白竜調査隊の到着 1
エスティナに春がやって来た。
元居た世界の日本に比べると、四季の変化はそんなにはっきりしていないけど、マタギベストが無いと外に出るには寒いかなーという温度から、最近は厚手の長袖だけでも大丈夫になった。なんなら動いたりすると、厚手の長袖でも日中は汗をかく位に暖かい。道端の小花とかはしばらく前から咲き始めていたけど、大振りの花もエスティナのあちらこちらに見られるようになってきた。
それほど劇的な冬から春への景色の変化はないので、暦の区切りでエスティナ住民達はそろそろ働くかーという感じになる。
冬から春へ大きく変化する所といえば、春は魔獣、野生動物達にとって恋の季節。動きが鈍かった冬と比べて獣達の活動は活発になるのだ。町の外れに行けば獣達の遠吠え的な鳴き声が頻繁に聞こえるようになる。こうなると冒険者達の冬休みも終わりとなる。
冒険者達の哨戒任務はグループが増やされ、同時に複数のチームが方々に散り魔獣、野獣の動きを更に注意深く観察するようになった。ノアの哨戒任務の回数も週に3~4回と増えている。
春先は、毎年気が荒ぶった獣が防護柵に体当たりしたりするのだそう。小さい獣達ならまだしも、大型個体の体当たりは柵が痛む原因にもなる。防護柵まで魔獣や野生動物達がエスティナに近づく前に追い払ったり間引いたりする目的の哨戒任務なんだけど、毎年何匹かは哨戒の目も潜り抜け防護柵を突き破ろうとする大型獣がいるとの事。
春から夏を過ぎ、再び獣達の動きが鈍化する冬まで、冒険者達も気を引き締めてグリーンバレーの、ひいてはアストン王国の守護に努めていくのだ。
そんなみんなが勤勉に働き始めた中、私は春になったとて何か新たな仕事が発生する訳でもなく。
その日一日何をしようかなあと、テリーさんを手伝ったり、道具屋さんの奥さんであり、ルナのお母さんであるカティさんに刺繍を習いに行ったりと気ままなその日暮らしをしていた。
でも私の優雅で贅沢なその日暮らしもとうとう終わりを迎える事となった。
ビアンカ様が王都の学者先生と騎士団一個小隊を連れてエスティナにやって来る事になったのだ。
前もってビアンカ様達がエスティナに来る事はケネスさんと私とノアには連絡があったので、領都から来た大所帯に私達が慌てることも無かった。
ビアンカ様達は領主館にみんな泊まる事になるので、領主館の支配人さんも今日は領都方面に向かう街道入り口で客人達を迎えようとスタンバっている。私とノア、領主館の支配人さんの他には、ケネスさんも出迎えに街道までやってきていた。
そして予告通り、騎士団が馬車を守る様にしてエスティナまでやって来た。
まず先頭の馬車から降り立ったのは、グリーンバレー騎士服に身を包んだビアンカ様だ。魔術士が何故騎士服とか、周囲が突っ込む隙も無い位に真っ青なチュニックと凛々しい黒いマントがお似合い。ビアンカ様、普通に騎士団の指揮官としてやってきた。
「カノン、ノア。久しいな、変わりはないか」
「ビアンカ様、お久しぶりです!」
私が挨拶をしにビアンカ様に近づくと、ビアンカ様は早速私の頭をむんずとわし掴んだ。
「おお、これはこれは・・・・」
そして、私の頭をしばらく揉むビアンカ様。
「ビアンカ様。言いつけ通り、冬の間は魔力を全然使いませんでした」
「うむ。そのようだな。カノンの準備は万端だ。あとは学者連中次第か」
ビアンカ様の馬車の後ろには更に2台の馬車が連なっていた。
領都でビアンカ様は学者さんを呼ぶって言っていたので、もしかしなくてもその学者先生だと思う。
我々エスティナのお迎えメンバーが見守る中、馬車のドアが開き中から人が降りてこようとした。馬車のドアの向こうに片足が見えた。馬車の中の人物は馬車の階段に足を置こうとして足が届かず、どうにかしてステップにつま先立ちになろうとするところを、見守っていた騎士さんに助けられ、結局抱き下ろしてもらっている。
馬車の昇降用階段って、段差がわりかし高いからね。でも私でも手助け無しに乗り降りできるくらいなんだけど。
騎士さんに抱き下ろされた人物は、ようやく馬車のドアの陰から姿を現した。
「ほおー、緑が濃いのう。こりゃ色々な獣を見られそうじゃの」
体のサイズは私の胸元まであるかどうかという小さいお爺さんが馬車から降り立った。そして、そのお爺さんの他に、馬車のドアの向こうで一生懸命昇降用の階段に足を下ろそうとつま先立ちになっている人がもう一人いる。その人も騎士さんの手を借りて馬車から降りる。
「念願のエスティナじゃ!心が躍るわい」
最初のお爺さんと同じくらいの小さいお爺さんがもう一人出て来たと思ったら、馬車のドアのむこうで、更にもう一人が片足で昇降階段の位置を探っている。階段まで足が全く届いてない。3人目の人物も騎士さんに抱き下ろされて私達の前に姿を現した。みんなお揃いの濃緑のローブを身に纏っている。
「やっとエスティナに来れたのう。さて、白竜を見に行くか」
「見に行くか、じゃねえ。爺共、言う事聞かねえと即刻王都に送り返すからな」
私達が次から次へ馬車から出てくるお爺さんに気を取られていると、3人のお爺さんの後ろにもう1人、濃緑のローブを纏った男性が立っていた。3台目の馬車に乗っていた人らしい。お爺さんが何人出てくるのかと目が釘付けになっていて気付くのが遅れた。
「サージェ。お前、賢人共の面倒をしっかり見ろよ」
その男性の隣にビアンカ様が立つ。
お爺さん達の後に現れた男性は、10センチヒールの編み上げブーツを履いたビアンカ様と同じくらいの身長だった。大きい。ケネスさんと同じ位に大きいかも。体格もご立派。深緑のローブを身に付けているけど、体の厚みが全く隠しきれていない。
男性が私とノアを目に止めて、面白そうに口角を引き上げた。
「俺はサージェ・ブロック。大森林の獣の生態を研究しているしがない学者だ。よろしくな」
全然しがなく無さそうな圧を周囲に放っているサージェさんは、私とノアに先に自己紹介してくれた。
「ノアです。冒険者をしています」
「カノンです。よろしくお願いします」
エスティナで長い冬休み楽しんでいただけの何も肩書も無いしがない小娘の私は、とりあえず名前だけを名乗る。
「ノア、カノン。これが王都より呼び寄せた生物学者のサージェだ。魔獣の生態調査を長年していて、エスティナに暮らしていた事もある。サージェは5年程前に私と入れ違いで王都に戻っていたのだ。今回私はサージェだけに声を掛けたのだがな。まあ、爺共は騎士団とサージェが面倒を見る。冒険者達には迷惑を掛けん。ケネス、しばらく邪魔するぞ」
「・・・ビアンカさんよ。賢人って、あの賢人かよ」
「アストン王国で賢人と名乗れるのは、王都の辛気臭い尖塔に引き籠っている変わり者の爺達だけだが、その賢人共だな」
「まあ、騎士団とサージェで面倒見てくれるなら構わねえが・・・・。エスティナでは貴人に対して何のもてなしも出来ねえぞ」
ケネスさんが聞いてないぜ的なリアクションになっている。あのお爺さん達、そんなに凄い人達だったの?
そしてアシュレイ様すら呼び捨てのケネスさんが、ビアンカ様にはさん付けしている。ケネスさん気を使っているなあと思ったけど、ケネスさん、ビアンカ様の事を領都の魔女って呼んでたな。分厚い穢れを纏ってチョコレートフォンデュに浸かったような状態だった解呪前のビアンカ様は、それでも応援要請時にはエスティナで大暴れしたんだろうなー。
「爺共には気を使わんでいい。取り合えず今夜は領主館にぶち込んでおく。爺共はすぐにでもゴルド大森林の調査に行く気満々だが、当面はこちらだけで動く予定だ。冒険者の協力が必要な場合は改めて相談させてもらう。極力エスティナには迷惑を掛けん」
サージェさんはケネスさんと親し気に話をしている。エスティナに居た事もあるって話だもんね。
「まあ、サージェと騎士団が居れば警護には十分か。お前が居れば案内役も要らんしな」
そしてナチュラルにサージェさんは警護をされる側では無くてする側に入れられている。まあサージェさんは見た目的に武闘派の方だとは思ってた。精悍な頬に薄っすら古傷があるし、学者というよりどう見ても歴戦の戦士だよ。
一方、お爺さん達は馬車から降りた途端に自由に方々に散ってあちこちを見て回っている。それを騎士さん達が追っかけていく。なんかこう、物凄く自由。お爺さん達、好奇心の塊って感じで、しゃがみ込んで地面を見ているお爺さんもいれば、町中の大樹に抱き着いて幹に耳を当て動かなくなるお爺さんもいれば、どんどんと森に向かって小走りを続けるお爺さんもいる。子供か。エスティナの町中ですらこれだったら、大森林の調査はいったいどうなることやら。
このお爺さん達のお世話を冒険者に振られなくてつくづく良かったなと思う。
アストン王国で賢人と呼ばれる、何やら凄く偉い方達も来たみたいだけど、私達には目もくれずという感じだったので、こちらも距離を取っておくことにする。
ビアンカ様が呼ぶと言っていた生物学者はサージェさんの事だったけど、それ以外の王都から来たイレギュラーな客人に対してはノアの警戒が一気に跳ね上がっているしね。
お爺さん達の正体が特殊な場所に所属する貴人だと知れてから、私はノアの後ろにずっと隠されている状態になった。私の手もしっかりノアに握られていて、私はノアの背中だけを至近距離でさっきから見続けている。この超過保護保護者モード、久しぶりだなー。
「爺共は私利私欲なく自分の学術的興味を満たす事しか考えておらん。だが、だからこそ質が悪いとも言える。カノン、お前。しばらく普通の娘として擬態しておけよ。では、何か調査で進展があれば連絡する」
「はい」
ノアの警戒モードを見て、ビアンカ様がこそっとノアと私にだけ囁いた。
普通の娘に擬態しろというビアンカ様の言いつけには、私も素直にノアの背中を見ながら頷く。聖女の力の行使をしない限り、私は素朴過ぎる平凡な娘でしかない。その辺は任せて欲しい。
騎士団がお爺さん達の相手にてんやわんやになっているので、私達は話もそこそこにビアンカ様達といったん別れる事になった。




