【閑話】秘密の乙女会とエスティナ抱き枕ブーム 後編
そして翌朝。
随分と日が高くなってから、乙女会のメンバーは目を覚ました。
まだちょっと眠いけど、もう下手したらお昼近いかも。みんなで服を着替えて1階に降りていくと、台所ではカティさんが食事を準備していてくれた。お礼を言うと、今日は店も休みだし構わないよ笑顔で答えてくれる。ルナも今日はギルドの受付がお休みなので、私達4人はまったりとブランチを頂く。野菜がトロトロに煮込まれた塩のスープに溶き卵が入っていて最高に美味しい。アルコールを飲んだ翌日の汁物は最高だって聞いた事があるけど本当だった。
お店が休みでカティさんも私達を眺めながらのんびりお茶を飲んでいたんだけど、私はそんなカティさんに1つ相談をした。
「抱き枕?」
初めて聞く単語にカティさんは不思議そうな顔をした。
昨晩の私一人が辱めを受けた乙女会にて、一人寝が寂しいからぬいぐるみか抱き枕があればいいのに!という話にまで及んだのだった。
ぬいぐるみは布にトコトコを詰めた人形だと説明すれば、3人には話が通じた。
しかし抱き枕に関しては口頭だけではなかなか理解してもらえなかった。すると、なら母さんに作ってもらおうとルナが提案した。ルナのお母さん、カティさんは精油造りのプロだけど、裁縫も得意。料理も得意。物を作る事全般がお得意のクリエイティブな方だった。
「なるほどねえ。頭の下の枕とは別物の、抱き着いて寝る枕ねえ」
「そうなんです。横向きで寝る時のサポートになるんですが、小さい子が抱いて眠る人形みたいに安心できるし、男性が使うとイビキの改善も期待できるんです」
「なんですって!」
イマイチ私が説く抱き枕の有用性に共感できずにいたカティさんだったけど、男性のイビキの改善部分に勢いよく食いついた。
「それは是非試してみたいわ。抱き枕って、具体的にはどんな形なの」
カティさんがキリリとした顔で、私に薄板と黒炭を差し出した。形をこれに書けという。
私はうろ覚えの元の世界の記憶を頼りに単純な円柱のタイプと体のラインに沿うS字タイプの二種類の形を描いた。
「厚みは男性用と女性用で変えた方が良いと思うんです。体のライン的に円柱が男性用、体に沿って凹凸があるのが女性用だといいかも。大きさは頭の天辺から膝下位までかな。足の間に挟んで寝るのも気持ちよさそうだし」
「ふんふん。なるほどね」
カティさんは台所のテーブルを作業台にしてさっそく抱き枕の試作品を作り始めた。材料はダンカンさんのちょっと生地が薄くなってきたシャツ数枚。それをカティさんは瞬く間に解いてしまい、パーツごとに分かれたシャツを今度は凄い速さで縫い合わせていく。そしてあっという間に円柱タイプの抱き枕を一本作り上げてしまった。トコトコも丁度良い感じに詰まっている。これを両足の間に挟んで抱き着いて寝たら、本当に気持ちよさそう。
「これはダンカンに試させてもらうわね。カノンちゃん用の抱き枕も作るけど、テリー用の抱き枕も要るかしら、アリス?」
「ぜひ!父さんのイビキが治ったら母さんも喜ぶと思うもの!」
旦那さんのイビキに悩む奥さんは、なんだかエスティナに沢山居そうだなー。
それからダンカンさんのシャツの他に、売りに出すには痛み過ぎた古着が10枚ほども潰され、テリーさんの抱き枕と私の抱き枕が作成された。
カティさんの指揮の元、ルナとアリス、ミンミまでが裁縫に参加した。ガッタガタの波縫いしか出来ない私は、その隣で邪魔にならないように作業を見守っていた。
みんな普通に裁縫できるんか。ルナとミンミまでも。しかも手早い。
やっぱりこの世界なら裁縫は必須スキルなんだなー。服がほつれたら自分で直すんだろうし。
まって、私の服が破れたら、ひょっとしたらノアに繕ってもらう羽目になったりして。いやいや、駄目だ駄目だ!だって、ルティーナさんに分けてもらった女性用の下着だって手縫いだもんね。これをノアに繕わせるわけにはいけない!
私がカティさんにお裁縫を教えてもらおうと胸に誓っている内に、あっという間に抱き枕をみんなして袋状に縫ってしまった。
「さ、カノンちゃん。自分のまくらに好きなだけトコトコを詰めたらいいよ」
「ありがとうございます」
ダンカンさんとテリーさんの抱き枕には主に男性用の生成りのシャツが使われているけど、私の抱き枕には女性と子供の古着が使われたのか、可愛い小花の刺繍があちこちに散っていた。色も淡い黄色で素敵。
好みの硬さになるまで抱き枕にトコトコを詰め込むと、
「後はね、良い事を思いついたのだけど」
そう言って、いったん台所を出ていったカティさんは木箱に入った小瓶を何本か持って戻ってきた。
「カノンちゃんは昨日うちでピオニーの精油を買ってくれたのよね。ここにある精油はアルメとラベンダー、ジャスミン、定番のユリとバラもあるわよ。シンビジュームはこじゃれた男が使ったりするかもね。好きな香りを枕に仕込んであげるから選んでごらん」
「わ。ありがとうございます!」
道具が潤沢な道具屋さんならではの発想!
自分の好きな香りが抱き枕からしたら素敵だよね。
私は色んな精油の香りを確かめていって、シンビジュームの香りで手が止まった。これはランの一種で寒さにも強くて冬にも根性出して花を咲かせたりするらしいんだけど、香りはグリーン系というかシトラス系というか、さっぱりしていて良い香り。
・・・ノアと同じような香りがする。
シンビジュームの小瓶の香りを、私の隣のミンミも確認した。
「あ、ノアの香りに似てるわね」
そして、あっさりと私がフリーズしている原因をミンミが言い当ててしまう。
「あーら、好きな男の香りを抱き枕に纏わせるなんて素敵じゃない。母さん、これ流行るかもよ?」
「まあ、隣に旦那や恋人が寝てるなら直接本人に抱き着きなさいよって話だけどね」
「でも片思い中なら良いんじゃない?好きな人だと思って抱きしめて眠るのよー素敵!」
私が1人赤面しているのをよそに、抱き枕へのアイデアが次々と出されていく。
結局抱き枕に仕込む香りをシンビジュームにすると、乙女会の面々は私をみてニヤニヤしている。くっそー。3人のうちの誰かに男の人とのすったもんだが発生した際は、私が声を上げて緊急秘密の乙女会を絶対に開催してやるんだからな!
カティさんはたっぷり精油を染み込ませた古い布の端切れをトコトコの中に埋め込んでから抱き枕の口を閉じて完成させた。
「わ、すごい。丁度いい香りです」
抱きしめてみると、頭を乗せる辺りからほんのりとグリーン系の良い香りがする。ノアの香りとはちょっと違うけど、落ち着く。
「精油は使う人の体温や体臭でも微妙に香りが変わるけど、カノンちゃんの好きな人の香りに近かったかしら?」
カティさんがおっとりとそんな事を聞いてくるので、私は再度赤面する。
ノアの香りがこの精油と微妙に違うのは、ノア自身の香りと混ざっているからなのかも・・・。
「あ、いや・・、はい。大丈夫です」
ノアが私の大切な好きな人には違いない!
カティさんの言葉に否定反論もせず、赤面しながら私が頷くと、乙女会の面々はとうとう「きゃー!!」と歓声を上げた。
「ほらほら、あんた達。あんまりカノンちゃんを揶揄うんじゃないわよ。ほどほどにしないと次の乙女会で自分達がやり返されるんだからね」
「あはは、カノンちゃんごめえん」
「ごめんごめん」
「カノンがあんまり可愛くって。許してね」
カティさんに窘められ、3人からは形ばかりの謝罪を受ける。
ゆ る さ ん!
3人のうちの誰かがめでたく彼氏や旦那様が出来た時には、なれそめや告白のセリフや、どんなイチャイチャをしているのかとか、私が昨日吐かされた事全部を喋ってもらうからなー!
「まあ、恋って人生で一番楽しい事よ。恋する女は美しく輝くしね。カノンちゃんも思いっきり楽しんだらいいのよ。ちなみに私はずっとダンカンに恋をしているからこんなに良い女なのよ」
見た目は可愛いおばさま系のカティさんだけど、さすがはルナのお母さんだった。私達がカティさんをヒューヒュー囃し立てていると、騒ぎを聞きつけたのか台所の入り口にダンカンさんが顔を覗かせた。
「ダンカンさんはカティさんに恋をしてますかー?」
今台所に顔を出したダンカンさんには唐突過ぎるミンミからの振りだったんだけど、ガチムチ大男のダンカンさんはしばらく固まった後、耳を赤く染め、両手で顔を覆いながら小さく「している」と答えた。
それを受けてカティさんは余裕のニッコリ笑顔だ。
「「「「きゃーーーー!!!」」」」
道具屋にその日1番の歓声が上がった。
その後、ダンカンさんとテリーさんが抱き枕を試してみるとイビキが大きく改善される事が立証された。
それを受け、ルナの家では緊急の秘密の熟女会(日中開催・人数無制限)が開催された。
道具屋で開催された熟女会では抱き枕の効果の説明と、抱き枕作成講習会が開かれた。抱き枕は恋人や旦那さんのイビキに悩む女性達に爆発的に広がっていった。
最初は枕じゃなくて隣に寝る恋人や奥さんを抱いて眠りたいと、男性側からの不満も出たようだったけど、抱き枕でイビキが改善されるとぐっすり眠れることに男性達も気付いた。イビキって呼吸が苦しくて起こるんだもんね。そりゃあイビキの酷い人達なら眠りも浅くなるだろう。
抱き枕はイビキ改善と深い眠りによる疲労回復効果があると分かると、今度は独り身の男性冒険者達が抱き枕を求めて道具屋を訪ねるようになった。
閑散期で冬休みであるはずのエスティナで、ルナの実家の道具屋さんだけが繁忙期になってしまった。
しかしダンカンさんとカティさんは抱き枕販売で儲けようとはしなかった。
「抱き枕なんて見たら作り方なんてすぐわかるし、俺達は材料が売れるだけで儲けは十分だから、抱き枕の作り方を教えてやった方がいいのさ」
というダンカンさんの話だった。
無欲だなあと思っていたら、アリスとミンミにお前がな!と突っ込まれた。
この抱き枕は領都で特許を取ったら、一生遊んで暮らせる特許料が入ったかもしれないと2人は言うのだ。もちろんカティさんとダンカンさんからも抱き枕の作り方を広めていいかと最初に確認はされた。特許を領都でなら取れるとも説明があった。
でも抱き枕って、私の発明でも何でもないしねえ。ダンカンさん達には2つ返事で抱き枕を広める事を了解した。
自分の手柄じゃない事で利益を得ると、何か後でバチが当たりそうな気がする。気の小さい庶民の私は、自分の身の丈にあった幸せがあれば十分。こんな事を言うと、自分の立場への自覚が足りん!とビアンカ様に怒られそうだけど、骨身に染み込んだ私の庶民根性は我ながら頑固だ。
そんなこんなでエスティナで抱き枕の一大ブームが起こってしまった。
まさかこんなことになろうとは。冬の閑散期にみんなでのんびりしている所に、初めて見聞きする抱き枕なる物が登場して、時間に余裕があるエスティナ民が飛び付いたって感じかなあ。
まあ私は自分が欲しいと思った抱き枕が手に入り、非常に満足した。
カティさんに貰った抱き枕を抱いて眠ると、ちょうどいい感じにグリーン系の良い香りがする。ノアにくっ付いているみたいで落ち着くと思っている事は絶対にノアには内緒だ。
そんなある日の事。
エスティナの抱き枕ブームに乗ったのか、ノアが自分用の抱き枕を抱えて仕事から戻ってきた。サイズは男性用にしては小さめで、男性用だと円柱が多いけどノアは私と同じS字ラインの抱き枕を持ちかえった。
でもノアはイビキを全くかかない。少なくとも私はノアのイビキを聞いた事が無い。逆に自分がイビキをかいていたらどうしようと心配する位だ。
「ノア、抱き枕なんてどうしたの?あんまり良く眠れないの?」
「眠れないと言う訳ではありませんが、抱き枕があるとより深く眠れると聞きましたし」
そう言って、ノアは私の目の前で抱き枕の抱き心地を確かめるようにギュウと抱き枕を抱きしめる。
「・・・まあ、本物とは比べるべくもありませんが、これで我慢します」
「我慢?」
「道具屋ではピオニーの精油を仕込んでもらいました。カノンと同じ香りです」
「あ・・・」
私の顔にはみるみる熱が集まる。
「カノンの抱き枕とお揃いにしてもらいましたよ」
「きゃああーー!」
抱き枕を抱きしめて嫣然と微笑むノアを前に、私はベッドに飛び込んで顔を隠す事しか出来なかった。
乙女会の秘密は守られているだろうけど、抱き枕作成時の事を秘密にしてもらうの忘れてた!私がノアの香りを抱き枕に仕込んだ事がバレバレだ!
「抱き枕じゃなく、私本体が必要でしたらいつでも言ってくださいね」
「ひゃあああー!」
私が被ったモコモコの掛布団がグッと押されて、チュッと布団の上からリップ音が鳴る。
頭とか頬へのキスは家族間でもするんだから、掛布団越しのキスもセーフ、セーフ!
しかし恥ずかしさの余り、私はしばらく布団から出られなくなってしまったのだった。
非常に、非常に恥ずかしい思いをしたけど、念願の抱き枕は手に入った。
しかし一人寝が寂しくて手に入れたはずの抱き枕だけど、身代わりにしている抱き枕の本体がいつでも一緒に寝ますよと言ってくる現状。もうなんで抱き枕を使っているのか私自身も訳が分からなくなりそうだけど、いやいや、じゃあノアとやっぱり一緒に寝ようかとはなっちゃダメだし!
私が方々で恥ずかしい思いをしたり、エスティナで爆発的抱き枕ブームが起こったりしながら、楽しいエスティナの冬は続くのだった。
お読みいただきありがとうございます(^-^)
次から本編に戻ります。




