りますからね」
「あ、ありがとう」
私を見るノアの瞳には、私への想いがありありと浮かんでいる。これがアリスの言う、私を好きで好きで堪らないっていう目かあ。うわあー。
私は頬を熱くしながらそろりと両腕を下ろした。
思い返すとノアの言動って、以前から何も変わってないんだよなあ。前から私の事を、私の言動を好きだって言ってくれていた。その言葉に込められた想いを知る前は、私も屈託なくノアの言葉を嬉しいと受け取っていた。
でもノアの本心を知った今は、以前のように無邪気にありがとう!とノアに言えない。だって、ノアは、私を、じょ、女性として、うおおおお。
あんまり考えると頭が沸騰しそうになる!
顔を赤くしてふらつきだした私の手を、ノアが笑いながら握る。私の身体に異常をきたす原因となっている人が私の手を引くと言う悪循環よ。私、手汗かいてない?大丈夫?
以前のようなノアとのスキンシップが、最近滅茶苦茶恥ずかしくて仕方がない!
恥ずかしいと思いながらも、ノアの手を自分から解く事も出来ず。
私はノアに手を引かれながらルティーナさんの宿に帰るのだった。




